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第一部: "喜の魂"争奪戦

第11話: ネクロマンサーの娘

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 ネクロマンサーは荒れ果てた墓場の奥へと走り去り、霧の中に姿を消した。

「追うぞ!」

 ネクロマンサーを追いかけている道中、セラフィスが冷静な声でつぶやく。

『待って、兄さん。彼には事情があるかもしれない。』

『事情だと? "喜の魂"を奪った奴を放っておけっていうのか?』

『霧の向こうに、彼が必死で守りたい何かがある気がするんだ。』

 霧が晴れた先には小さな木造の家が現れた。

 家の中を覗くと、そこにはベッドに横たわる幼い少女がいた。

 彼女は顔色が悪く、息も弱々しい。

 ネクロマンサーは少女のそばに座り"喜の魂"が入った壺を握りしめていた。

「頼む…これだけは奪わないでくれ…!」

 ネクロマンサーの声は震えていた。

 アストリアは剣を構えるのをやめ、ゆっくりと家に足を踏み入れる。

「話を聞かせてくれ。どうして"喜の魂"が必要なんだ?」

 ネクロマンサーは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに目を伏せて語り始めた。

「この娘は、私の唯一の家族だ。私が愚かにも強力な禁呪を使ったせいで、彼女の感情が奪われてしまった。それ以来、彼女は何を見ても何を聞いても笑わない。ただ無表情で横たわるだけだ…。」

 彼は涙を流しながら壺を見つめる。

「"喜の魂"を使えば、彼女に笑顔を取り戻せるかもしれない。それだけが私の希望なんだ。」

 アストリア達は言葉を失った。

 セラフィスが静かに語りかける。

『兄さん、彼は悪い奴じゃない。ただ家族を救いたいだけなんだ。』

『でも…"喜の魂"がなければ、イザベル姫の感情を元に戻すことができない。』

 アストリアは拳を握りしめた。

 セラフィスが意を決して言った。

『壺の中の魂を完全に使う必要はない。その一部だけを分け与える方法を試してみてもいいかい?』

 アストリアは驚きの表情を浮かべる。

『そ、そんなことが可能なのか?完全な魂でないと意味が無いんじゃないか?』

 セラフィスは微笑む。

『魂は核さえ無事なら、時間を置くことで元通りの大きさに戻ることが出来る。魂だけの状態で存在している僕だから分かるんだ。』

 アストリアは壺を手に取った。

『セラフィス、どうすればいい?』

 セラフィスはアストリアの心層部で精神をネクロマンサーの娘の魂一点に集中させる。

 そして、彼女の微量な魂の波動を感知した。

 彼は自身の魂の波動をそれに合わせるようにし、ついに"共鳴"させることに成功した。

 次の瞬間、セラフィスはアストリアに憑依していた。

 それは、まさに"奇跡"だった。

 彼が生まれて初めて他者のために力を使ったことにより、制約を乗り超え、危機的状況下以外での憑依を可能にしたのだ。

 彼は壺の中に宿る"喜の魂"を分析し始めた。

 そして、アストリアの手を通じて魔力を注ぎ込み、壺の中からわずかな光の粒を取り出した。

 それを娘の胸元にそっと乗せる。

 すると、少女の顔に一瞬の変化が訪れた。

 微かに頬が緩み、目元に柔らかな光が戻った。

「お父さん…?」

 ネクロマンサーは涙を流しながら娘の手を握った。

「リリィ!また、お前の声が聞けるなんて…!」

 壺の中の"喜の魂"は完全に消耗しておらず、再びアストリア達の手元に戻された。

「感謝する…本当にありがとう。だが、これ以上罪を重ねるわけにはいかない。私はここで償いの道を歩む。」

 ネクロマンサーはそう言い、深々と頭を下げた。

「あなたも、家族のために戦っていただけだ。」

 アストリアは剣を背負い直し、彼に優しい言葉をかけた。

「これからは彼女のために、穏やかに生きて下さい。」

 ネクロマンサーと娘の再会を見届け、アストリア達は墓場を後にした。

「"喜の魂"を少し分け与えるなんて方法、よく思いついたな。」

 ローハンが感心したように言った。

「セラフィスには同じ魂同士分かり合える部分があるのかも知れない。」

 胸に手を当て、力を使い切りぐっすり眠っている相棒を感じながらアストリアは言った。

 彼らの旅路はまだまだ続く。
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