3 / 56
2.エルウィン・シュティーフェル2
しおりを挟むそうして、しばらくルイーゼは少年と雑談を楽しんでいた。
父親達が自分を探しに来るまで。
現れた父親達の背後には、一人の見知らぬ少年がいた。
貴族の令息らしく、上等な衣服を身にまとった、少々ずんぐりむっくりとした少年。
少年の名は、ボリソヴィチ・バッソ・シュティーフェル。
今年で十五になる、シュティーフェル伯爵家の正式な後継者であり、ルイーゼの婚約者候補だと。
しかし、その少年は現れるや否や、ルイーゼと向き合うように立っていた少年に対し、嘲るような笑みを向けたのをルイーゼは見逃さなかった。その瞬間、彼はルイーゼに敵認定された。
ルイーゼにとっては、先ほど花壇で出会った少年の方がはるかに綺麗で格好よく、好ましく感じていたから。
――こんな性格のわるいジャガイモと結婚なんて、絶対無理! こいつを秘密裏に亡き者にしたい……。
そう、ルイーゼが胸中で殺意を燃え上がらせていたのだが、直後。
「オレには真に愛する者がいる! お前が伯爵家の妻として弁えるのであれば――」
「お断りだあぁっ!!!」
「――ぐはッ!」
ボリソヴィチ・バッソが全てを言い終えるより早く、ルイーゼの『会心の一撃!』が、きれいに決まった。
・
・
・
元々、ルイーゼとボリソヴィチ・バッソの婚約は決定事項ではなかったから、両者の婚約話は速攻でなくなった。『顔合わせを行って相性がよさそうだったらそれもいいね』くらいの話だったのだ。
しかし、地に伏した元・婚約者を、足で踏み潰そうとしたルイーゼを止めるため、シュティーフェル伯は次男との婚約を言い出した。
――このままじゃ、第二のジャガイモが用意されてしまう……!
危機を感じたルイーゼの動きは速かった。
シュティーフェル伯の言葉を受け、動揺を見せた『花壇の君』へと走りより、その腕を強くつかみまくしたてた!
「私、この方に一目惚れしました! この子と結婚するの!!! この子がいいのっ! 他の子は絶対にイヤッ!」
「え……っ?!」
ルイーゼは絶対放さない! と言わんばかりに、力一杯少年にしがみつく。
そんなルイーゼに、少年はとまどったような視線を向けるが、自分の腕から彼女を引きはなそうとはしない。
「バカ言うな! そいつは父上に集った浅ましい娼婦が勝手に産んだ子供だぞ! 俺たち貴族とは格が違――」
地に伏していたボリソヴィチ・バッソが、何時の間にか復活していた。
そして、そのまま少年につかみかかり、少年にしがみつく少女を引きはなそうと手を伸ばして来たので――少年は敵にそなえるため、彼女を守るように強く抱き込んだ。
少年のそんな対応が腹にすえかねたのか、ボリソヴィチ・バッソはこぶしを強くにぎりしめて殴りかかろうとしたところを、シュティーフェル伯にぶっ飛ばされた。
叱責をくらってようやく思い出したらしい。父親がここにいたことを。
「よかったよかった、両者、問題なさそうですな」
シュティーフェル伯がボリソヴィチ・バッソをボコボコにしながらいう。
「少々寂しいものがありますがね……ルイーゼ、分かったからいい加減離れなさい」
ルイーゼの父、メーベルト伯は胸中複雑そうな面持ちだ。
婚約が整ったことはうれしい。だが……娘を思う一人の父として、ちょっと仲良くしすぎなのではないかと、そう思ってしまったことを、ルイーゼは知らない。
