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3.フェーリスさんの勝手な事情

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 サキュバス当主の城に戻って報告した後、フェーリスはつまらなそうに豪奢なカウチでごろごろと横になった。

 彼女はサキュバス当主代理の任をよく担う立場だが、一族を取り纏めるための執務に関わっているわけではない。サキュバスは領地の運営すら他種族にほぼ委託しているほど「そういうことに興味がない」一族だ。それでも高位魔族の地位を得ているのは、当主とその血族がそれこそ魔王城で「完全禁止!」にされてしまうほど強い魅了の力を持ち、過去にたったそれだけの力で内紛を鎮圧したとんでもない功績があるからだ。それ以来、高位魔族たちは魅了を防ぐための策を用意したものの、現当主は更にそれを上回る力を持っている。

 魔王アルフレドにはその力すらほぼ効かないため、いざとなればすぐにでもサキュバス一族全体が滅ぼされることを知りつつも、それでも彼女たちの力を牽制するために「何もしなくても良い扱いをしているからあまり暴れないでくださいね」という扱いを受けている。よって、魅了の力を制限され、人間界にも行ってはいけないと制限されていても、彼女たちは日々自由でマイペースに生きている。

 それでも、当主マルケータはいくらか執務は行っていたし、サキュバスたちからの信頼が厚い。だが、マイペースに生きて来たフェーリスは「当主代理までは許すけどその先はちょっと」と次期当主に自分はなりたくない、と以前から思っている。自分以外にも当主代理を担うサキュバスがいるので、その誰かに任せたい。権力のために争う気持ちより、だらだらと暮らしたいのだ。

(んだけど、そろそろよろしくないのよねぇ……本当に人間の男を手配することになったら、すーぐ話が動くもの)

 マルケータは現役を当分退く必要はないが、コーバスに話をした通り、そしてコーバスが説明した通り、サキュバスたちは現在少しばかり困っている。人間の精を好き放題出来なくなって以来、魔族の精で我慢をすることを強いられた。しかし、先日高位魔族の当主たちがこぞって妻を娶る「魔界召集」が行われたせいで、サキュバスたちのお得意様が彼女たちのもとへ通わなくなってしまったのだ。

 もちろんそういう事態になることはわかっていたので、コーバスが言うとおりサキュバス当主と魔王の間で「では、そろそろ人間の男性を手配して……」という話が進んでいる。

 が、それを行うとなったら「どのサキュバスがより良い人間の精を得られるか」という話になり、当主とその後継者が必ず優遇されると決まっている。その優先順位を決めるために、後継者をはっきりさせなければいけない。そこで選ばれたらもう終わりだ、とフェーリスは思っているのに、当主マルケータはフェーリスを次期当主に選ぶだろうという予測もついている。

(わたしだって出来れば美味しい男を食べたいけど、今回ばかりは辞退しなくっちゃ。当主になるなんてごめんだわ)

 フェーリスは、サキュバスとしての能力のみならず、他の種族との交渉やら何やらが「なんとなく」得意だ。前述のとおり、外部に執務委託をするサキュバスにとっては、多種族との交流は欠かせない。体の関係だけならばどんなサキュバスだろうがそれなりにやるが、執務に関わる会話を出来るほどの知性を持ち、うまく立ち回れる者はそういない。それこそ、コーバスが携わっている「教育」というものを彼女たちは必要としていなかったからだ。

(でも、そんなことわたしだって本当は面倒で嫌なのよ……ほんっと……なんで他の後継者候補は、そーいうの下手なんだろ……第一、わたしが得意だからってさ、得意なやつが頑張れ、って風潮よくないわよ。ほんっとよくない!)

