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リアム⑤
しおりを挟む「リアム、お皿出して」
「お嬢さん?」
夕食の時間。
食堂にて、団員たちが余ったデザートをめぐり、熾烈な争奪戦を繰り広げている最中、フィオナがこっそり声をかけてきた。
(何だろう?)
フィオナの小さな右手にはトングが握られており、左側は脇に食缶を抱えていた。
そして『早く出せ』とでも言うように、鬼気迫る表情でこちらを見ている。
何だかよくわからないが、ただ事ではない。
そう察知したリアムは、目の前に置いてあったメインだけが消えた皿を素早く差し出した。
すると、フィオナは今日のメインメニューである【スペアリブのマーマレード煮】を、さっと皿の上に置いた。
それはさっき先輩に『食べられないなら貰ってやるよ』と、返事もしていないのに持っていかれたばかりの一品だった。
「早く食べて。また取られちゃう。でもみんな悪気はないの、許してあげてね」
フィオナはそう言い残し、足早に厨房へ戻って行った。
デザート争奪戦で白熱する団員たちを横目に、リアムは恐る恐る骨付き肉を手に持ち、かぶりついた。
瞬間、柔らかな肉に染み込んだ、甘酸っぱいマーマレードとスパイシーなソースが口に広がる。
あまりの美味しさに感動していると、厨房の方からこちらに向かって親指を立てているフィオナが見えた。
リアムは礼を言う代わりに小さく何度か頭を下げた。
骨を手で持ってかじりつくなんて、貴族のマナーではありえない食べ方だ。
しかしここには貴族出身者も多く在籍しているが、マナーを忠実に守っている者は皆無。
楽しい時は大きく口を開けて笑い、美味しい物は一番美味しい食べ方で食べる。
だから、少しドキドキしたが、皆がやっていたように骨を掴み、口に運んでみた。
結果、それは大正解で、リアムが生きてきた中で一番の美味しさだった。
ここ第一騎士団では、私生活で多少行儀が悪くても、職務に支障をきたさない限り、咎める者は誰もいない。
もちろん騎士としての心構えや公の場での振る舞い方、社会でのマナーなどはちゃんと教えられるが、それ以外は比較的自由だった。
これまで窮屈な暮らしをしてきたリアムには、その事が何よりもありがたかった。
その後もフィオナは、毎日のようにやってきては、メインを取られたリアムの皿に補充をして帰っていく。
最初はどんくさい自分が恥ずかしくて、申し訳なく思っていたリアムだったが、いつの間にかフィオナがやって来るのを楽しみに持つようになっていた。
今思えば、この時からフィオナはリアムにとって大切な存在だった。
けれどまだこの時は、その気持ちは家族に抱くようなものだと思っていたのだ。
可愛い妹ができたような、そういう気持ちだと。
「駄目よ、皆の言う事を真に受けちゃ」
入団初期の身体作りを終え、剣を用いた訓練が始まると、生傷が絶えなかった。
『そんなもん、舐めときゃ治る』という先輩からのありがたい助言を信じ、見事傷を化膿させたリアムに、フィオナは毎回母親のように説教しながら薬を塗ってくれた。
「でも、ジローさんは本当にそうやって治してたから……」
「ジローの皮膚はワニ皮だと思って。それぞれ性格が違うように、体質だって違うんだから、ちゃんと自分に合ったケアをしないと」
「はい、すみません……」
七歳も年下のフィオナに面倒をかけてばかり。
リアムは頭が上がらない。
「でも、リアムは強くなるわ」
どうしてそんな事がわかるのだろう。
皆にもそう言って励ましているのだろうか。
「だって、リアムは誰よりも努力してる。雨の日も風の日も、嵐が来たって決して訓練を休んだりしないわ」
「それは……自分が誰よりも弱いから当たり前の事で……」
「当たり前なんかじゃない」
「え?」
「努力を続けられる人は凄いのよ。皆自分に優しいから、必ずどこかで甘えてしまうもの。でもリアムは違う。だから、絶対に誰より強くなるわ。きっといつか、お父さまよりも」
「フィオナお嬢さん……」
「その『お嬢さん』ていうの、やめて?フィオナでいいわ」
こんな弱い自分が団長よりも強くなるなんて、そんな奇跡のような事が本当に起こり得るのだろうか。
けれど、フィオナの輝く青い瞳に嘘はない。
まるでとてつもなく大きな力で背を押されたような、不思議な感覚だった。
その日から、リアムの訓練はさらに激しさを増した。
けれどそれを苦だとは思わなかった。
リアムはただひたすらに、未来だけをその目に映していた。
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