27 / 36
第一部
26.暴けない罠
しおりを挟む
城内で何があったのか――――話は数時間ほど前に遡る。
◇
朝食を終えたエミールには、一息つく暇もなかった。
昨日発覚した諸外国とのトラブル対応に追われていたのだ。書面の作成から事項の洗い出し、その間にもやってくる来訪者との会談……。
戴冠式を行っていないエミールは、正式な王とは言えない。そんなエミールは、王の代行としてこの場にいる。玉座に座ることなく、いち官吏として来賓を出迎えているのもそのためだ。
「やっとお目通りかない安心いたしました」
目の前で恭しく膝をつき、頭を垂れる男――彼は、ルファイリアス帝国からの使者だと名乗った。
年の頃は五十前後。貴族らしいゴテゴテとした装いではなかった。けれど、この謁見の間という空間での立ち居振る舞いから、それなりの地位にいる者かとエミールは推察しかけた。
――……だが、昨今の貴族にしては、立ち居振る舞いにスキがない。まるで間候(スパイ)のようだ。監視を……つけておくべきか?
ルファイリアス帝国は、エミールのかつての婚約者、ベリンダ・オストワルトと懇意にしていたレイモンド・マクラウドの出身国。そして彼は、その国の王太子だった。
思うことがないと言えば嘘になる。けれど何も言わず顔にも出さず、エミールは使者と対峙する。相手もその件について言及するつもりはないらしい。
彼女がルファイリアス帝国へ渡ったことを、エミールはブリクサ・グラーフから聞いていた。
――彼女については、今更なにをどうするつもりもない。自分とは関わりあいのない、どこか遠くで心穏やかに暮らしていれば、それでいい。
「わたくしの要件は、先日オストワルト公より口利きを頼まれた条約についてでございます」
「ああ、それについては後日、こちらから改めて封ずる話をさせてもらうことになるだろう」
「それは、後日改めて、エミール殿下がされるという理解でよろしいでしょうか」
「…………断言は致しかねる」
「承知致しました」
男があまりにも淡々としていたことに、エミールは疑念を抱いた。
――冷静だな。帝国にとってはかなり好条件な条約案だったはずだ。初めから不成立を狙っていたとでも言うのか? 何のために?
「では、確認したい事柄は完了致しましたので――」
男が退出の挨拶をしようとしたまさにその時、遠くから複数の爆発音が聞こえてきた。
「何事だ!」
何者かの襲撃を受けたことは明白。直ちに状況を把握するため、そばにいた近衛兵にエミールは指示をとばす。それは伝令へ伝えられ、他の兵らにも伝えられた。
「申し訳ないが、安全が確認できるまでここで待機していてくれ」
「承知しております」
客人を安全な場所へ避難させるにも、状況を把握しなければ動きようがない。男もそれを理解していたのか、冷静にエミールの指示に従っていた。
――冷静すぎる、とエミールは一瞬いぶかしんだが最近親しくなった者たちのことを思い出し、本来はそういうものなのだろうと納得した。彼の周りにいた者たちが異常だったのだ。
にわかに頭上に影がさした。謁見の間の天井は高い。天井近くにはステンドグラスがはめ込まれている部分がある。そこを、何か大きな影が通り過ぎた。
――白龍か?
実際、それくらいの大きさだったし、そのような芸当ができるものはそうはいない。なにか緊急事態が起きていて、それに対処している可能性もある……と、エミールは考えを巡らせる。
だが、違った。
突如、ステンドグラスが割れ、破片が周囲へ飛び散る。下にいたエミールら一同はそれをもろに浴びるところだった。エミールが『魔術障壁』を展開していなければ。『魔術障壁』とは、魔術で作られた盾のようなもので、大きさや強度は術者の意思や魔力によって異なる。
エミールは左手を開き高く掲げ、頭上に巨大な白い魔法陣を精製していた。それはそのまま障壁となり、この場の全てを破片から守っている。
ステンドグラスを突き破り、この場へ舞い降りたのは――黒く獰猛な爪と牙、そして胴体よりも大きな翼のような何かを持つ巨大なトカゲのような魔獣だった。羽の骨格は枯れ枝のように生気がなく、皮は腐り落ちかけている。
化け物は間髪入れずに、腐りかけた口を大きく開き、そこから凶悪なエネルギーが放出する! エミールが展開した障壁がそれを受け止めるが、灼熱に熱した巨大な鉛を受け止めたような熱量と衝撃が、術者であるエミールを襲う!
