64 / 70
レティエの憂鬱①
しおりを挟む執務室に入るなり、侍従が慌てた様子で口を開く。
「殿下!エルベ侯爵から面会申請が出ております」
「……来週か再来週あたりに時間を取ると、書簡を送っておけ」
「いえ、それがその……開門と同時に皇宮へ入られたようで」
「直接来てるのか?侯爵本人が?」
「はい。係の者が何度勧めても応接間には入られず、現在立入禁止区域ギリギリの場所に、仁王立ちでお待ちになられています」
「私は朝早く戦場へ向かったと言え」
「受付けの時点でバレておりますので、無理かと」
「なら父上のもとに案内しろ」
「それも先手を打たれております。あくまでレティエ皇太子殿下との面会をご希望であると」
(くそっ)
いつもなら、ここで舌打ちのひとつでもかまして不機嫌さを露わにし、周囲が融通を利かせるよう仕向けるところだが、今回ばかりは完全に自分に非があることがわかっているのでそうもいかない。
(どうせ、あのことについてだろうな……)
『卿。私は、そなたの娘を未来の伴侶にと考えている』
叙勲の話だけで終わらせるはずだったのに、つい口にしてしまった言葉。
自分自身、理解できない行動に固まる中、目の前にはそれ以上に動揺し、放心するエルベ侯爵の姿が。
余程の衝撃だったのだろう。
侯爵の状態異常はなかなか回復せず、これ幸いと、脱兎の如く帰ってきたのだが……まさかこんなに早く、しかも直接皇宮まで出張ってくるとは思わなかった。
それにしても、答えが聞きたくないばかりに逃げ帰るような真似をするとは……こんな臆病者が“カスティーリャの銀獅子”などと、自分のことながら聞いて呆れる。
ふと、本物のカスティーリャの銀獅子を前にして、きらきらと瞳を輝かせる修道院の子らの顔が脳裏を過った。
そしてルカスとエリックの顔も。
「……本当に、人生とはままならないものだな……」
椅子の背もたれに体重を預け、鼻から大きく息を吐いた。
カスティーリャは五つの属国を抱える強大な国。
それらを統べる偉大な皇帝の唯一の実子となれば、婚約の申し込みは後を絶たなかった。
もちろん、私がこの世に生を受けたその日から。
しかし一度結んだ婚約も、情勢次第で解消されることは珍しくなく、自分も当然しかるべき時期に、父上が選んだ顔も中身も知らない相手と仮の婚約を結ぶものだと思っていた。
しかし、いつになっても父上から婚約についての話はなく。
おそらく、どれもこれもお眼鏡に敵わなかったのだろうが……ありとあらゆる貴族、はたまた王族から申し込まれ、これ以上どこの誰がいるというのか。
まだ幼い私でも、不思議に思ったほどだ。
(兄弟でもいれば、また状況は違っていたのだろうな……)
帝国が強大になればなるほど、舵取りは難しくなる。
他国の姫を迎えたとして、万が一貴族派に取り込まれようものなら寝首を掻かれる恐れがある。
では帝国内の名門貴族の中から選ぶとしたら……まあ、当然支持勢力である皇帝派の中から選ぶのだろうが、貴族派の反発は必至で、これまた面倒極まりない。
私に兄か弟でもいれば、各派閥から均等に妃を娶り、力の均衡をはかることもできたのだろうが、こればかりはどうしようもない。
父上が決めあぐねている間に私も年齢を重ね、なんでもかんでも『はい、そうですね』と素直に飲み込める歳ではなくなっていた。
月日は流れ、師と仰いだ大切な人を失い、戦いに明け暮れ、自分自身どこへ向かっているのかわからなくなっていた。
1,391
お気に入りに追加
5,752
あなたにおすすめの小説
不眠騎士様、私の胸の中で(エッチな)悦い夢を【R18】
冬見 六花
恋愛
「店主、今日も俺を抱きしめてくれないか…?」
枕屋を営むアンナの元を訪れたのは不眠症で悩む褐色の肌の騎士様、レナード。
急遽始まった不眠治療はなかなかうまくいかないものだったが、ようやく見つけた治療法は眠る前に彼を抱きしめてあげることだった。すると夜な夜な眠っているレナードとの淫靡な行為が始まってしまい……――――
【女子力低めな巨乳美人枕屋店主 × とある悪夢(無自覚)で悩むオカン系スパダリ騎士様】
