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本編
1.
しおりを挟む春、ポポロティア王国の貴族学園が多くの新入生を迎え入れる季節。
王国や周辺国から集う王侯貴族の令息令嬢が、サクラが舞い踊る敷地へ吸い込まれていく。
自然からも歓迎されている様子に感激しながら。
「ここが、ポポロティア王立学園ね。やっとよ、やっと始まるのね」
煉瓦造りに金細工の正門を前にして、ゆるりふわりと揺れる桃色髪の生徒が目的地到着を噛み締める。
心情を吐き出すように立ち止まってしまった彼女は、フィリア・ミント男爵令嬢と言う。これから待ちに待った学園生活が始まることを疑っていない明るさだ。
真新しい制服に身を包んだ令息令嬢に交じり、正門を抜けて指定の学生寮へ向かう上位貴族の馬車を見届けて、彼女はさらに瞳を輝かせる。
「うふふ、きっとあの馬車に、私の運命の人がいらっしゃるのね」
呟きを聞き取れた者がいれば、不敬だと叱責を受けるはずだろう。男爵令嬢如きが烏滸がましいと。
下級貴族の令息令嬢に向けて用意されていた宿泊施設から移ってきた、必要最低限の生活用品だけを大きな鞄に詰め込む程度の彼女を、同学年における最上位の貴人に相応しいと賛同する者などいるはずがない。
彼女が見続ける豪華な馬車に付けられた紋章は、王国の大貴族シマトネリコ公爵家を示している。後ろに続く荷運びの馬車ですら、他者と格の違いを見せ付けるかのように威風堂々なのだ。
「あは、楽しみぃ」
愛しい人といずれ自分が乗ることになると疑わない彼女は、ほんのりと磨いてきた令嬢の仮面を脱ぎ捨てて笑う。
とある乙女ゲームの舞台となる王国の片田舎で、主人公と同じ名前、境遇で年月を重ねた。聖女候補として王立学園へ通うところまで、彼女は知っている情報を追い掛けているのだ。
寄り添う結末を見届けた者として、本性を隠せないほど期待せずにはいられない。
「最初から出逢えるなんて、彼と運命を感じちゃうわね」
彼女は公爵令息と男爵令嬢の恋物語が動き出したことを感じている。
フィリアは疑わない、自分がこの世界の中心であることを。
フィリアは信じている、強制力が自分に味方していることを。
だって当たり前のように、神々に愛されて聖女候補となり、物語の舞台へ導かれているのだから。
「やっぱり、最初の攻略は、最推しのシグルド様から始めないとねぇ」
窓越しに彼の柔らかな尊顔を拝めるのではないかと期待していた。自分の思い通りになっていないのは、きっと事象が小さすぎたからだろう。
記憶を取り戻して五年、この日を一日千秋の思いで待ち侘びていたのだ。イベントの始まる瞬間が楽しみだとしか言い表せない。
だから男爵家の貧しい食事にも、教会の厳しい指導にも、娯楽のない退屈な暮らしにも耐えられた。全てはここから始まる未来を信じることで、受け入れ過ごしてきたのだと、彼女はそう思っている。
「あー、でもでも、私ってばモテ過ぎちゃうから、逆ハーレム狙いでもいけちゃうかもなぁ~」
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