――『魔術元素』が破壊された! 元素を再構成、魔法陣へ組み込み補強!
魔獣障壁は――展開する障壁の性質を決め、その障壁に必要な元素を己の魔力で生み出し、設計図の通りに組み立てることで完成する。この一連の流れを、一般的に『魔術の構成』と言う。設計図は障壁の性質によって異なり、魔法陣として術者の前に現れる。
化け物の攻撃で、障壁を構成していた元素が破壊された。修復しなければ、次の、攻撃で障壁は破壊されてしまう! エミールは冷静にかつ迅速に障壁を修復した。いや、しようとしたのだが――――。
――どういう……ことだ……アクセスできない……!!!
障壁の設計図でもある魔法陣が、端から書き換えられていく。己の魔力で、己が組み立てた魔法陣が勝手に書き換えられている。破壊されガン化した元素が増殖し術式を破綻に導く。
化け物からの更なる攻撃で、障壁は完全に破壊された! それでも来客と部下に怪我がなかったのは、エミールが破壊されかけた障壁を捨て、新しい障壁を作る決断を下したからだ。瞬間的にとは言え、同時に二つの魔術を行使するとなると、術者には膨大な負荷がかかる。最悪、負荷に耐えきれずに身体が元素に焼かれる危険性すらある。
「エミール殿下! お止めください! 障壁なら我々が!」
部下がエミールの身を案じ叫ぶ。しかし、その傍らで別の兵にも異常は起きていた。先んじて障壁や攻撃のための魔術を構成していた者たちにも、エミールと同様の異変が起きていた。
「重装部隊の用意!」
エミールは頭上の化け物から視線をそらさぬまま、部屋の出入り口にいる兵に命じる。命じられた兵は迅速にその命に従った。
魔術が通用しないのであれば、この場にある装備だけでは心もとない。重装部隊でもあれに対処できるのか、エミールは不安を覚えていたが、それを表に出すことは許されなかった。
「退路を確保し、来客の避難を優先!」
そう間をおかず到着した重装部隊に来客を預け、避難を指示している最中、敵からの第二波が一同を襲った。
エミールが最後に張った障壁でも、完全に攻撃を受け止めることはできなかった。術を破壊されることによる衝撃と、化け物の攻撃による衝撃。
その二つが合わさり、多大なるダメージとなってエミールを襲った。
◇
報せを受け、ティオは伝令の兵とともに白龍で城へと戻った。
道中、何があったのかを聞き出すことも忘れない。城を襲った魔獣は、謁見の間に現れたものだけではなかった。突如、空に多くの魔獣が現れ、襲いかかってきたという。空からの敵に城壁など役に立たなかった。魔術はすべて乗っ取られ使用不可、かといって物理攻撃が通用する相手でもないという状況で、城内の兵は一方的に蹂躙されるしかない状況だったらしい。
そんな状況下で、しかし、敵はなぜかそれ以上の攻撃を加えてくることはなかったという。伝令が逃げ出すのを見逃すくらいだ。エミールに対しては違ったようだが。
城に到着すると、ティオは一目で異変に気づいた。
――城が暗い……というか黒い? これ王都にいる間はよく見たな。確か、ラウラに聞いたら『呪詛』がどうとか……。連れてくればよかった! おつとめの皆様は……うーん、ほぼ呪詛にやられてるっぽいし……。
空から見る限り、多くの傷ついた兵が地べたに転がっているのが見えるが、それには構わず、割れたステンドグラスから中へと入り込むと……すぐそこに、敵はまだいた。
「うわあああっ!」
悲鳴を上げる伝令をなだめるのは時間のムダだと判断したティオは、白龍に伝令をつれてこの場から離れるよう頼み、自分は謁見の間に飛び降りた!