 それに。彼女はサキュバス当主の城でうまくやっているように見えて、実はいつでも「なんだか息苦しい」と感じていた。だが、彼女は物心ついた頃から他のサキュバスより能力が高く、そこそこ利発――サキュバスの中では――だったので、マルケータに見込まれてこの城に住むことになった。そこから今日まで、何不自由しない生活を送ってきたはずなのに、なんとなく「面倒くさい」と思う。サキュバスたちは自由に性交を行うせいか、あまり決まった伴侶を持たない。生涯1人でふらふらと生きることがほとんどなので、互いに助け合う。助け合って自立をしていないのに、みな我が強い。

 フェーリスだって、我は強い。だが、自分は他のサキュバスとなんだか違う気がする。そして、マルケータは「当主なんてものはサキュバスには必要ないが、魔界の統治のために据え置かなければいけないものなのよ。だから、サキュバスの中でも少し質が違うお前のようなものが良いのだと思う」なんて言う。こっちはごめんだ。何がどう違うのかはわからないが「質が違う」からこそ、この息苦しさの頂点になんて立ちたくない。

 だから、ちょうどいい男を探していた。サキュバスを伴侶に選ぶ魔族は魔界では少ないし、サキュバスも特定の伴侶を欲することは稀だ。だが、フェーリスは特定の伴侶を作って嫁ぐことで、一族から少しばかり距離をとりたい。そうなるとその相手は自分が満足出来る、魔力が少ない精を持っていて、さらには伴侶になった後でも自分の好き勝手を許してくれそうな男で……。

 などと、打算で考えていたら、コーバスが候補にあがった。悪くない。どうせ、1人で生活するのが好きだとかなんだとか言ってこっちには干渉してこないだろうし、いざとなれば勝手に精を搾り取らせてもらえそうだし、そもそもあの一族は魔王城周辺で珍しいので、ちょっとだけ優越感もあるし。それから。

「あーーーあ、単純に、顔も好みだし、唾液も美味しかったのになぁ~……どうしてくれようか」

 声がつい出てしまう。そもそも、あんな程度でコーバスを「落とせる」とはフェーリス自身も思ってはいない。だが、時間をかけるのも面倒だと思う。

(魔力低いから、魅了かけてとりあえず既成事実作っちまえば、ああいう男は仕方がないって言いながら結婚してくれそうじゃない?)

 乱暴で単純で浅はかな考えだ。そして、それをそうだとフェーリスもわかっている。だが、彼に言ったように実際にあの体には興味がある。種族特有の4本の腕は、毎日読書やら何やらで机にしか向かっていないくせに、太くてそれなりにたくましく見える。いや、彼の種族用に作られた服をしっかり着こんでいるから見た目にはよくわからない。それでも、数限りない男の体を見て来たフェーリスは、なんとなく腕の筋肉を感じ取っていた。

「絶対ちんこデカいしなぁ」

 と発して、ハッとなるフェーリス。音にしたつもりはなかった。これは相当自分もたまっているな……と思ってがっかりする。大きければ良いわけではないのはわかっているのに、とも思う。

(魔王城だと禁止されてるけど、城下ならちょっとは許されてるし……結界石買って、結界内で魅了してやることやらせてもらえばいっか)

 もし、責任をとります、などと言わないタイプの男だったら、その時は仕方がない。精美味しかったわご馳走様、またよろしくね、と諦めるしかない。いや、そこで関係をもっておけばそのうちは……。

 などなど、ろくでもないことでありながら、実は結構彼女としては大きな悩みの末にコーバスに手を出そうとしているのだった。本当にろくでもないが。



「そういえば、フェーリスさんがいらしたそうですね」 

 魔王妃の授業を終えてから、筆記具類を片づけているリーエンにコーバスは尋ねた。 

「あっ、そうです。お知り合いなのですね」 

「いえ……ああ、そうです。知っているだけです」 

 おかしな返事だな、とリーエンは一瞬きょとんとしたが、コーバスが「何かもらったと聞きました」と話を続けたため、先程フェーリスが持ってきた箱をリーエンは取り出した。 

「これをいただいたんです。サキュバスさん達のご当主様が用意してくださったんですって。あの、コーバス先生は、びやくってご存知ですか? フェーリスさんのお話だと、魔王の眷属を増やすのに使って欲しいとのことで。飲んでも塗ってもいいし香水にもなるとか。これを何か使えば、えっと、すぐ身ごもることが出来るとか、そういうものなのでしょうか。あっ、でもアルフレド様が使ってもいい、とおっしゃっていたような」 

 リーエンは貴族の令嬢の中でも知識、教養を人並み以上にある。また、父親につれられて幼い頃から大人の談合に混じることもあり、多くの外交的な場面にも立ち会い。地味に豊富な経験を持っている。だが、そちらの方はさすがにそこまで詳しくない上に、もとが天然でもある。 

