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27.ティアナとコンスタンツェ
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「コンスタンツェ、いるかしら?」
自分の部屋に帰ってから、ティアナはソファに座ってコンスタンツェに声をかけた。すると、すうっとコンスタンツェは姿を現す。
「いるわよ」
「今は、どういう状態だったの? ずっとわたしの中にいた?」
「ええ、あなたの中にいたわ」
「それってどういう状況? わたしに声をかけてくる人たちの声とかは聞こえる? わたしの思考はどう?」
「ええっと、頑張れば外の声も聞こえるけど、頑張らなければうっすら聞こえるか、聞こえないのかって感じ。それから、あなたの思考はわからないわ。あれよ。いつでも起きられる状態で、でもうとうととベッドで毛布をかぶっている、っていうところ」
そういって、コンスタンツェはティアナの反対側に、テーブルの上を通過して移動をするとソファに座った。勿論、実際は座れていないが。
「そうなの? それって、突然出来ちゃう芸当なのかしら? あなた、やたらスムーズだったわよね」
「そうねぇ、なんかね。なんか、出来る気がしたのよ。不思議ね」
「以前、一度でもこんな形で誰かの中に入って、あの祈りの間から離れたりした?」
「いいえ。これが初めて。本当よ。でも、なんだか出来ることは出来る、出来ないことは出来ないってはっきりわかるのよ。あなたたちだってそうでしょう? 服を見て、この大きさのものは着られない、重たいものを見て、この重さでは持ち上げられない……何か、そういう経験に基づいた感覚と同じみたい。経験はないのに、そういう風になにか理解をしているわ」
コンスタンツェはまた膝を抱えて、宙をくるりと回った。「これは面白いわね。うふふ」と笑って、何度か回って、もう一度座り直す。その様子を「飽きないわねぇ」と笑うティアナ。
すると、ドアをノックする音が響く。アルマが茶を持ってきてくれたのだ。室内に入った彼女はテーブルに茶器を置き、焼き菓子も小さいものを2つ並べてくれた。今日は特に彼女から小言も何もないようだったが、ティアナの方から
「ね、今まで王城から、えっと何かしら。舞踏会とやらの招待状とか、来ていたかしら? ちょっとわたしの記憶にはないんだけど……」
と尋ねてみる。
「そうですね。舞踏会の招待状はいただいておりませんが、もしかしたら今日届いた手紙の中にあるかもしれません。公爵様との婚約発表の後、お誘いの手紙は最近めっきり減っていましたが、それでも聖女様と懇意になさりたい方々は多いですから、それなりに届いていらっしゃいますよ」
「ああ、そっか。今日の分の手紙ね。わかった。ありがとう」
アルマは一礼をして部屋から出ていく。コンスタンツェの姿は当然見えないようだ。そして、見えないことをわかっていても、コンスタンツェは出ていくアルマに向かってひらひらと手を振る。
ティアナはソファから立ち上がって、机の上の書類入れに入っている手紙類をつかむ。確かに一時期よりは減っているが、それでもまあまあの量だ。小さなため息をひとつついて、ソファに戻った。
「ああ、おいしそうなお茶においしそうな焼き菓子ね。いいわねぇ。わたしはもうお腹も減らないし、食べることも出来ないけど」
「コンスタンツェは若くしてお亡くなりになったのね。どうして亡くなったの?」
「うふふ。秘密よ」
そう言って、彼女はテーブルの上を乗り越え、今度はティアナの横にふわりと座った。
「まあ。たくさんのお手紙!」
「どれもこれも、わたしの名前が欲しいだけのものよ。わたし個人のことなんて、誰も気にもしてくれないんですもの」
「寂しい?」
「全然。そりゃそうよね! って思うだけ」
そう言いながら、手紙をどんどん開封していくティアナ。と、5つめの手紙が、王城からのものだと一目でわかる。封蝋が特殊なのと、封筒そのものが王室仕様なのだ。
「あら、本当にあったわ。来月の招待状……」
それを広げて読むティアナ。なんというタイミングなのか、間違いなくそれは王城主催の舞踏会の招待状だった。
「ティアナ、あなた、ダンスは踊れるの?」
「そうね……踊れないわけじゃないけど、別に招待されたからといって、踊らなくちゃいけないってことはないんじゃないかしら?」
「それは、踊れないってこと?」
「踊れないわけじゃないのよ」
とティアナはもう一度繰り返す。少しだけ頬を紅潮させながら。
「でも、踊る機会がなかったし、実際に人前で踊ったことはないの」
ダンスはお母さまが得意で、教えてもらったのだけど……そう言いながら、ティアナは茶を一口飲んだ。そして「いい香り」と呟いてから、ハッとする。
「コンスタンツェ、あなたって匂いはわかるの?」
「いいえ。残念ながらわからないわ。不思議よね。目で見ることが出来て、耳で聞くことが出来て、口で話すことが出来るけれど……」
「そういう話、きっとマリウスがよく聞きたいんじゃないかと思うのよね」
「聞かれなかったら答えないわ。わたし、彼のこと嫌いじゃないけど、別に好きでもないから」