「あああっ! ファーバー嬢!」
ティオを心配してさわぐ伝令だが、完全に腰がひけている様子ではなにもできることはなかった。
一方、謁見の間に残ったティオは、問題の魔獣が自分に対してまったくといっていいほど意識を向けていないことが気になった。
――まあ、いいか! むずかしいことは賢い人がなんとかしてくれるでしょう!
ティオはいつものように魔獣を退治するつもりで攻撃を行ったが、それは敵には通用しなかった。まるでスポンジに水が染み込むように、攻撃が吸収されていく。
――呪詛で生まれた化け物には『呪詛返し』しかないって、ラウラが言ってたな。術式覚えてないけど、ようするに、製造元に送り返せばいいのよね?!
いつものように、ティオは力を行使した。生まれたときから持っていた、自分にも他人にも説明できない得体の知れない力を。
ティオが右のてのひらを化け物に向けると、化け物の周囲に白い小さな炎が円形にいくつも出現し、それはやがて化け物へ燃えうつり一つの巨大な炎になった。
そう時間もかからず化け物の断末魔が周囲に響き、その姿はこの世から消えてなくなった。
化け物がティオの出した炎で燃え尽きると、込められていた呪いが新たな依り代を探すように謁見の間を飛び出した。トドメをさすためにそれを追いかけていたティオがたどり着いたのは、城と回廊でつながった礼拝堂だった。
大きな銅製トビラの前には五、六人の重装兵が意識を失い横たわっている様子から、中には敵の親玉である魔獣がいる! とティオは思っていた。
しかし、そんな彼女の予想に反し、中にいたのは一人の初老の男と彼を守るように立ちはだかる兵士らだった。ティオは知るよしもないが、彼はつい先ほどまでエミールと謁見の間にいた男だ。城内で最も安全だと思われるこの場所へ避難していた。
ティオは彼ら一人一人のことなど記憶にないが、彼らはティオを知っていた。だから、すぐに警戒をとき、ふたたび初老の男の容体を案じはじめる。
男はダメージを受けているのか、片膝をつき苦しげな息づかいを見せていた。
「大丈夫ですか?!」
ティオは思わず男に向かいそう叫んだ。
「ファーバー嬢?!」
それに反応を示したのは男よりも兵らの反応のほうが大きかった。そのため、男のちいさな動揺に違和感を覚える間もなかった。というか、正確にはそれどころではなくなったのだ。敵がティオを追いかけていたのか、この場を襲撃してきたのだから!
礼拝堂のステンドグラスを破り、中へ飛び込んできたのは翼竜とゾンビを足して三をかけたような不気味な魔獣だった。腐りかけている肉と、腐りかけた木の枝のような骨。苔生した岩のようなドクロ状態の頭が三つに、まとまりなくバラバラに動く八枚の翼。なにもかもが異様な、全長五メートルはありそうな化け物だった。
「ああもう、しつこいな! いったい何匹いるのよ、このザコ!!!」
「えっ……」
怒りにまかせてティオが叫んだセリフに、一同の顔がひきつる。いつものことだと、ティオは気にしなかったのだが――それが、いけなかった。
「待ってくれ――」
はじめから体調不良だった男のつぶやきは、あまりにも小さく弱く、勢いづいたティオの耳には届かなかった。届かなかったのはティオにだけではない。周りの兵にすら、その制止の声は届かなかった。
ティオはさっきと同じように、はじめは敵に通常攻撃を加えた。敵はびくともしない! 兵らの間に動揺が走る。そこで、ティオは謁見の間の時と同じように製造元に送り返すべく、術を放った。すると――――、
「ぎゃあああっ!!!」
予想していなかった方向から悲鳴があがる。声を上げたのはあの男だった。化け物を包んでいた炎と全く同じ白い炎が、男の身体を飲み込んでいた。何が起こったのか、分からなかったのは一瞬のことだ。色々と手順をすっ飛ばしていたが、ティオが行ったのが『呪詛返し』だ。それは、この場にいるだれもが分かっていることだった。燃えさかる男自身も。
「……え、どういうこと?! この人、だれ?!」
驚きの声をあげながらも、ティオは目の前の敵を屠るまで手をゆるめることはなかった。
化け物が聖なる白い炎で燃え尽きると同時に、男を包み込んでいた白い炎も消える。そして男は意識を失い、その場に倒れ込んだ。
◇
朝食を終えたエミールには、一息つく暇もなかった。
昨日発覚した諸外国とのトラブル対応に追われていたのだ。書面の作成から事項の洗い出し、その間にもやってくる来訪者との会談……。
戴冠式を行っていないエミールは、正式な王とは言えない。そんなエミールは、王の代行としてこの場にいる。玉座に座ることなく、いち官吏として来賓を出迎えているのもそのためだ。
「やっとお目通りかない安心いたしました」
目の前で恭しく膝をつき、頭を垂れる男――彼は、ルファイリアス帝国からの使者だと名乗った。
年の頃は五十前後。貴族らしいゴテゴテとした装いではなかった。けれど、この謁見の間という空間での立ち居振る舞いから、それなりの地位にいる者かとエミールは推察しかけた。
――……だが、昨今の貴族にしては、立ち居振る舞いにスキがない。まるで間候(スパイ)のようだ。監視を……つけておくべきか?