「ルイーゼ嬢、彼はエルウィン・シュティーフェル。私の息子だ」
シュティーフェル伯が、少年にしがみつくルイーゼを安心させるように、優しい声で語りかける。
「やっぱり貴族でまちがってなかったじゃない!!」
ルイーゼの猛抗議に、少年――エルウィン・シュティーフェルは、ばつが悪そうにそっぽを向いてやりすごしていた。
◇◆◇
その日、エルウィンは、ルイーゼの婚約者になった。
きれいで繊細という第一印象に反し、エルウィンの性格は「喧嘩っ早い不良少年そのもの」だった。慣れるまで、出てくる言葉は粗雑なものばかり。
それでも、彼なりに背一杯、年下の女の子に優しくしようと頑張っていたことを、ルイーゼは感じ取っていた。
エルウィンの出生の秘密について、ルイーゼはエルウィンに言及するつもりはなかった。もちろん、話してくれるのならば喜んで聞くが。
ふとした瞬間に落ちる孤独の影が、気にならないと言えば嘘になるけれど。
「花が好きなんだろ?」
幼い日々、エルウィンはいつも、自分が育てた花を花束にして、ルイーゼに送っていた。数ある花壇の中から、自分がいちから造りあげた花壇にわざわざやってくるくらいだから、そうとう花が好きなのだと……思っているのだろうな、とルイーゼには分かっていた。女の子の方がその手の成長は早いものだ。
「うん。ありがとう!」
認識の違いは少々あったが、ルイーゼは気にしなかった。
エルウィンが自分のために持ってきてくれた。自分のことを考えてくれている。ぶっきらぼうな彼の、精一杯の愛情表現であることに間違いはないのだから。
――笑うと少し幼くて、私より二つ年上の彼がとてもかわいく見えた。そんな表情を見て、私はとてもとても、嬉しいきもちになったのを、今でも覚えてる。
1
お気に入りに追加
1,514
あなたにおすすめの小説
【完結】私、四女なんですけど…?〜四女ってもう少しお気楽だと思ったのに〜
まりぃべる
恋愛
ルジェナ=カフリークは、上に三人の姉と、弟がいる十六歳の女の子。
ルジェナが小さな頃は、三人の姉に囲まれて好きな事を好きな時に好きなだけ学んでいた。
父ヘルベルト伯爵も母アレンカ伯爵夫人も、そんな好奇心旺盛なルジェナに甘く好きな事を好きなようにさせ、良く言えば自主性を尊重させていた。
それが、成長し、上の姉達が思わぬ結婚などで家から出て行くと、ルジェナはだんだんとこの家の行く末が心配となってくる。
両親は、貴族ではあるが貴族らしくなく領地で育てているブドウの事しか考えていないように見える為、ルジェナはこのカフリーク家の未来をどうにかしなければ、と思い立ち年頃の男女の交流会に出席する事を決める。
そして、そこで皆のルジェナを想う気持ちも相まって、無事に幸せを見つける。
そんなお話。
☆まりぃべるの世界観です。現実とは似ていても違う世界です。
☆現実世界と似たような名前、土地などありますが現実世界とは関係ありません。
☆現実世界でも使うような単語や言葉を使っていますが、現実世界とは違う場合もあります。
楽しんでいただけると幸いです。
「あなたのことはもう忘れることにします。 探さないでください」〜 お飾りの妻だなんてまっぴらごめんです!
