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フィオナ⑥
しおりを挟む「フィオナ、なにかあったなら話してください。私たちはその……夫婦になるのだから」
『夫婦』という言葉に胸がじくじくと疼くように痛む。
そんなことを言うのなら、リアムだって本音を打ち明けてくれたらいいのに。
──キャロル王女に縁談が来ていることを知っているの?
──だから全部諦めて、私との結婚を受けたの?
リアムの胸の内を知りたい。
けれどキャロル王女への想いが、もう彼の中で終わってしまったことだとしたら、あえて傷口を抉るような真似はしたくない。
このまま黙って流れに身を任せた方が利口なのだろう。
どうせいつか誰かと結婚するのだ。
それならフィオナにとってリアムは条件的に願ってもない相手。
けれど、ひとつだけ大きな問題がある。
それはリアムがフィオナを愛していないこと。
家族に抱くような愛情はあるのだろう。
しかし男女間のそれとは違う。
優しいリアムとなら穏やかな家庭が築けるだろう。
そのうちに愛情も芽生えるかもしれない。
けれど、叶わなかった想いというのは一生癒えない古傷のように、この先もリアムの心に残り続ける。
別の女性を想い続けるリアムの隣で、フィオナは心の底から笑えるだろうか。
(そんなの無理だわ)
意図したわけではないけれど、リアムとキャロル王女の仲を裂く一端を担ってしまったフィオナとて、一生罪悪感に苛まれ続けるだろう。
それならばいっそ、なんの事情も知らない相手と結婚したほうが気が楽だ。
「あのね、リアム……結婚の話は考え直して貰えるようお父さまに話すわ」
どう考えてもそれが一番だ。
フィオナとリアムの結婚が白紙になったことは、キャロル王女の縁談がまとまるまでは伏せておけばいい。
キャロル王女と結ばれることはできなかったが、リアムならすぐに新しい恋を見つけられるはず。
視線を戻すと、リアムの顔からは表情が抜け落ちていた。それはもうごっそりと。
「あの……リアム?」
「なぜですか」
「なぜって……貴族社会では無視されがちだけど、やっぱりこういうことは本人の気持ちが大事だと思うの」
「それは、フィオナが私との結婚が嫌だと言うことですか」
「そういうことじゃないわ。でもあまりに急な話についていけなくて……お父さまのことなら心配しないで。『私に結婚して欲しいなら、まず自分が先に幸せにならなきゃでしょっ』て、言ってやるから」
咄嗟に出た言葉だったが、あながち嘘でもない。
そろそろ父も、フィオナだけではなく、自身の幸せについて真剣に考えるべきだ。
「そうですか……わかりました」
「わかってくれてありがとう」
「では」
リアムは無表情のまま、足早にその場から立ち去った。
フィオナは内心ほっとしたが、どこか拍子抜けしたようでもあった。
こんなにあっさり了承するなんて、やはりリアムも乗り気ではなかったのだろう。
翌日、リアムとの縁談はなかったことにしてもらうため、フィオナは父の元を訪れた。
珍しく書斎にいた父は、眉間に皺を寄せ、難しい顔をしている。
(もしかして、昨日のことで悩んでいるのかしら)
フィオナは、思いがけず目撃してしまった父とキャロル王女とのやり取りを思い出す。
「あのね、お父さま。リアムとの結婚の話なんだけど──」
「フィオナ、悪いがその話はまた今度にしてくれないか」
フィオナは驚いた。
これまで父は、例えどんなに忙しくても、フィオナの言葉には耳を傾けてくれた。
後回しにされたことなど一度もない。
けれど父はそれ以上口を開こうとはせず、フィオナは部屋を出て行くしかなかった。
昨日のキャロル王女との話の内容はわからないが、不測の事態が起きたのは間違いない。
リアムとの話も今すぐどうこうというわけではなさそうだ。
(頃合いを見て、また改めて話そう)
そしてフィオナは日常に戻った。
しかしその日以降、父は稽古どころか団員の前にも顔を出さなかった。
そしてリアムはというと──
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