ルファイリアス帝国は、エミールのかつての婚約者、ベリンダ・オストワルトと懇意にしていたレイモンド・マクラウドの出身国。そして彼は、その国の王太子だった。
思うことがないと言えば嘘になる。けれど何も言わず顔にも出さず、エミールは使者と対峙する。相手もその件について言及するつもりはないらしい。
彼女がルファイリアス帝国へ渡ったことを、エミールはブリクサ・グラーフから聞いていた。
――彼女については、今更なにをどうするつもりもない。自分とは関わりあいのない、どこか遠くで心穏やかに暮らしていれば、それでいい。
「わたくしの要件は、先日オストワルト公より口利きを頼まれた条約についてでございます」
「ああ、それについては後日、こちらから改めて封ずる話をさせてもらうことになるだろう」
「それは、後日改めて、エミール殿下がされるという理解でよろしいでしょうか」
「…………断言は致しかねる」
「承知致しました」
男があまりにも淡々としていたことに、エミールは疑念を抱いた。
――冷静だな。帝国にとってはかなり好条件な条約案だったはずだ。初めから不成立を狙っていたとでも言うのか? 何のために?
「では、確認したい事柄は完了致しましたので――」
男が退出の挨拶をしようとしたまさにその時、遠くから複数の爆発音が聞こえてきた。
「何事だ!」
何者かの襲撃を受けたことは明白。直ちに状況を把握するため、そばにいた近衛兵にエミールは指示をとばす。それは伝令へ伝えられ、他の兵らにも伝えられた。
「申し訳ないが、安全が確認できるまでここで待機していてくれ」
「承知しております」
客人を安全な場所へ避難させるにも、状況を把握しなければ動きようがない。男もそれを理解していたのか、冷静にエミールの指示に従っていた。
――冷静すぎる、とエミールは一瞬いぶかしんだが最近親しくなった者たちのことを思い出し、本来はそういうものなのだろうと納得した。彼の周りにいた者たちが異常だったのだ。
にわかに頭上に影がさした。謁見の間の天井は高い。天井近くにはステンドグラスがはめ込まれている部分がある。そこを、何か大きな影が通り過ぎた。
――白龍か?
実際、それくらいの大きさだったし、そのような芸当ができるものはそうはいない。なにか緊急事態が起きていて、それに対処している可能性もある……と、エミールは考えを巡らせる。
だが、違った。
突如、ステンドグラスが割れ、破片が周囲へ飛び散る。下にいたエミールら一同はそれをもろに浴びるところだった。エミールが『魔術障壁』を展開していなければ。『魔術障壁』とは、魔術で作られた盾のようなもので、大きさや強度は術者の意思や魔力によって異なる。
エミールは左手を開き高く掲げ、頭上に巨大な白い魔法陣を精製していた。それはそのまま障壁となり、この場の全てを破片から守っている。
ステンドグラスを突き破り、この場へ舞い降りたのは――黒く獰猛な爪と牙、そして胴体よりも大きな翼のような何かを持つ巨大なトカゲのような魔獣だった。羽の骨格は枯れ枝のように生気がなく、皮は腐り落ちかけている。
化け物は間髪入れずに、腐りかけた口を大きく開き、そこから凶悪なエネルギーが放出する! エミールが展開した障壁がそれを受け止めるが、灼熱に熱した巨大な鉛を受け止めたような熱量と衝撃が、術者であるエミールを襲う!
