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本編
8.
しおりを挟む「え? わ、私ですか……?」
目立たぬ裏方に回っていたはずの自分へ視線が集まって、リヒャルト・ヤイハンス宰相令息が狼狽えるように青髪を震わせた。
ちなみに、転生者達が知る乙女ゲームにおいて、この宰相令息も攻略対象者の一人として登場している。
日本人だった頃の記憶を留めるメアリーが親しくする攻略対象者は以上の二人だけであり、『王子様が魔法学院にいないと、ハーレムエンドが目指せないじゃない!』と、かつての本命王子が在籍していないことを嘆いていたとかいなかったとか。
「我がリルフレア侯爵家は、リグレット王国の貴族なのでしょうか? ロンドベルト王家から爵位を賜っているのでしょうか? ご聡明なヤイハンス伯爵令息なら、当然ご理解なさっていますよね?」
「え、は? ……ぁっ、そっ、それは…………」
真っ直ぐ向けられた凍える視線に捉えられるまで、何故その程度のことに気付いていなかったのかと、瞳が揺れ始めたリヒャルトは急激に青ざめていく。繋ぐべき言葉が見付からない。
「おい、リヒャルト、何を黙っている! 侯爵家は王家の家来に決まっているだろうが!」
「い、いえ、それは……」
あそこまで示唆されて本当に思い至っていないのかと、端から勝てない企みに巻き込まれたのだと、リヒャルトは後悔の表情しか王子に返すことができない。
私生活において、全て実家から連れて来た、腰巾着のような使用人しかいない環境も勘違いさせた要因だろうか。
「あなたの言い分は、相手が王国貴族の家系である場合にのみ通用することですよ」
「回りくどいぞ! 何が言いたいっ!!」
分かりきっている簡単な力関係を答えられないリヒャルトを睨み付けていた王子が、唾を飛ばして振り返る。
「我がリルフレア侯爵家は、あなた方のリグレット王国も構成国の一つに名を連ねている、バルトガイン帝国の爵位として初代様より侯爵位を賜っております。あなた方が勘違いしている王国貴族ではなく、帝国貴族なのですよ」
「「「はぁぁぁ?」」」
もはや蒼白となっているリヒャルトを除いて、王子達は言われていたことが分からないと同じような阿呆面を揃える。
「このような帝国所属の国々から王侯貴族が集まるような場所においては、普通王族は帝国貴族として振る舞います。ですから、わたくしも侯爵家を名乗っていたわけで、リグレット王国における王家と侯爵家の関係とは全然意味合いが違うのですよ。分かりましたか?」
魔法学院での呼び方には、各王国由来の爵位とその上位に位置する帝国由来の爵位が入り乱れている。
些細な失態から未来を閉ざしてしまいかねない環境で、魔法学院へ入学するまでに家名や家紋、親族関係を頭に叩き込んでおくことは最低限の礼儀と言える。そして、帝国の構成国以外から留学を望む場合も、当然失礼をせぬよう肝に銘じるはずだ。
それぞれの立場を混同しないようにと、入学前に注意書きが渡されるくらいなのだから。
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