友坂 悠
恋愛
あなたのことはもう忘れることにします。
探さないでください。
そう置き手紙を残して妻セリーヌは姿を消した。
政略結婚で結ばれた公爵令嬢セリーヌと、公爵であるパトリック。
しかし婚姻の初夜で語られたのは「私は君を愛することができない」という夫パトリックの言葉。
それでも、いつかは穏やかな夫婦になれるとそう信じてきたのに。
よりにもよって妹マリアンネとの浮気現場を目撃してしまったセリーヌは。
泣き崩れ寝て転生前の記憶を夢に見た拍子に自分が生前日本人であったという意識が蘇り。
もう何もかも捨てて家出をする決意をするのです。
全てを捨てて家を出て、まったり自由に生きようと頑張るセリーヌ。
そんな彼女が新しい恋を見つけて幸せになるまでの物語。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
[完結]婚約破棄してください。そして私にもう関わらないで
みちこ
恋愛
妹ばかり溺愛する両親、妹は思い通りにならないと泣いて私の事を責める
婚約者も妹の味方、そんな私の味方になってくれる人はお兄様と伯父さんと伯母さんとお祖父様とお祖母様
私を愛してくれる人の為にももう自由になります
忘れられた幼な妻は泣くことを止めました
帆々
恋愛
アリスは十五歳。王国で高家と呼ばれるう高貴な家の姫だった。しかし、家は貧しく日々の暮らしにも困窮していた。
そんな時、アリスの父に非常に有利な融資をする人物が現れた。その代理人のフーは巧みに父を騙して、莫大な借金を負わせてしまう。
もちろん返済する目処もない。
「アリス姫と我が主人との婚姻で借財を帳消しにしましょう」
フーの言葉に父は頷いた。アリスもそれを責められなかった。家を守るのは父の責務だと信じたから。
嫁いだドリトルン家は悪徳金貸しとして有名で、アリスは邸の厳しいルールに従うことになる。フーは彼女を監視し自由を許さない。そんな中、夫の愛人が邸に迎え入れることを知る。彼女は庭の隅の離れ住まいを強いられているのに。アリスは嘆き悲しむが、フーに強く諌められてうなだれて受け入れた。
「ご実家への援助はご心配なく。ここでの悪くないお暮らしも保証しましょう」
そういう経緯を仲良しのはとこに打ち明けた。晩餐に招かれ、久しぶりに心の落ち着く時間を過ごした。その席にははとこ夫妻の友人のロエルもいて、彼女に彼の掘った珍しい鉱石を見せてくれた。しかし迎えに現れたフーが、和やかな夜をぶち壊してしまう。彼女を庇うはとこを咎め、フーの無礼を責めたロエルにまで痛烈な侮蔑を吐き捨てた。
厳しい婚家のルールに縛られ、アリスは外出もままならない。
それから五年の月日が流れ、ひょんなことからロエルに再会することになった。金髪の端正な紳士の彼は、彼女に問いかけた。
「お幸せですか?」
アリスはそれに答えられずにそのまま別れた。しかし、その言葉が彼の優しかった印象と共に尾を引いて、彼女の中に残っていく_______。
世間知らずの高貴な姫とやや強引な公爵家の子息のじれじれなラブストーリーです。
古風な恋愛物語をお好きな方にお読みいただけますと幸いです。
ハッピーエンドを心がけております。読後感のいい物語を努めます。
※小説家になろう様にも投稿させていただいております。
辺境伯へ嫁ぎます。
アズやっこ
恋愛
私の父、国王陛下から、辺境伯へ嫁げと言われました。
隣国の王子の次は辺境伯ですか… 分かりました。
私は第二王女。所詮国の為の駒でしかないのです。 例え父であっても国王陛下には逆らえません。
辺境伯様… 若くして家督を継がれ、辺境の地を護っています。
本来ならば第一王女のお姉様が嫁ぐはずでした。
辺境伯様も10歳も年下の私を妻として娶らなければいけないなんて可哀想です。
辺境伯様、大丈夫です。私はご迷惑はおかけしません。
それでも、もし、私でも良いのなら…こんな小娘でも良いのなら…貴方を愛しても良いですか?貴方も私を愛してくれますか?
そんな望みを抱いてしまいます。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定はゆるいです。
(言葉使いなど、優しい目で読んで頂けると幸いです)
❈ 誤字脱字等教えて頂けると幸いです。
(出来れば望ましいと思う字、文章を教えて頂けると嬉しいです)
断罪された公爵令嬢に手を差し伸べたのは、私の婚約者でした
カレイ
恋愛
子爵令嬢に陥れられ第二王子から婚約破棄を告げられたアンジェリカ公爵令嬢。第二王子が断罪しようとするも、証拠を突きつけて見事彼女の冤罪を晴らす男が現れた。男は公爵令嬢に跪き……
「この機会絶対に逃しません。ずっと前から貴方をお慕いしていましたんです。私と婚約して下さい!」
ええっ!あなた私の婚約者ですよね!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる