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殿下の提案③
しおりを挟む優しく触れるだけのキスだった。
反応を窺うように慎重に重ねられた唇が、私を引き寄せる逞しい腕が、まるで心から慈しむ相手にするようで。
なぜ殿下はこんな事をするのか。
なぜ私は泣いているのか。
混乱で、頭の中がぐちゃぐちゃだった。
そして『どうして』──と、心の奥にいる前世の私が暴れ出す。
「殿下……っ!」
顔を背け、密着する身体を離そうと厚い胸板を押し返そうとしたが、私の力ではびくともしない。
「お戯れはおやめください!」
「そなたは私が戯れでこんな事をする人間だと思っているのか」
思ってない。
だから、好きでもない私にこんな事をする意味がわからない。
(まさか……今さらになってエルベ侯爵家の後ろ盾を失うのが惜しくなった?だから、どの地位に置くかは別として、妃の一人にと考えているの?)
そうだとしたら、これまでの殿下の行動にも説明が付く。
でもそれが本当だとしたら、こんな酷い話があるだろうか。
裏切られた私が、他の女に乗り換えられ捨てられた私が、どれだけ苦しんであなたへの想いを断ち切ったか。
それなのに、愛されてもいないのに、今世も一生殿下の側から離れる事ができないなんて。
(でも、私を裏切ったのは前世の殿下だ)
殿下は、今目の前にいる殿下は何もしていない。
違う人間なのはわかってる。
でも『まだ』違うだけで、前世と同じようにならない保証はない。
(私は、どうしたらいいの……)
「もうここへは来ないつもりなのだろう」
「……皇族の皆さまの私的空間に出入りなどと……よからぬ噂が立ちます」
「私はそんな事気にしない。それに噂が立ったとて、困る事は何もない」
確かに、殿下にはすべてを捻じ伏せる力がある。けれど、それはこんな事に使うためのものじゃない。
「ここに出入りが許されるのは、本来なら殿下の伴侶となられる方のみです。どうかその方のために、誤解を招くような行動はお慎みください。私は──」
「ならなぜ泣く」
殿下に言われ、頬に触れると一面が濡れていた。
自分の意思とは関係なしに、涙はまだ流れ続けていたようだ。
「これは……」
咄嗟に袖口で目元を拭おうとした私の手を、素早く殿下が取った。
「私が他に妃を迎えても、こんな風にふたりきりで会えなくなってもいいのか」
「ですから──」
「今のは聞き方がよくなかったな……すまない。リリティス、私が嫌なんだ」
「……え……?」
一瞬、聞き間違えたかと思った。
「嫌だと言った。そなたとふたりきりで会えなくなる事も、一緒に薔薇を見れなくなる事も」
「何をおっしゃって……」
「側にいて欲しい。今日も、明日も、その先もずっと。そなたに私の隣にいて欲しいのだ、リリティス」
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