そう言うと、コンスタンツェはふわりと浮いて、天井近くまで上っていく。上から膝をかけてティアナを見下ろしながら話を続けるコンスタンツェ。
自分の部屋に帰ってから、ティアナはソファに座ってコンスタンツェに声をかけた。すると、すうっとコンスタンツェは姿を現す。
「いるわよ」
「今は、どういう状態だったの? ずっとわたしの中にいた?」
「ええ、あなたの中にいたわ」
「それってどういう状況? わたしに声をかけてくる人たちの声とかは聞こえる? わたしの思考はどう?」
「ええっと、頑張れば外の声も聞こえるけど、頑張らなければうっすら聞こえるか、聞こえないのかって感じ。それから、あなたの思考はわからないわ。あれよ。いつでも起きられる状態で、でもうとうととベッドで毛布をかぶっている、っていうところ」
そういって、コンスタンツェはティアナの反対側に、テーブルの上を通過して移動をするとソファに座った。勿論、実際は座れていないが。
「そうなの? それって、突然出来ちゃう芸当なのかしら? あなた、やたらスムーズだったわよね」
「そうねぇ、なんかね。なんか、出来る気がしたのよ。不思議ね」
「以前、一度でもこんな形で誰かの中に入って、あの祈りの間から離れたりした?」
「いいえ。これが初めて。本当よ。でも、なんだか出来ることは出来る、出来ないことは出来ないってはっきりわかるのよ。あなたたちだってそうでしょう? 服を見て、この大きさのものは着られない、重たいものを見て、この重さでは持ち上げられない……何か、そういう経験に基づいた感覚と同じみたい。経験はないのに、そういう風になにか理解をしているわ」
コンスタンツェはまた膝を抱えて、宙をくるりと回った。「これは面白いわね。うふふ」と笑って、何度か回って、もう一度座り直す。その様子を「飽きないわねぇ」と笑うティアナ。
すると、ドアをノックする音が響く。アルマが茶を持ってきてくれたのだ。室内に入った彼女はテーブルに茶器を置き、焼き菓子も小さいものを2つ並べてくれた。今日は特に彼女から小言も何もないようだったが、ティアナの方から
「ね、今まで王城から、えっと何かしら。舞踏会とやらの招待状とか、来ていたかしら? ちょっとわたしの記憶にはないんだけど……」
と尋ねてみる。
「そうですね。舞踏会の招待状はいただいておりませんが、もしかしたら今日届いた手紙の中にあるかもしれません。公爵様との婚約発表の後、お誘いの手紙は最近めっきり減っていましたが、それでも聖女様と懇意になさりたい方々は多いですから、それなりに届いていらっしゃいますよ」
「ああ、そっか。今日の分の手紙ね。わかった。ありがとう」
アルマは一礼をして部屋から出ていく。コンスタンツェの姿は当然見えないようだ。そして、見えないことをわかっていても、コンスタンツェは出ていくアルマに向かってひらひらと手を振る。
ティアナはソファから立ち上がって、机の上の書類入れに入っている手紙類をつかむ。確かに一時期よりは減っているが、それでもまあまあの量だ。小さなため息をひとつついて、ソファに戻った。
「ああ、おいしそうなお茶においしそうな焼き菓子ね。いいわねぇ。わたしはもうお腹も減らないし、食べることも出来ないけど」
「コンスタンツェは若くしてお亡くなりになったのね。どうして亡くなったの?」
「うふふ。秘密よ」
そう言って、彼女はテーブルの上を乗り越え、今度はティアナの横にふわりと座った。
「まあ。たくさんのお手紙!」
「どれもこれも、わたしの名前が欲しいだけのものよ。わたし個人のことなんて、誰も気にもしてくれないんですもの」
「寂しい?」
「全然。そりゃそうよね! って思うだけ」
そう言いながら、手紙をどんどん開封していくティアナ。と、5つめの手紙が、王城からのものだと一目でわかる。封蝋が特殊なのと、封筒そのものが王室仕様なのだ。
「あら、本当にあったわ。来月の招待状……」
それを広げて読むティアナ。なんというタイミングなのか、間違いなくそれは王城主催の舞踏会の招待状だった。
「ティアナ、あなた、ダンスは踊れるの?」
「そうね……踊れないわけじゃないけど、別に招待されたからといって、踊らなくちゃいけないってことはないんじゃないかしら?」
「それは、踊れないってこと?」
「踊れないわけじゃないのよ」
とティアナはもう一度繰り返す。少しだけ頬を紅潮させながら。
「でも、踊る機会がなかったし、実際に人前で踊ったことはないの」
ダンスはお母さまが得意で、教えてもらったのだけど……そう言いながら、ティアナは茶を一口飲んだ。そして「いい香り」と呟いてから、ハッとする。
「コンスタンツェ、あなたって匂いはわかるの?」
「いいえ。残念ながらわからないわ。不思議よね。目で見ることが出来て、耳で聞くことが出来て、口で話すことが出来るけれど……」
「そういう話、きっとマリウスがよく聞きたいんじゃないかと思うのよね」
「聞かれなかったら答えないわ。わたし、彼のこと嫌いじゃないけど、別に好きでもないから」
そう言うと、コンスタンツェはふわりと浮いて、天井近くまで上っていく。上から膝をかけてティアナを見下ろしながら話を続けるコンスタンツェ。
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