――『魔術元素』が破壊された! 元素を再構成、魔法陣へ組み込み補強!
魔獣障壁は――展開する障壁の性質を決め、その障壁に必要な元素を己の魔力で生み出し、設計図の通りに組み立てることで完成する。この一連の流れを、一般的に『魔術の構成』と言う。設計図は障壁の性質によって異なり、魔法陣として術者の前に現れる。
化け物の攻撃で、障壁を構成していた元素が破壊された。修復しなければ、次の、攻撃で障壁は破壊されてしまう! エミールは冷静にかつ迅速に障壁を修復した。いや、しようとしたのだが――――。
――どういう……ことだ……アクセスできない……!!!
障壁の設計図でもある魔法陣が、端から書き換えられていく。己の魔力で、己が組み立てた魔法陣が勝手に書き換えられている。破壊されガン化した元素が増殖し術式を破綻に導く。
化け物からの更なる攻撃で、障壁は完全に破壊された! それでも来客と部下に怪我がなかったのは、エミールが破壊されかけた障壁を捨て、新しい障壁を作る決断を下したからだ。瞬間的にとは言え、同時に二つの魔術を行使するとなると、術者には膨大な負荷がかかる。最悪、負荷に耐えきれずに身体が元素に焼かれる危険性すらある。
「エミール殿下! お止めください! 障壁なら我々が!」
部下がエミールの身を案じ叫ぶ。しかし、その傍らで別の兵にも異常は起きていた。先んじて障壁や攻撃のための魔術を構成していた者たちにも、エミールと同様の異変が起きていた。
「重装部隊の用意!」
エミールは頭上の化け物から視線をそらさぬまま、部屋の出入り口にいる兵に命じる。命じられた兵は迅速にその命に従った。
魔術が通用しないのであれば、この場にある装備だけでは心もとない。重装部隊でもあれに対処できるのか、エミールは不安を覚えていたが、それを表に出すことは許されなかった。
「退路を確保し、来客の避難を優先!」
そう間をおかず到着した重装部隊に来客を預け、避難を指示している最中、敵からの第二波が一同を襲った。
エミールが最後に張った障壁でも、完全に攻撃を受け止めることはできなかった。術を破壊されることによる衝撃と、化け物の攻撃による衝撃。
その二つが合わさり、多大なるダメージとなってエミールを襲った。
◇
報せを受け、ティオは伝令の兵とともに白龍で城へと戻った。
道中、何があったのかを聞き出すことも忘れない。城を襲った魔獣は、謁見の間に現れたものだけではなかった。突如、空に多くの魔獣が現れ、襲いかかってきたという。空からの敵に城壁など役に立たなかった。魔術はすべて乗っ取られ使用不可、かといって物理攻撃が通用する相手でもないという状況で、城内の兵は一方的に蹂躙されるしかない状況だったらしい。
そんな状況下で、しかし、敵はなぜかそれ以上の攻撃を加えてくることはなかったという。伝令が逃げ出すのを見逃すくらいだ。エミールに対しては違ったようだが。
城に到着すると、ティオは一目で異変に気づいた。
――城が暗い……というか黒い? これ王都にいる間はよく見たな。確か、ラウラに聞いたら『呪詛』がどうとか……。連れてくればよかった! おつとめの皆様は……うーん、ほぼ呪詛にやられてるっぽいし……。
空から見る限り、多くの傷ついた兵が地べたに転がっているのが見えるが、それには構わず、割れたステンドグラスから中へと入り込むと……すぐそこに、敵はまだいた。
「うわあああっ!」
悲鳴を上げる伝令をなだめるのは時間のムダだと判断したティオは、白龍に伝令をつれてこの場から離れるよう頼み、自分は謁見の間に飛び降りた!
「あああっ! ファーバー嬢!」
ティオを心配してさわぐ伝令だが、完全に腰がひけている様子ではなにもできることはなかった。
一方、謁見の間に残ったティオは、問題の魔獣が自分に対してまったくといっていいほど意識を向けていないことが気になった。
――まあ、いいか! むずかしいことは賢い人がなんとかしてくれるでしょう!
ティオはいつものように魔獣を退治するつもりで攻撃を行ったが、それは敵には通用しなかった。まるでスポンジに水が染み込むように、攻撃が吸収されていく。
――呪詛で生まれた化け物には『呪詛返し』しかないって、ラウラが言ってたな。術式覚えてないけど、ようするに、製造元に送り返せばいいのよね?!
いつものように、ティオは力を行使した。生まれたときから持っていた、自分にも他人にも説明できない得体の知れない力を。
ティオが右のてのひらを化け物に向けると、化け物の周囲に白い小さな炎が円形にいくつも出現し、それはやがて化け物へ燃えうつり一つの巨大な炎になった。
そう時間もかからず化け物の断末魔が周囲に響き、その姿はこの世から消えてなくなった。
化け物がティオの出した炎で燃え尽きると、込められていた呪いが新たな依り代を探すように謁見の間を飛び出した。トドメをさすためにそれを追いかけていたティオがたどり着いたのは、城と回廊でつながった礼拝堂だった。
大きな銅製トビラの前には五、六人の重装兵が意識を失い横たわっている様子から、中には敵の親玉である魔獣がいる! とティオは思っていた。
しかし、そんな彼女の予想に反し、中にいたのは一人の初老の男と彼を守るように立ちはだかる兵士らだった。ティオは知るよしもないが、彼はつい先ほどまでエミールと謁見の間にいた男だ。城内で最も安全だと思われるこの場所へ避難していた。
ティオは彼ら一人一人のことなど記憶にないが、彼らはティオを知っていた。だから、すぐに警戒をとき、ふたたび初老の男の容体を案じはじめる。
男はダメージを受けているのか、片膝をつき苦しげな息づかいを見せていた。
「大丈夫ですか?!」
ティオは思わず男に向かいそう叫んだ。
「ファーバー嬢?!」
それに反応を示したのは男よりも兵らの反応のほうが大きかった。そのため、男のちいさな動揺に違和感を覚える間もなかった。というか、正確にはそれどころではなくなったのだ。敵がティオを追いかけていたのか、この場を襲撃してきたのだから!
礼拝堂のステンドグラスを破り、中へ飛び込んできたのは翼竜とゾンビを足して三をかけたような不気味な魔獣だった。腐りかけている肉と、腐りかけた木の枝のような骨。苔生した岩のようなドクロ状態の頭が三つに、まとまりなくバラバラに動く八枚の翼。なにもかもが異様な、全長五メートルはありそうな化け物だった。
「ああもう、しつこいな! いったい何匹いるのよ、このザコ!!!」
「えっ……」
怒りにまかせてティオが叫んだセリフに、一同の顔がひきつる。いつものことだと、ティオは気にしなかったのだが――それが、いけなかった。
「待ってくれ――」
はじめから体調不良だった男のつぶやきは、あまりにも小さく弱く、勢いづいたティオの耳には届かなかった。届かなかったのはティオにだけではない。周りの兵にすら、その制止の声は届かなかった。
ティオはさっきと同じように、はじめは敵に通常攻撃を加えた。敵はびくともしない! 兵らの間に動揺が走る。そこで、ティオは謁見の間の時と同じように製造元に送り返すべく、術を放った。すると――――、
「ぎゃあああっ!!!」
予想していなかった方向から悲鳴があがる。声を上げたのはあの男だった。化け物を包んでいた炎と全く同じ白い炎が、男の身体を飲み込んでいた。何が起こったのか、分からなかったのは一瞬のことだ。色々と手順をすっ飛ばしていたが、ティオが行ったのが『呪詛返し』だ。それは、この場にいるだれもが分かっていることだった。燃えさかる男自身も。
「……え、どういうこと?! この人、だれ?!」
驚きの声をあげながらも、ティオは目の前の敵を屠るまで手をゆるめることはなかった。
化け物が聖なる白い炎で燃え尽きると同時に、男を包み込んでいた白い炎も消える。そして男は意識を失い、その場に倒れ込んだ。
0
お気に入りに追加
2,034
あなたにおすすめの小説
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
伯爵令嬢、溺愛されるまで~婚約後~
うめまつ
恋愛
前作から引き続きじれじれなリリィとロルフ。可愛らしい二人が成長し、婚約後の波乱に巻き込まれる。
↓オマケ↓
※『グラッセの最後』→リリィの姉が最強でした。ザマァ
※『タイロンの復讐』→ウドルとの関係ザマァ
※『ウドルの答』→下に甘い長男気質と俺様男
※『庭師の日常』→淡々とほのぼの
※『年寄りの独り言』→外交官のおじいちゃん
疲れきった退職前女教師がある日突然、異世界のどうしようもない貴族令嬢に転生。こっちの世界でも子供たちの幸せは第一優先です!
