9 / 10
リアム②
しおりを挟むジェラルド・クレインは、大陸最強と名高いオルトナ王国第一騎士団を束ねる団長だ。
国王からの信頼も厚く、国の命運を決めるような大きな戦には、必ずと言っていいほど彼が最高指揮官に指名され、これまでも数々の紛争を終結に導いてきた。
そんな雲の上のような存在が、騎士の選抜試験ならともかく、見習いの試験官を務めるなんて。
夢にも思わなかった事態に、リアムの緊張は最高潮に達した。
名前を呼ばれ、対戦相手と向かい合う。
身なりも肉付きも、リアムよりずっといい。
おそらく家督を継がない貴族令息といったところだろう。
リアムも貴族出身だが、環境は天と地ほど差があるのが見て取れる。
独学で挑むリアムとは違い、腕に覚えのある者に師事しているかもしれない。
木剣を握る手が汗ばんだ。
開始の合図と共に、勢いよく向かってくる相手の太刀を受ける。
ビリビリと痺れる手。
体格差もあり、力ではどうしても押し負けてしまう。
しかし打ち込まなければ勝ちはない。
防戦一方のリアムに勝つのは容易いと踏んだのか、相手の口の端が僅かに上がった。
侮られることには慣れているリアムだったが、これにはカチンときた。
力で無理なら細身の身体を活かした身軽さではどうだ。
リアムは素早く身を屈め、相手の脇をすり抜け後ろに回り、渾身の力を込めて木剣を振り下ろした。
後頭部を思いっきり叩かれて蹲る対戦者を見ながら肩で息をするリアムは、自分に向けられた鋭い視線に気づく。
審査員席の中央に座るジェラルドが、真っ直ぐに自分を見つめていた。
試験終了を告げる鐘が鳴り、戸惑いながら礼をすると、ジェラルドは口元を緩めた。
この時はとにかく残りの試験で頭がいっぱいだったため、ジェラルドの視線の意味を考えることができなかった。
試験を終えて屋敷に帰ると、これまで迎えになど出てきたことのない二人の兄たちが、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらやってきた。
そして『どうせ何もできなかったのだろう』、『身の程知らずが』などと暴言を浴びせるだけ浴びせて、気が済むと戻って行った。
今日の対戦相手といい、例え騎士見習いとして入団できたとしても、環境はこれまでとさほど変わらないのかもしれない。
けれど、身分の上下関係なく、実力さえあればのし上がれる騎士の世界。
地位や名誉が欲しいわけじゃない。
ただ、誰にも何にも苛まれることなく、穏やかな暮らしがしたい。
合格発表の日。
リアムは第三まである騎士団のうち、特に秀でた者が入団を許されるという第一騎士団の見習いになることが決まった。
合格を告げた時の義母と義兄たちの顔ときたら。
リアムは、思わずこぼれそうになる笑いを堪えるのに必死だった。
これまでリアムに無関心だった父も、まさかの第一騎士団所属という事実に態度を急変させた。
エズモンド伯爵家を侮られてはならんと、服飾師を呼び、リアムの服を仕立てさせた。
そして宿舎暮らしに必要なもの一式も、すべて新品を用意してくれた。
家を出る日、真新しい服に身を包むリアムに向かい、父が初めて親らしい言葉をかけた。
「いいかリアム。エズモンドの名を汚さぬよう、必死で励むんだぞ」
悔しそうに歯噛みする義母と義兄たちの顔を見た瞬間、胸がすくようだった。
──もう二度と、ここには戻らない
見送る家族をリアムが振り返ることはなかった。
774
お気に入りに追加
2,491
あなたにおすすめの小説
【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。
たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。
わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。
ううん、もう見るのも嫌だった。
結婚して1年を過ぎた。
政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。
なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。
見ようとしない。
わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。
義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。
わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。
そして彼は側室を迎えた。
拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。
ただそれがオリエに伝わることは……
とても設定はゆるいお話です。
短編から長編へ変更しました。
すみません
大好きな騎士団長様が見ているのは、婚約者の私ではなく姉のようです。
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
18歳の誕生日を迎える数日前に、嫁いでいた異母姉妹の姉クラリッサが自国に出戻った。それを出迎えるのは、オレーリアの婚約者である騎士団長のアシュトンだった。その姿を目撃してしまい、王城に自分の居場所がないと再確認する。
魔法塔に認められた魔法使いのオレーリアは末姫として常に悪役のレッテルを貼られてした。魔法術式による功績を重ねても、全ては自分の手柄にしたと言われ誰も守ってくれなかった。
つねに姉クラリッサに意地悪をするように王妃と宰相に仕組まれ、婚約者の心離れを再確認して国を出る覚悟を決めて、婚約者のアシュトンに別れを告げようとするが──?
※R15は保険です。
※騎士団長ヒーロー企画に参加しています。
【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。
伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。
しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。
当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。
……本当に好きな人を、諦めてまで。
幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。
そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。
このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。
夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。
愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。
【完結】今夜さよならをします
たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。
あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。
だったら婚約解消いたしましょう。
シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。
よくある婚約解消の話です。
そして新しい恋を見つける話。
なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!!
★すみません。
長編へと変更させていただきます。
書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。
いつも読んでいただきありがとうございます!
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
王太子殿下が好きすぎてつきまとっていたら嫌われてしまったようなので、聖女もいることだし悪役令嬢の私は退散することにしました。
みゅー
恋愛
王太子殿下が好きすぎるキャロライン。好きだけど嫌われたくはない。そんな彼女の日課は、王太子殿下を見つめること。
いつも王太子殿下の行く先々に出没して王太子殿下を見つめていたが、ついにそんな生活が終わるときが来る。
聖女が現れたのだ。そして、さらにショックなことに、自分が乙女ゲームの世界に転生していてそこで悪役令嬢だったことを思い出す。
王太子殿下に嫌われたくはないキャロラインは、王太子殿下の前から姿を消すことにした。そんなお話です。
ちょっと切ないお話です。
結婚相手の幼馴染に散々馬鹿にされたので離婚してもいいですか?
ヘロディア
恋愛
とある王国の王子様と結婚した主人公。
そこには、王子様の幼馴染を名乗る女性がいた。
彼女に追い詰められていく主人公。
果たしてその生活に耐えられるのだろうか。
病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。
鍋
恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。
キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。
けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。
セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。
キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。
『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』
キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。
そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。
※ゆるふわ設定
※ご都合主義
※一話の長さがバラバラになりがち。
※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。
※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる