弱みを見せない騎士令嬢は傭兵団長?に甘やかされる

今泉 香耶

文字の大きさ
19 / 52

近づく心(2)

しおりを挟む
「あら……わたしったら、眠ってしまったのね……」

 真夜中。暗い室内で目覚めれば、そこは寝室ではなかった。見れば、テーブルに書置きがしてある。ヘルマからだ。

「ふふ、起こそうとしてくれたのね。悪いことをしてしまったわ」

 何度か起こそうとしましたが、まったくお嬢様が目覚めないので申し訳ありませんがそのままにさせていただきました……そのように走り書きが書いてある。この時期は夜でも肌寒くないため、椅子での転寝でも体は冷えていない。

 思ったより深く長く眠ってしまったようだ。月を見ればもう頂点から相当傾いている。ミリアは悩んだ末、どうせもうすぐ朝だ、と服を着替えた。朝の鍛錬後にもうひと眠りをすれば良いだろう……そう考え、彼女は家を出た。

「ああ、まだ、陽が昇らない」

 しかし、朝を待つ空気は嫌いではない。騎士団で野営に出た時、深夜番が早朝番と交代をする時間だ。夜通し周囲を見張っていた深夜番が眠りにつき、早朝番が朝食を終わるまで見張りに立つ。その交代時間はいつも夜と朝の空気が混じっていて、少し気を抜いている間に陽がうっすらとあがって、気づけば朝になる。

(そんな時間に起きていることなんて、最近はなかなかないわね)

 町は静まり返っている。道を歩く自分の足音だけが響く。彼女は宿屋に向かい、その建物の裏側に回った。いつも、ヴィルマーが朝の鍛錬をしている場所。厩舎の前はがらんと空いており、ヴィルマーはまだいない。

 彼女はしばらくそこに座り込んでいたが、やがて、立ち上がって鍛錬を始めた。いつも、自分はヴィルマーの後に来ていたので、彼がいないその空間にいることがなんだか不思議だった。しかし、鍛錬を開始すれば、その雑念も消える。剣を振っている間は、左足のことも忘れてそれに集中を出来る。

「……ふ……」

 少しだけ、左足に違和感を感じて腕を下ろす。昨日の走り込みがじわじわと効いたのか、と軽く左足に触れる。すると、背後で声がした。

「大丈夫か、足が痛むのか」

 ヴィルマーの声だ。ミリアが静かに振り返れば、彼は心配そうな表情だ。

「おはようございます」

「おはよう。どうした。足が……」

「少しだけ。でも、これぐらいならよくあることなので」

 そう言って笑えば、ヴィルマーは困ったように「ううん、よくあるとは言え……」ともごもごと独り言のようにつぶやいた。

「それにしても、どうしたんだ? いつもより早いな」

「早く目が覚めてしまったので」

「それで、わざわざここに? 自分の家の裏でも鍛錬が出来るってのに、人様の宿屋の裏に」

 そう言われて、ミリアはハッとする。それはそうだ。当たり前のことをヴィルマーは言っている。

「そうですね……それは確かに失礼でした。泊ってもいないのにここを使うなんて。確かに、考えが足りませんでした。もう、来ません」

 ミリアのその言葉にヴィルマーは目を軽く見開いた。

「なんでそんな風に投げやりなんだ? 君らしくない」

「どうして……ここに来たのかと思ったので……」

 そう言って、ミリアは剣を下ろしたまま、自分の足の爪先を見つめた。ああ、馬鹿馬鹿しいと思う。自分がここに来た理由なんてわかっている。明確だ。ヴィルマーに会いたかっただけだ。そして、そう思っている相手に、一体自分は何を言っているんだろうかとミリアは自分に失望をした。

「そうか」

 だが、ヴィルマーはそれ以上特に何も咎めずに、小さく笑ってミリアに尋ねた。

「君は、どこで鍛錬をしているんだ? 本当に家の裏か?」

「はい」

「そうか。じゃあ、明日から俺がそちらに行こう」

「えっ?」

「それなら、宿屋に迷惑もかけないしな。いいだろう?」

 ミリアは静かにヴィルマーを見た。良いとも悪いとも言わずに、ただ、彼の顔を見上げる。彼はいつも通り朗らかに笑いかけている。その笑顔が、なんだか心苦しいと思うミリア。


ヴィルマーはミリアの答えを欲さずに「今日は送ろう。左足が心配だしな」と言う。ミリアがそれを断ると、彼は笑った。

「いいじゃないか。少しは甘えてくれ」

 甘えてくれ。その言葉にミリアは困ったような表情になる。それは何度も元婚約者に言われたセリフでもあったからだ。

「わたしは……あまり、人に甘えることが得意ではないので」

「そのようだ。だが、男ってのは本当に馬鹿だからなぁ」

「馬鹿……」

「甘えられたら勘違いを簡単にするもんだ。だから、今日だけは、甘えてくれないか。君が俺の勘違いに困らなければ、だけど」

 その言葉に、ミリアは早速「困ったよう」にため息をついた。だが、それは呆れたから出たのではない。なんだか、負けた、と思ったからだ。彼女は、もう一度念を押すように言う。

