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第二十話 てつの採取をおてつだい

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 ラーグさんの案内で、薄暗い坑道を抜けると、ツイクサの村にたどり着いた。
 
 切り開かれ、土がむき出しになった山の斜面にいくつも穴が開いており、そこが【ドリウ族】の住居になっているようだ。

「宿屋はぁ、あそこだよぉ。ゆっくりしていってねぇ」

 ラーグさんの指さす方向に【愛庵】という、筆で書いたような文字の看板を出している住居がある。
 あれは、あいあん、と読むのかな。

「実は今、この村は大変な事になっててぇ……。事情は親方が知ってるので興味があったら話を聞いてみてねぇ。手前から三軒目の家にいると思うのでぇ。僕はちょっと採掘場に用があるのでこれで失礼するねぇ」

 それだけ言うと、ラーグさんは近くの階段を下りて行ってしまった。

「……どうしようか」
「大変なことってなんだろうね?」
「日が暮れるまでにはまだ時間がある。話だけでも聞いてみるかい?」
「そうだね」
「えーっと……一、二、三……あそこかな」

 そこは、入口にツルハシやカラーコーンが置かれた、いかにも現場関係者の家、といった雰囲気だった。

「……」

 五人とも、その場を動こうとしない。

「フッ、そういえば、こういう時に率先して行動を起こすリーダーを決めていなかったねえ」
「リーダーかぁ……決めた方がいいのかな?」
「……私は辞退します。ガラじゃないので」

 レキスが一歩下がる。 

「あ、あたしも」

 チャトも一歩下がる。

「僕はまだ、新入りだからねえ……アイカはどうだい?」
「私は王子をお守りする任務がありますので」

 王子とアイカさんも一歩下がる。
 そして、全員が一斉に俺を見る。

「……俺もガラじゃないんだけど。まあ、みんなやらないなら、俺がやろうか」

「異議なし」
「頑張って、れーいち」
「この命、君に預けよう」
「……私はまだ、お前を信用したわけではないからな」

「はは……まあ、よろしく頼むよ」

「それでは麗一君。リーダーとして、何かビシッと一言あいさつを決めてくれたまへ」
「ひ、一言?」

 うーん……一言と言っても、俺に言える事なんて一つしかないのだが。

「あーあ、リーダーなんて、だだりーなぁ)……」

「……っ」

 静まり返る中、唯一人、アイカさんだけ顔を赤くし、肩を震わせている。

「あの……アイカ、さん?」
「……話し、かけるな」

 ……もしかして、怒らせてしまったのかな。
 空気を読めと怒られたことはあるが、ダジャレのネタで怒る人は初めてかもしれない。
 ということは今後は魔法の暴発とアイカさん、両方に気を配らなければならないのか。うう、ますますダジャレが言いづらくなるなあ。


♢ ♢ ♢ ♢


 現場グッズの置かれた家の、木でできたドアをノックする。太い木の枠にはめ込んであり、しっかりとした造りの扉だ。

「すいません、親方さん、いますか?」
「……だぁーれらぁー」

 中から少し呂律の怪しい、低めの太いかすれ声が聞こえてくる。

「ちょっと鉱山の問題をお聞きしたいのですが」
「あぁーん? ……開いてるから、勝手に入ってこいやぁ……」
「失礼します」

 ドアを開け、中に入ると緑色のせんべい布団の上に、ヒゲを生やしたドリウ族の男性が寝っ転がっていた。傍らには空になった酒瓶のようなものが数本転がっている。

「お酒くさいね……」
「これは……」
「うぃぃ……ヒック。グビグビ」
 
 来客のことなどお構いなしに、酒をあおる。そして、こちらを見ることなく再び布団に身を横たえた。

「あの、鉱山の……」
「あぁー、もう降参だぁー……」
「ほう……こうざんでこうさん、か。これはなかなか……」
「れーいち、感心してる場合じゃないよぉ」
「ああ、そうだった。うーむ、どうしようか……このままだと会話にならなさそうだぞ。酔い覚ましの魔法とかないかな?」
「だじや氏は魔法をなんだと思っているのですか」

 さすがにそんな魔法はないらしい。

「うーん、何かよい方法はないかなぁ」

 よい方法か。うん、待てよ? よい、か。そうだな、これを試してみよう。

「親方さん。今すぐ酔いを、さますがよい!」
「らぁーん? らに言ってんだ、おめぇ……うん……ん?」

 トロンとしていた親方の目がしっかりと見開かれ、顔の赤みがみるみる消えて行く(灰色の体毛に覆われていてわかりづらいが)。

「おーいおいおい、どうなってんだぁこりゃあよぉ! 頭ん中が急にスッキリしやがったぞぉ!?」

 親方が布団から立ち上がり、両手でぺちぺちと頬を叩いている。

「ところで、誰だいあんたらぁ?」
「旅の者なのですが、この鉱山で何か問題が発生していると聞いて、ちょっと事情をお聞かせ願えないかと……」
「おぉん? あんたらが何とかしてくれるってのかい?」
「うーん、それはちょっと、聞いてみるまではなんとも……」

 立ち上がった親方が、再びドカッと布団に腰を下ろす。

「まあいいやぁ、それじゃあ聞いてくれよぉ。ある日鉱山の中にどでけぇ化け物が現れてよぉ……あいつのせいで仕事になんねぇんだよ」
「化け物?」
「なんかこう、にょろにょろとしたヤツでよぉ。仲間が土を掘り進めてたら空洞にぶち当たって、その穴からそいつが出てきたんだぁ」

 親方が腕で、ヘビのような動きを取る。

「にょろにょろ?」
「ああ。あの野郎、そのままそこに居座っちまってなぁ。このままじゃ仕事ができやしねえ」
「それでお酒飲んでたの?」
「ああ……お嬢ちゃん。男ってのはな、仕事を失うと、酒におぼれちまう生き物なんだよ。なぁ、あんた」

 なぁ、と言われても困る。酒は好きだが、おぼれるほど飲んだことはないぞ。……なかったよな、確か。

「それじゃ、ちょっと様子を見に行ってみます。ありがとうございました」
「あんたたち、そんなに強そうに見えないけど大丈夫かぁ?」
「はは、なんとか頑張ってみます」
「まあ、なんとか出来るなら頼むぜぇ。採掘場は階段を下りて下りて下りまくったところにあるからよぉ」
「はい。それでは」

 親方の家をあとにし、階段を下りようとしたところで、チャトが少し申し訳なさそうに切り出した。

「あの、ちょっとごめん。武器屋に行きたいんだけど、いいかな?」
「武器屋? ……ああ、そうか。弓だね」
「うん」
「弓? チャト君の武器は棍棒ではないのかい?」
「チャトさんの適正武器は弓ですよ。なんとなく父親の棍棒を使っているそうです」
「ほう、それは興味深いね」
「王子と一緒です」
「……フッ」

 ……ん? 一緒ってどういうことだろう。

「行くならば早くしろ。時間が惜しい」
「う、うん。ありがとう」

 道を歩いていた女性(’恐らく)に道をたずね、俺たちは武器屋へと向かった。
 入口の上に交差した剣の看板が掲げてあるから、ここで間違いなさそうだ。

「失礼します」

 中に入るが、カウンターには誰もいなかった。

「すいませーん! 弓が見たいんですけどー!」

 チャトが叫んでしばらくすると、奥から頭にタオルを巻いた男性が出てきた。
 
「いらっしゃい……まぁ、今は大したものはないけどねぇ」

 店内には、剣が数本と、壁に槍が一本かかっているだけで、あまり品数があるようには見えない。

「鉱山が閉鎖されて、こっちも武器が作れなくて商売あがったりだよぉ」
「あの、弓って置いてますか?」
「ごめんねぇ、今ないんだぁ。矢もないのよぉ……ヤになっちゃうよねぇ」
ことか、矢までないとは」
「うぅ、がっかり」
「鉱山が再開すれば作れるんだけどねぇ」

 カウンターに肘をつき、男性が虚空を見つめる。

「まずは化け物とやらをなんとかしないとダメ、か」
「ごめんね……あたし、まだ役に立てそうにないや……」

 チャトが力なく俯く。

「俺のダジャレ魔法は、君の言葉からヒントを貰う事が多い。別に戦闘に参加せずとも、チャトが居てくれるだけで十分助けられているんだよ」
「えっ……そう?」
「ああ、そうとも。だから役に立つ、立たないなど、そんなことは気にしなくていい」
「……うん。ありがと、れーいち」
「ふむ、さすがリーダーだ。見事な心配りだねえ」
「い、いや、俺は本当のことを言っただけで……」
「……おい。ここに用がないならさっさと行くぞ」
「あ、ああ、そうだね」

 アイカさんに怒られてしまった。うーん、アイカさんのほうがリーダーに向いてるんじゃないだろうか。

「それじゃ、我々は鉱山に行ってみます。失礼しました」
「うんー。気を付けてねぇー」 

 武器屋を出て、ひたすら石の階段を下り、鉱山の前へとやってきた。周囲には土の山と採掘道具が置かれている。
 入口の大きな穴の前で、ラーグさんと見張り番の男性がなにやら話し込んでいる。

「おや、君たちは……どうしたんだい?」
「親方から事情を聞きました。ちょっと鉱山の中に入れてもらいたいのですが」
「えっ、まさかあの化け物と戦うつもりかい!?」
「い、いえ。とりあえず様子を見に行こうかと……」
「ふーん、そっかぁ。大丈夫かなぁ」
「君たち……あまり強そうに見えないけど……」

 見張りの人に親方と同じことを言われる。
 俺はともかく、王子とアイカさんは強者の雰囲気を出してると思うのだが……。パーティーの印象って、先頭に立っている人の雰囲気で決まるものなのだろうか。

「まあ、中に入りたいなら好きにしていいよぉ。あいつ、目がついてないから危険を感じたらすぐに逃げてねぇ」
「目がついてない?」
「うん。あと、鼻も耳もないみたい。明かりに反応して襲ってくるんだぁ」
「……どういうこと?」
「……」

 ふとレキスの方を見ると、アゴに手をあてて考え込んでいる。 

「どうした? レキス」
「……いえ。別に」
「フッ、とにかくそいつをなんとかしなければならないのだろう。早速乗り込もうではないか」
「そうだな、行こうか」
「あ、待ってぇ。これを持って行きなよぉ」

 見張りの人が、ヘッドライトの付いた黄色いヘルメットを渡してくる。
 ラーグさんのかぶっているものよりサイズが小さく、俺の頭にちょうどおさまりそうだ。

「光魔石が入ってるから、明かりが切れたら魔力を補充してぇ。くれぐれも明かりをつけたまま化け物の部屋に入らないようにねぇ」
「はい、ありがとうございます」

 ヘルメットを被ると、なぜかみんなが俺を見ている。

「ど、どうしたんだ?」
「れーいち、似合いすぎ……」
「魔ガホンも出しましょうか」
「はは、現場監督だって言われたら、信じちゃいそうだよぉ」
「そ、そうかな」
 
 そんなにハマってるのか。うーん、鏡があったら見てみたい。
 
「それじゃ、頑張ってねぇ」

 ラーグさん達に見送られ、俺たちは暗い鉱山の中へと足を踏み入れた。
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