「……なるほど。ええと、これとこれならば、まあ、そこまでは影響はないと思います。ですが、この2本はわたしがお預かりしましょう。間違ってでもあなたが使うのはよろしくない」 

「え、どうしてですか? 何かよくないものでしょうか」 

「何も彼らは悪気があるわけではありません。ただ、人間の女性が使ってしまっては強すぎる成分がこれには入っています。どれも、とても高級なもので、一部の高位魔族に売ったら相当な金が流れるような上質なものですが……これの2本は、リーエン様には強すぎます」 

「そうなのですね。フェーリスさんはよかれと思って選んでくださったようなのですが、確かにサキュバスさんたちとわたしでは違いますよね……先生に見ていただいてよかったです」 

「本当に悪気はないと思いますよ。ここに残した3本セットは人気があると聞きますから。サキュバスたちは原料を提供しているだけで、実際に成分を調整して商品にしているのは他の魔族なので、製品となったひとつひとつの効果をそんなに彼女たちは知らないのです」 

「まあ。コーバス先生は本当になんでもご存知ですね」 

「いえいえ、知っていることしか知りませんからね」 

 そんな当たり前のことを言いながら、コーバスは最近目にいれても痛くないほど溺愛している教え子の言葉に苦笑を見せた。彼女の体には害になるほど強いサキュバスの媚薬をハンカチに包んで回収し、穏やかに言葉を続ける。  

「彼女たちも、自分たちが提供しているものが最終的にどういうものになっているのか、本来は理解をするべきなのです。しかし、もともと魔族の多くは学びへの興味がなく、直接自分たちに影響がないことへの興味も薄い。わたしが教えてあげられると良いのですが、学びの姿勢というものは自発が難しい。周囲が何を言ってもそう簡単に生まれることはありません。しかし、あなたは違う。知識や教養が生きる力となり、他者も含めた環境、世界のためになるものだとわかっている。魔界召集は人間であるあなた方には可哀相なことではありますが、そのおかげで学びを知る者が魔界に来ていただける。喜ばしい限りです」 

「ありがとうございます。そのように褒めてくださる先生と出会えたことを、わたしも喜ばしく思っています」 

 リーエンがふふ、と可愛らしく笑えば、コーバスも小さく微笑み返す。他に少しばかりの雑談をした後、今日の授業を終えてコーバスは退室した。 

 

(まったく、サキュバスは1人と関係を持つと芋づる式になるから、出来れば関わり合いになりたくなかったのだが) 

 あちらから関わろうとしてくるなんて。しかも、自分の教え子にまで、意図的ではなくとも若干害をなそうとするなんて。

 コーバスが回収した媚薬は、彼が言うほどリーエンに直接的な悪影響は多くはない。が、本当に強力な媚薬なので、万が一でもこれを飲んだらリーエンが「そういうこと」に満足するのにどれだけの時間がかかるだろう……そういう代物だ。

(アルフレド様はその気になれば三日三晩出来ると聞いたことがある。昔、事情があってサキュバスと『いたす』ことになった時、やればやるほどサキュバスたちが群れてきて気が付いたら20人ほどの相手を三日三晩ぐるぐるぐるぐる相手を変えて延々精を出させられたという恐ろしい逸話つきだしな……)

 飢えている時のサキュバスは、勝手に仲間を呼んだりどこからか嗅ぎつけてきて乱行やら輪姦やらを平気でする。精が尽きても、彼女たちの魅了の力は絶大で「精を無理矢理生成」させられるのだから、限界まで搾り取られて人間を殺す事件が多発しても当然だ。

  魔王だからこそ「アルフレドが20人相手をした」ですむが、これが人間の男ならただの輪姦かつ拷問になるだろう。魔王の眷属ともなればそれぐらいの逸話はあって然るべきと思いつつ、だからといって人間であるリーエンが三日三晩、いや、普通に一日やりっぱなしを強いられるような事態になったら目も当てられない。

 それに。

 アルフレドがリーエンと過ごす夜に無茶をさせたせいで、コーバスがそこそこ楽しみにしているリーエンとの授業をキャンセルされたことは、過去に何度もあるのだ。アルフレドは魔王なのでコーバスにとっては話にならないほどの格上の存在だが、それでもそろそろちゃんと謝罪に来て欲しい、とひそかに思うのだった。
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