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本編
1.
しおりを挟むその地域では数年、十数年単位の開戦と停戦を繰り返し、数え切れないほどの血が大地に流れてきた。
激しい攻防戦が僅かな領域を奪い合い、確かな終わりを見出せぬまま幾星霜を重ねてきた。
王国の豊かな耕作地を求める異教徒達は、今日も今日とて押し寄せてきている。
「なんで、私がこんなことしなきゃならないのよ……」
最前線の防壁まで目と鼻の先という城塞の一室で、桃色髪の回復魔法使いが愚痴を溢す。
毎日嗅がされる血の匂いに、うんざりしているという理由もある。たくましい男達に囲まれていても、魔力切れでへとへと、こんなの嬉しくなるはずがない。
「それが仕事だからだろ」
「ふん」
目の前で魔法を受けている年上の男性、左太股を突き刺されて運ばれてきた兵士の指摘に、機嫌悪そうに顔を逸らす。
(平凡顔の雑魚兵士のくせに、偉そうにすんなっ!)
誰も偉そうだと受け取らない、淡々とした口調すら腹立たしい。
それは、仕事と言われているが桃色髪の彼女に給金は払われていないからだ。好き好んでしているわけではないからだ。
この場所にいること、それさえも彼女に科された罰なのだから。
「ちゃんと患部に集中しなさい、まだ軽傷の兵士の治療はあるのですよ!」
「はいはい」
すぐ隣の治療台で働く、弓矢による背中の傷を消毒している先輩の女性治療師から注意されて、桃色髪の彼女は不真面目な返事をする。
(うっさい黙れ、行き遅れ年増のくせに! 毎日毎日同じようなことばっかり言いやがって、ウザいんだよっ!)
今日は、特に口うるさい相手が同じ部屋にいることも無愛想を加速させていた。
睨み返せばさらに小言が続くから、言うだけ言って自分の奉仕に戻るから、まともに相手をする気はさらさらない。
「野蛮な異教徒共から守ってくださっている兵士の方々に、感謝する気持ちはないのですか!」
王国中から集められた治療師が、いくつもの治療室で魔法を行使している。看護師が傷の消毒を行っている。
そんな中でも、教会から派遣されている修道女の先輩さんは、特に異教徒のことを嫌っている。傷を負い、仲間を失い、それでも王国を守り続ける兵士を敬っている。
「はいはい、はーい感謝してまーす」
こんな物言いを聞いた兵士達が怒らないのは、貴族の令嬢から転がり落ちた顛末を知っているから。
それなりに見た目は可愛らしくとも、中身が残念すぎることを知っているから。
(平民共が毎回怪我して戻ってくるから、私がこんな目に遭うのよ!)
魔法の行使に集中していると見えるように、気持ち悪い傷口なんか見ていられないと、ふわりと広がる桃色髪で隠しながら足元を睨み付ける。
心の中で、このような境遇へ追い遣った元凶に向けた呪詛を唱えながら。
この世界の主役は、乙女ゲームに転生した私なのに――――
今頃は、王子達と王宮で優雅に暮らしていたはずなのに――――
可愛い私に嫉妬した、阿婆擦れな悪役令嬢のせいで――――
全てを奪い取ったあのクソ女、絶対に許さない――――
覚悟しておきなさい、必ず私の思い通りになるんだから…………
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