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互いの思惑(1)

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「ほう、伯爵令嬢。それはそれは……ドレスをまとっていれば、さぞお美しいことでしょうね。それは、いつもの恰好を見ていたってわかりますよ。その上、第二騎士団長ですか。そりゃあ、かなりのものだ」

 どうやらクラウスが予想していた以上の立場だったようで、彼は本気で驚いている様子だ。目をぱちぱちと瞬かせている。ヴィルマーも、苦笑いを軽く見せて話を続けた。

「そうだ。あの若さで、しかも女性で。勿論、コネなんてものではない。王城の騎士団長がそんなもので務まるわけがないからな」

「そうでしょうね。騎士団長ともなれば、統率にも長けているのもうなずける。ヘルマにおおよそを任せているものの、やはり、誰が見たって、トップは彼女ですからね……」

「だが、パンを焼く」

 ヴィルマーはそう言って、クラウスを見上げてにやりと笑う。その笑みを見て、困ったようにクラウスは深いため息をついた。

「ああ~、それは、よろしくない」

「はは、よろしくないか」

「元騎士団長は置いといて、伯爵令嬢が焼くパンなんて、そりゃあどんなものか食べたくなるでしょうが」

「あっはははは! そうだろう。おい、お前も走れ! 付き合え!」

 そう言ってヴィルマーは豪快に笑いながら、クラウスの背をばんばんと叩いた。結果、彼ら2人は3日後の走り込みに参加をすることになるのだった。



 そうこうしているうちに、すぐに走り込みの日になった。走り込みの時間は30分。ミリアが左足の痛みを感じずに走れるのがその程度。スヴェンから治療を受けた今はもっと走れるかもしれないが、彼女はそれ以上の無理は決してしなかった。

 ミリアは人々を先導して黙々と走る。ヘルマはしんがりを務め、人々にああだこうだと声をかけてやる気を引き出す役割だ。彼女は最初からずっと動きっぱなしだが、それでも疲労を見せない。彼女は体力には自信があるため、ミリアは完全に彼女を信頼して任せている。

「ミリア。左足は大丈夫なのか」

 走りながらヴィルマーが声をかけてくる。ヴィルマーもクラウスもこの程度の走り込みはそう大したことがないようで、余裕があるようだった。

「この程度は。とはいえ、速度を少し落としているので、ちょっと大変ではありますね」

「あはは、そうだろう。俺もだ! だが、こればかりはな。みなに合わせよう」

 本当ならば、先頭にみなが合わせるのだが、警備隊の人々は基本的なトレーニングもしていない。なので、先頭に走るミリアがうまく彼らに合わせて「少しだけ」前を走るようにしているのだ。

「とはいえ、こういった走り込みは久々なので、まあこれも面白いな……」

 町の外を出てぐるりと少しだけ回って戻って来る。回る方向や、町を出る方向もいつも違うが、ミリアはおおよその時間を感覚で測っており、それはなかなか正確だ。ヴィルマーは「いつも見る景色と、なんだか違うように見える」と楽しそうにミリアに並走していた。

 そして、楽しそうなヴィルマーを見て、ミリアもなんだか少しだけ楽しい気分になっていた。



「はい、どうぞ」

 走り込みが終わり、警備隊参加者は地面に倒れて横たわったり、座り込んでいる。ヴィルマーとクラウスはミリアからパンを受け取った。紙に包まれているパンは3個。現在警備隊に参加をしている者は、24人。となると、70個以上も焼いていることになる。

「おお、本当にパンだ」

「少しずつ改良されているので、今回のものはお口に合えば嬉しいです」

「なるほど、警備隊と同じく、パンも育っている、ってことか」

 とはいえ、走って体がくたくたな状態でパンを食べることは難しい。それらは家に持ち帰る用だ。しばらくすると、1人、また1人と動き出し、礼を言ってパンを手にして帰っていく。家族がある者は家族と、1人の者は1人で、それを食べるのだろう。ミリアとヴィルマーは並んで人々を見送りながら話をした。

「残念ながら、わたしの見立てでは、この町はあまり労働賃金が高くない。その中で働いて、更に警備隊に参加という形では、続かない気がするのです」

「ああ……そうかもしれないな」

「その辺は町長と掛け合っているのですが……」

「なかなかな。だが、来年にもなれば、サーレック辺境伯のところから人員が送られてくるようになるだろう。だから、それまでの辛抱だ」

「そうなんですか」

「ああ。王城側をあれこれ泣き落としたようで、補助金も出るらしい。というか、そもそも辺境伯の領地が広いから、それを分断して、どっかの家門を立ててくれるぐらいの英断が必要なんだが、そこまではさすがに……ああ、こんな話を、すまない」

「いいえ」

 ミリアは首を軽く横に振った。

「おっしゃる通り。確かにその通りだと思います。サーレック辺境伯の領地は広すぎる。もともと、いくつかの集落が配慮されずに大きな森の一つとして捉えられたからこその領地なのでしょうね。人口をしっかり調べて、余すことなく集落を数えれば、それが一辺境伯の手に余ることは王城だってわかるはずです。もう一つ……そうですね。もう一つ、経営の拠点になるべき場所があると、だいぶ話が違うと思いますが」

「ああ。そうなんだ。なかなか難しい。だからこそ、今、この町に警備隊が出来ることはありがたい。辺境伯が人をこっちに寄越したからといって、今、警備隊になろうとしているやつらの人数は上回らない。結局は、助けが必要なんだ」
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