上 下
8 / 20
本編

8.

しおりを挟む
 
「え? わ、私ですか……?」

 目立たぬ裏方に回っていたはずの自分へ視線が集まって、リヒャルト・ヤイハンス宰相令息が狼狽えるように青髪を震わせた。
 ちなみに、転生者達が知る乙女ゲームにおいて、この宰相令息も攻略対象者の一人として登場している。
 日本人だった頃の記憶を留めるメアリーが親しくする攻略対象者は以上の二人だけであり、『王子様が魔法学院にいないと、ハーレムエンドが目指せないじゃない!』と、かつての本命王子が在籍していないことを嘆いていたとかいなかったとか。

「我がリルフレア侯爵家は、リグレット王国の貴族なのでしょうか? ロンドベルト王家から爵位を賜っているのでしょうか? ご聡明なヤイハンス伯爵令息なら、当然ご理解なさっていますよね?」
「え、は? ……ぁっ、そっ、それは…………」

 真っ直ぐ向けられた凍える視線に捉えられるまで、何故その程度のことに気付いていなかったのかと、瞳が揺れ始めたリヒャルトは急激に青ざめていく。繋ぐべき言葉が見付からない。

「おい、リヒャルト、何を黙っている! 侯爵家は王家の家来に決まっているだろうが!」
「い、いえ、それは……」

 あそこまで示唆されて本当に思い至っていないのかと、端から勝てない企みに巻き込まれたのだと、リヒャルトは後悔の表情しか王子に返すことができない。
 私生活において、全て実家から連れて来た、腰巾着のような使用人しかいない環境も勘違いさせた要因だろうか。

「あなたの言い分は、相手が王国貴族の家系である場合にのみ通用することですよ」
「回りくどいぞ! 何が言いたいっ!!」

 分かりきっている簡単な力関係を答えられないリヒャルトを睨み付けていた王子が、唾を飛ばして振り返る。

「我がリルフレア侯爵家は、あなた方のリグレット王国も構成国の一つに名を連ねている、バルトガイン帝国の爵位として初代様より侯爵位を賜っております。あなた方が勘違いしている王国貴族ではなく、帝国貴族なのですよ」
「「「はぁぁぁ?」」」

 もはや蒼白となっているリヒャルトを除いて、王子達は言われていたことが分からないと同じような阿呆面を揃える。

「このような帝国所属の国々から王侯貴族が集まるような場所においては、普通王族は帝国貴族として振る舞います。ですから、わたくしも侯爵家を名乗っていたわけで、リグレット王国における王家と侯爵家の関係とは全然意味合いが違うのですよ。分かりましたか?」

 魔法学院での呼び方には、各王国由来の爵位とその上位に位置する帝国由来の爵位が入り乱れている。
 些細な失態から未来を閉ざしてしまいかねない環境で、魔法学院へ入学するまでに家名や家紋、親族関係を頭に叩き込んでおくことは最低限の礼儀と言える。そして、帝国の構成国以外から留学を望む場合も、当然失礼をせぬよう肝に銘じるはずだ。
 それぞれの立場を混同しないようにと、入学前に注意書きが渡されるくらいなのだから。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は薬師を目指す~悪役令嬢ってなんですの?~【短編版】

ゆうの
ファンタジー
 公爵令嬢、ミネルヴァ・メディシスは時折夢に見る。「治癒の神力を授かることができなかった落ちこぼれのミネルヴァ・メディシス」が、婚約者である第一王子殿下と恋に落ちた男爵令嬢に毒を盛り、断罪される夢を。  ――しかし、夢から覚めたミネルヴァは、そのたびに、思うのだ。「医者の家系《メディシス》に生まれた自分がよりによって誰かに毒を盛るなんて真似をするはずがないのに」と。  これは、「治癒の神力」を授かれなかったミネルヴァが、それでもメディシスの人間たろうと努力した、その先の話。 ※ 様子見で(一応)短編として投稿します。反響次第では長編化しようかと(「その後」を含めて書きたいエピソードは山ほどある)。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