◆拙作「美形司書さんは絶倫肉体派」と同じ世界観のお話。
◆単独でお楽しみいただけますが、一部「美形司書さん」のネタバレがあります。
すべては、あなたの為にした事です。
cyaru
恋愛
父に道具のように扱われ、成り上がるために侯爵家に嫁がされたルシェル。
夫となるレスピナ侯爵家のオレリアンにはブリジットという恋人がいた。
婚約が決まった時から学園では【運命の2人を引き裂く恥知らず】と虐められ、初夜では屈辱を味わう。
翌朝、夫となったオレリアンの母はルシェルに部屋を移れと言う。
与えられた部屋は使用人の部屋。帰ってこない夫。
ルシェルは離縁に向けて動き出す。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
10月1日。番外編含め完結致しました。多くの方に読んで頂き感謝いたします。
返信不要とありましたので、こちらでお礼を。「早々たる→錚々たる」訂正を致しました。
教えて頂きありがとうございました。
お名前をここに記すことは出来ませんが、感謝いたします。(*^-^*)
塔の魔術師と騎士の献身
倉くらの
BL
かつて勇者の一行として魔王討伐を果たした魔術師のエーティアは、その時の後遺症で魔力欠乏症に陥っていた。
そこへ世話人兼護衛役として派遣されてきたのは、国の第三王子であり騎士でもあるフレンという男だった。
男の説明では性交による魔力供給が必要なのだという。
それを聞いたエーティアは怒り、最後の魔力を使って攻撃するがすでに魔力のほとんどを消失していたためフレンにダメージを与えることはできなかった。
悔しさと息苦しさから涙して「こんなみじめな姿で生きていたくない」と思うエーティアだったが、「あなたを助けたい」とフレンによってやさしく抱き寄せられる。
献身的に尽くす元騎士と、能力の高さ故にチヤホヤされて生きてきたため無自覚でやや高慢気味の魔術師の話。
愛するあまりいつも抱っこしていたい攻め&体がしんどくて楽だから抱っこされて運ばれたい受け。
一人称。
第一部完結済み!
現在は第二部をゆっくりと更新しています。
第二王子を奪おうとした、あなたが悪いのでは。
長岡更紗
恋愛
敬愛する人を救おうとするローズが、魔法の力を手に入れて聖女の肩書きを得てしまった。
それに嫉妬した侯爵令嬢イザベラが、ローズを貶めようと企むが失敗。
ほっとしたのもつかの間、ローズよりも強力な聖女が現れる。
第二王子の隠れた一途な愛。自身の本当の恋に気づけないローズ。
すれ違い続ける二人に訪れる試練とは?
*他サイトにも投稿しています。
こわれたこころ
蜜柑マル
恋愛
第一王子の婚約者ローラは、王妃教育に訪れた王城の庭園で、婚約者のカーティスと自分の妹のリンダが口づける姿を見てしまう。立ち尽くす彼女の耳に入ってきたのは、「君が婚約者だったら良かったのに、僕の愛するリンダ」と囁く最愛の人の声だった。
悪役令嬢なお姉様に王子様との婚約を押し付けられました
林優子
恋愛
前世を思い出した悪役令嬢なジョゼフィーヌは妹エリザベートに王子の婚約者役を押し付けることにした。
果たしてエリザベート(エリリン)は断罪処刑を回避出来るのか?
コメディです。本当は仲良し姉妹です。高飛車お姉様が手下の妹と執事見習いのクルトをこき使って運命を変えていきます。
誰がための香り【R18】
象の居る
恋愛
オオカミ獣人のジェイクは疫病の後遺症で嗅覚をほぼ失って以来、死んだように生きている。ある日、奴隷商の荷馬車からなんともいえない爽やかな香りがした。利かない鼻に感じる香りをどうしても手に入れたくて、人間の奴隷リディアを買い取る。獣人の国で見下される人間に入れこみ、自分の価値観と感情のあいだで葛藤するジェイクと獣人の恐ろしさを聞いて育ったリディア。2人が歩み寄り始めたころ、後遺症の研究にリディアが巻き込まれる。
初期のジェイクは自分勝手です。
人間を差別する言動がでてきます。
表紙はAKIRA33*📘(@33comic)さんです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる