上 下
1 / 17
本編

1.

しおりを挟む
 
 春、ポポロティア王国の貴族学園が多くの新入生を迎え入れる季節。
 王国や周辺国から集う王侯貴族の令息令嬢が、サクラが舞い踊る敷地へ吸い込まれていく。
 自然からも歓迎されている様子に感激しながら。

「ここが、ポポロティア王立学園ね。やっとよ、やっと始まるのね」

 煉瓦造りに金細工の正門を前にして、ゆるりふわりと揺れる桃色髪の生徒が目的地到着を噛み締める。
 心情を吐き出すように立ち止まってしまった彼女は、フィリア・ミント男爵令嬢と言う。これから待ちに待った学園生活が始まることを疑っていない明るさだ。
 真新しい制服に身を包んだ令息令嬢に交じり、正門を抜けて指定の学生寮へ向かう上位貴族の馬車を見届けて、彼女はさらに瞳を輝かせる。

「うふふ、きっとあの馬車に、私の運命の人がいらっしゃるのね」

 呟きを聞き取れた者がいれば、不敬だと叱責を受けるはずだろう。男爵令嬢如きが烏滸おこがましいと。
 下級貴族の令息令嬢に向けて用意されていた宿泊施設から移ってきた、必要最低限の生活用品だけを大きな鞄に詰め込む程度の彼女を、同学年における最上位の貴人に相応しいと賛同する者などいるはずがない。
 彼女が見続ける豪華な馬車に付けられた紋章は、王国の大貴族シマトネリコ公爵家を示している。後ろに続く荷運びの馬車ですら、他者と格の違いを見せ付けるかのように威風堂々なのだ。

「あは、楽しみぃ」

 愛しい人といずれ自分が乗ることになると疑わない彼女は、ほんのりと磨いてきた令嬢の仮面を脱ぎ捨てて笑う。
 とある乙女ゲームの舞台となる王国の片田舎で、主人公と同じ名前、境遇で年月としつきを重ねた。聖女候補として王立学園へ通うところまで、彼女は知っている情報を追い掛けているのだ。
 寄り添う結末を見届けた者として、本性を隠せないほど期待せずにはいられない。

「最初から出逢えるなんて、彼と運命を感じちゃうわね」

 彼女は公爵令息と男爵令嬢の恋物語が動き出したことを感じている。
 フィリアは疑わない、自分がこの世界の中心であることを。
 フィリアは信じている、強制力が自分に味方していることを。
 だって当たり前のように、神々に愛されて聖女候補となり、物語の舞台へ導かれているのだから。

「やっぱり、最初の攻略は、最推しのシグルド様から始めないとねぇ」

 窓越しに彼の柔らかな尊顔を拝めるのではないかと期待していた。自分の思い通りになっていないのは、きっと事象が小さすぎたからだろう。
 記憶を取り戻して五年、この日を一日千秋の思いで待ち侘びていたのだ。イベントの始まる瞬間が楽しみだとしか言い表せない。
 だから男爵家の貧しい食事にも、教会の厳しい指導にも、娯楽のない退屈な暮らしにも耐えられた。全てはここから始まる未来を信じることで、受け入れ過ごしてきたのだと、彼女はそう思っている。

「あー、でもでも、私ってばモテ過ぎちゃうから、逆ハーレム狙いでもいけちゃうかもなぁ~」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界に召喚されたんですけど、スキルが「資源ごみ」だったので隠れて生きたいです

新田 安音(あらた あのん)
ファンタジー
平凡なおひとりさまアラフォー会社員だった鈴木マリは異世界に召喚された。あこがれの剣と魔法の世界……! だというのに、マリに与えられたスキルはなんと「資源ごみ」。 おひとりさま上等だったので、できれば一人でひっそり暮らしたいんですが、なんか、やたらサバイバルが難しいこの世界……。目立たず、ひっそり、でも死なないで生きていきたい雑草系ヒロインの将来は……?

辺境の最強魔導師   ~魔術大学を13歳で首席卒業した私が辺境に6年引きこもっていたら最強になってた~

日の丸
ファンタジー
ウィーラ大陸にある大国アクセリア帝国は大陸の約4割の国土を持つ大国である。 アクセリア帝国の帝都アクセリアにある魔術大学セルストーレ・・・・そこは魔術師を目指す誰もが憧れそして目指す大学・・・・その大学に13歳で首席をとるほどの天才がいた。 その天才がセレストーレを卒業する時から物語が始まる。

生まれたときから今日まで無かったことにしてください。

はゆりか
恋愛
産まれた時からこの国の王太子の婚約者でした。 物心がついた頃から毎日自宅での王妃教育。 週に一回王城にいき社交を学び人脈作り。 当たり前のように生活してしていき気づいた時には私は1人だった。 家族からも婚約者である王太子からも愛されていないわけではない。 でも、わたしがいなくてもなんら変わりのない。 家族の中心は姉だから。 決して虐げられているわけではないけどパーティーに着て行くドレスがなくても誰も気づかれないそんな境遇のわたしが本当の愛を知り溺愛されて行くストーリー。 ………… 処女作品の為、色々問題があるかとおもいますが、温かく見守っていただけたらとおもいます。 本編完結。 番外編数話続きます。 続編(2章) 『婚約破棄されましたが、婚約解消された隣国王太子に恋しました』連載スタートしました。 そちらもよろしくお願いします。

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!

ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません? せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」 不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。 実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。 あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね? なのに周りの反応は正反対! なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。 勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?

夫が正室の子である妹と浮気していただけで、なんで私が悪者みたいに言われないといけないんですか?

ヘロディア
恋愛
側室の子である主人公は、正室の子である妹に比べ、あまり愛情を受けられなかったまま、高い身分の貴族の男性に嫁がされた。 妹はプライドが高く、自分を見下してばかりだった。 そこで夫を愛することに決めた矢先、夫の浮気現場に立ち会ってしまう。そしてその相手は他ならぬ妹であった…

世界最強の公爵様は娘が可愛くて仕方ない

猫乃真鶴
ファンタジー
トゥイリアース王国の筆頭公爵家、ヴァーミリオン。その現当主アルベルト・ヴァーミリオンは、王宮のみならず王都ミリールにおいても名の通った人物であった。 まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。 ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。 財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。 なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。 ※このお話は、日常系のギャグです。 ※小説家になろう様にも掲載しています。 ※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。

【完結】後妻に入ったら、夫のむすめが……でした

仲村 嘉高
恋愛
「むすめの世話をして欲しい」  夫からの求婚の言葉は、愛の言葉では無かったけれど、幼い娘を大切にする誠実な人だと思い、受け入れる事にした。  結婚前の顔合わせを「疲れて出かけたくないと言われた」や「今日はベッドから起きられないようだ」と、何度も反故にされた。  それでも、本当に申し訳なさそうに謝るので、「体が弱いならしょうがないわよ」と許してしまった。  結婚式は、お互いの親戚のみ。  なぜならお互い再婚だから。  そして、結婚式が終わり、新居へ……?  一緒に馬車に乗ったその方は誰ですか?

公爵に媚薬をもられた執事な私

天災
恋愛
 公爵様に媚薬をもられてしまった私。

処理中です...