「わたしは、甘えることが得意ではありません」

「うん。わかってる。だから、君の家まで送ろう」

「あなたは、困った人ですね……」

「そりゃ、こっちのセリフだ!」

 そう言ってヴィルマーはミリアの家の方向へと歩き出す。ミリアは彼の背を見ながら、かすかに頬を染めて、同じく歩き出した。

(歩幅が、狭い)

 それに気づかないミリアではない。ヴィルマーは、ミリアの足が痛んでいることを気にして、歩幅は狭く、そして緩やかに歩いている。何も言わずに。そして、ミリアもまた何も言わない。ただ、彼女は「ああ、彼に甘えてしまっている」と、そればかりを考えてしまう。

 すると、思い出したようにヴィルマーが話を始める。

「そうだ。パン、美味かった」

「まあ、よかったです」

「本当に君たちが作ったのか」

「ええ、まあ、少しそっけない味だとは思いますが……それぐらいが良いのかと思いまして」

 それへ、ヴィルマーは「同感だ」と答えた。そして、もう一度食べたい、とも。

「また次回、走り込みに参加していただければ」

「うーん、やっぱりそうか……」

 そう言ってヴィルマーが苦々しそうに呻いたので、ミリアは小さく笑った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

捨てられた地味な王宮修復師(実は有能)、強面辺境伯の栄養管理で溺愛され、辺境を改革する ~王都の貴重な物が失われても知りませんよ?~

水上
恋愛
「カビ臭い地味女」と王太子に婚約破棄された王宮修復師のリディア。 彼女の芸術に関する知識と修復師としての技術は、誰からも必要性を理解されていなかった。 失意の中、嫁がされたのは皆から恐れられる強面辺境伯ジェラルドだった! しかし恐ろしい噂とは裏腹に、彼はリディアの不健康を見逃せない超・過保護で!? 絶品手料理と徹底的な体調管理で、リディアは心身ともに美しく再生していく。 一方、彼女を追放した王都では、貴重な物が失われたり、贋作騒動が起きたりとパニックになり始めて……。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希
恋愛
公爵様の呪いは解かれました。 これで、貴方も私も自由です。 ……だから、もういいですよね? 私も、自由にして……。 5年後。 私は、ある事情から生まれ育った祖国を離れ、 親切な冒険者パーティーと、その地を治める辺境伯様のご家族に守られながら、 今日も幸せに子育てをしています。 だから貴方も勝手に、お幸せになってくださいね。 私のことは忘れて……。 これは、お互いの思いがこじれ、離れ離れになってしまった一組の夫婦の物語。 はたして、夫婦は無事に、離婚を回避することができるのか?

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

離婚寸前で人生をやり直したら、冷徹だったはずの夫が私を溺愛し始めています

腐ったバナナ
恋愛
侯爵夫人セシルは、冷徹な夫アークライトとの愛のない契約結婚に疲れ果て、離婚を決意した矢先に孤独な死を迎えた。 「もしやり直せるなら、二度と愛のない人生は選ばない」 そう願って目覚めると、そこは結婚直前の18歳の自分だった! 今世こそ平穏な人生を歩もうとするセシルだったが、なぜか夫の「感情の色」が見えるようになった。 冷徹だと思っていた夫の無表情の下に、深い孤独と不器用で一途な愛が隠されていたことを知る。 彼の愛をすべて誤解していたと気づいたセシルは、今度こそ彼の愛を掴むと決意。積極的に寄り添い、感情をぶつけると――

悪役令嬢、記憶をなくして辺境でカフェを開きます〜お忍びで通ってくる元婚約者の王子様、私はあなたのことなど知りません〜

咲月ねむと
恋愛
王子の婚約者だった公爵令嬢セレスティーナは、断罪イベントの最中、興奮のあまり階段から転げ落ち、頭を打ってしまう。目覚めた彼女は、なんと「悪役令嬢として生きてきた数年間」の記憶をすっぽりと失い、動物を愛する心優しくおっとりした本来の性格に戻っていた。 もはや王宮に居場所はないと、自ら婚約破棄を申し出て辺境の領地へ。そこで動物たちに異常に好かれる体質を活かし、もふもふの聖獣たちが集まるカフェを開店し、穏やかな日々を送り始める。 一方、セレスティーナの豹変ぶりが気になって仕方ない元婚約者の王子・アルフレッドは、身分を隠してお忍びでカフェを訪れる。別人になったかのような彼女に戸惑いながらも、次第に本当の彼女に惹かれていくが、セレスティーナは彼のことを全く覚えておらず…? ※これはかなり人を選ぶ作品です。 感想欄にもある通り、私自身も再度読み返してみて、皆様のおっしゃる通りもう少しプロットをしっかりしてればと。 それでも大丈夫って方は、ぜひ。

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

処理中です...