婚約破棄されて勝利宣言する令嬢の話

Ryo-k
ファンタジー
「セレスティーナ・ルーベンブルク! 貴様との婚約を破棄する!!」 「よっしゃー!! ありがとうございます!!」 婚約破棄されたセレスティーナは国王との賭けに勝利した。 果たして国王との賭けの内容とは――

絶対婚約いたしません。させられました。案の定、婚約破棄されました

toyjoy11
ファンタジー
婚約破棄ものではあるのだけど、どちらかと言うと反乱もの。 残酷シーンが多く含まれます。 誰も高位貴族が婚約者になりたがらない第一王子と婚約者になったミルフィーユ・レモナンド侯爵令嬢。 両親に 「絶対アレと婚約しません。もしも、させるんでしたら、私は、クーデターを起こしてやります。」 と宣言した彼女は有言実行をするのだった。 一応、転生者ではあるものの元10歳児。チートはありません。 4/5 21時完結予定。

側妃ですか!? ありがとうございます!!

Ryo-k
ファンタジー
『側妃制度』 それは陛下のためにある制度では決してなかった。 ではだれのためにあるのか…… 「――ありがとうございます!!」

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

ぽっちゃり令嬢の異世界カフェ巡り~太っているからと婚約破棄されましたが番のモフモフ獣人がいるので貴方のことはどうでもいいです~

碓氷唯
ファンタジー
幼い頃から王太子殿下の婚約者であることが決められ、厳しい教育を施されていたアイリス。王太子のアルヴィーンに初めて会ったとき、この世界が自分の読んでいた恋愛小説の中で、自分は主人公をいじめる悪役令嬢だということに気づく。自分が追放されないようにアルヴィーンと愛を育もうとするが、殿下のことを好きになれず、さらに自宅の料理長が作る料理が大量で、残さず食べろと両親に言われているうちにぶくぶくと太ってしまう。その上、両親はアルヴィーン以外の情報をアイリスに入れてほしくないがために、アイリスが学園以外の外を歩くことを禁止していた。そして十八歳の冬、小説と同じ時期に婚約破棄される。婚約破棄の理由は、アルヴィーンの『運命の番』である兎獣人、ミリアと出会ったから、そして……豚のように太っているから。「豚のような女と婚約するつもりはない」そう言われ学園を追い出され家も追い出されたが、アイリスは内心大喜びだった。これで……一人で外に出ることができて、異世界のカフェを巡ることができる!?しかも、泣きながらやっていた王太子妃教育もない!?カフェ巡りを繰り返しているうちに、『運命の番』である狼獣人の騎士団副団長に出会って……

アホ王子が王宮の中心で婚約破棄を叫ぶ! ~もう取り消しできませんよ?断罪させて頂きます!!

アキヨシ
ファンタジー
貴族学院の卒業パーティが開かれた王宮の大広間に、今、第二王子の大声が響いた。 「マリアージェ・レネ=リズボーン! 性悪なおまえとの婚約をこの場で破棄する!」 王子の傍らには小動物系の可愛らしい男爵令嬢が纏わりついていた。……なんてテンプレ。 背後に控える愚か者どもと合わせて『四馬鹿次男ズwithビッチ』が、意気揚々と筆頭公爵家令嬢たるわたしを断罪するという。 受け立ってやろうじゃない。すべては予定調和の茶番劇。断罪返しだ! そしてこの舞台裏では、王位簒奪を企てた派閥の粛清の嵐が吹き荒れていた! すべての真相を知ったと思ったら……えっ、お兄様、なんでそんなに近いかな!? ※設定はゆるいです。暖かい目でお読みください。 ※主人公の心の声は罵詈雑言、口が悪いです。気分を害した方は申し訳ありませんがブラウザバックで。 ※小説家になろう・カクヨム様にも投稿しています。

処理中です...