ミミリン
恋愛
小学校教師として長年勤めた独身の皐月(さつき)。
退職間近で突然異世界に転生してしまった。転生先では醜いどうしようもない貴族令嬢リリア・アルバになっていた!
私を陥れようとする兄から逃れ、
不器用な大人たちに助けられ、少しずつ現世とのギャップを埋め合わせる。
逃れた先で出会った訳ありの美青年は何かとからかってくるけど、気がついたら成長して私を支えてくれる大切な男性になっていた。こ、これは恋?
異世界で繰り広げられるそれぞれの奮闘ストーリー。
この世界で新たに自分の人生を切り開けるか!?
前世持ち公爵令嬢のワクワク領地改革! 私、イイ事思いついちゃったぁ~!
Akila
ファンタジー
旧題:前世持ち貧乏公爵令嬢のワクワク領地改革!私、イイ事思いついちゃったぁ〜!
【第2章スタート】【第1章完結約30万字】
王都から馬車で約10日かかる、東北の超田舎街「ロンテーヌ公爵領」。
主人公の公爵令嬢ジェシカ(14歳)は両親の死をきっかけに『異なる世界の記憶』が頭に流れ込む。
それは、54歳主婦の記憶だった。
その前世?の記憶を頼りに、自分の生活をより便利にするため、みんなを巻き込んであーでもないこーでもないと思いつきを次々と形にしていく。はずが。。。
異なる世界の記憶=前世の知識はどこまで通じるのか?知識チート?なのか、はたまたただの雑学なのか。
領地改革とちょっとラブと、友情と、涙と。。。『脱☆貧乏』をスローガンに奮闘する貧乏公爵令嬢のお話です。
1章「ロンテーヌ兄妹」 妹のジェシカが前世あるある知識チートをして領地経営に奮闘します!
2章「魔法使いとストッカー」 ジェシカは貴族学校へ。癖のある?仲間と学校生活を満喫します。乞うご期待。←イマココ
恐らく長編作になるかと思いますが、最後までよろしくお願いします。
<<おいおい、何番煎じだよ!ってごもっとも。しかし、暖かく見守って下さると嬉しいです。>>
【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~
降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。
追放聖女35歳、拾われ王妃になりました
真曽木トウル
恋愛
王女ルイーズは、両親と王太子だった兄を亡くした20歳から15年間、祖国を“聖女”として統治した。
自分は結婚も即位もすることなく、愛する兄の娘が女王として即位するまで国を守るために……。
ところが兄の娘メアリーと宰相たちの裏切りに遭い、自分が追放されることになってしまう。
とりあえず亡き母の母国に身を寄せようと考えたルイーズだったが、なぜか大学の学友だった他国の王ウィルフレッドが「うちに来い」と迎えに来る。
彼はルイーズが15年前に求婚を断った相手。
聖職者が必要なのかと思いきや、なぜかもう一回求婚されて??
大人なようで素直じゃない2人の両片想い婚。
●他作品とは特に世界観のつながりはありません。
●『小説家になろう』に先行して掲載しております。
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる