勘違いは程々に

蜜迦

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リアム②

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 ジェラルド・クレインは、大陸最強と名高いオルトナ王国第一騎士団を束ねる団長だ。
 国王からの信頼も厚く、国の命運を決めるような大きな戦には、必ずと言っていいほど彼が最高指揮官に指名され、これまでも数々の紛争を終結に導いてきた。
 そんな雲の上のような存在が、騎士の選抜試験ならともかく、見習いの試験官を務めるなんて。
 夢にも思わなかった事態に、リアムの緊張は最高潮に達した。
 名前を呼ばれ、対戦相手と向かい合う。
 身なりも肉付きも、リアムよりずっといい。
 おそらく家督を継がない貴族令息といったところだろう。
 リアムも貴族出身だが、環境は天と地ほど差があるのが見て取れる。
 独学で挑むリアムとは違い、腕に覚えのある者に師事しているかもしれない。
 木剣を握る手が汗ばんだ。
 開始の合図と共に、勢いよく向かってくる相手の太刀を受ける。
 ビリビリと痺れる手。
 体格差もあり、力ではどうしても押し負けてしまう。
 しかし打ち込まなければ勝ちはない。
 防戦一方のリアムに勝つのは容易いと踏んだのか、相手の口の端が僅かに上がった。
 侮られることには慣れているリアムだったが、これにはカチンときた。
 力で無理なら細身の身体を活かした身軽さではどうだ。
 リアムは素早く身を屈め、相手の脇をすり抜け後ろに回り、渾身の力を込めて木剣を振り下ろした。
 後頭部を思いっきり叩かれてうずくまる対戦者を見ながら肩で息をするリアムは、自分に向けられた鋭い視線に気づく。
 審査員席の中央に座るジェラルドが、真っ直ぐに自分を見つめていた。
 試験終了を告げる鐘が鳴り、戸惑いながら礼をすると、ジェラルドは口元を緩めた。
 この時はとにかく残りの試験で頭がいっぱいだったため、ジェラルドの視線の意味を考えることができなかった。

 試験を終えて屋敷に帰ると、これまで迎えになど出てきたことのない二人の兄たちが、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながらやってきた。
 そして『どうせ何もできなかったのだろう』、『身の程知らずが』などと暴言を浴びせるだけ浴びせて、気が済むと戻って行った。
 今日の対戦相手といい、例え騎士見習いとして入団できたとしても、環境はこれまでとさほど変わらないのかもしれない。
 けれど、身分の上下関係なく、実力さえあればのし上がれる騎士の世界。
 地位や名誉が欲しいわけじゃない。
 ただ、誰にも何にも苛まれることなく、穏やかな暮らしがしたい。

 合格発表の日。
 リアムは第三まである騎士団のうち、特に秀でた者が入団を許されるという第一騎士団の見習いになることが決まった。
 合格を告げた時の義母と義兄たちの顔ときたら。
 リアムは、思わずこぼれそうになる笑いを堪えるのに必死だった。
 これまでリアムに無関心だった父も、まさかの第一騎士団所属という事実に態度を急変させた。
 エズモンド伯爵家を侮られてはならんと、服飾師を呼び、リアムの服を仕立てさせた。
 そして宿舎暮らしに必要なもの一式も、すべて新品を用意してくれた。
 家を出る日、真新しい服に身を包むリアムに向かい、父が初めて親らしい言葉をかけた。
 
 「いいかリアム。エズモンドの名を汚さぬよう、必死で励むんだぞ」

 悔しそうに歯噛みする義母と義兄たちの顔を見た瞬間、胸がすくようだった。

 ──もう二度と、ここには戻らない

 見送る家族をリアムが振り返ることはなかった。


 
 
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