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暗殺者は人形使いの舞台で踊る(3)
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「うわっ!?」
はっと目覚めて体を起こすルダー。一体何が起きているんだ、ときょろきょろと周囲を見回す。窓の外は明るい。鳥が鳴く声が聞こえる。そして、めちゃくちゃなベッドの上。全裸。それから……
「あら、起きた?」
見れば、アールタは全裸のままソファに座ってくつろいでいる。慌ててルダーはベッドから下りて、彼女に詰め寄った。
「おっ、お前っ……」
「ねぇ、昨晩はすっごく良かったわ。今晩もお願い出来る?」
「はあ!?」
何を言ってるんだ、とルダーはかあっと頬を紅潮させる。
「おっ、お前、俺のこと……なんだっけ。脳に、なんだ、えっと、くさび。そうだ、それをなんか、えっと、要するに、解放してくれ!」
「もうしたわよ」
「えっ」
あまりにあっさりとしたアールタの言葉に、ルダーは調子抜けになる。
「あなたの脳に打った楔、抜いてあげたわ。もともとそう長くは打ち続けられないからね」
「本当か」
「本当よ。セックスの途中で抜いたんだけど。でも、あなたちゃんと最後まで恋人みたいに抱いてくれたじゃない? だからぁ、すごく気に入っちゃった」
「!」
セックスの途中で抜いた? そんな馬鹿なことがあるか……そう言おうとしたが、ルダーには心当たりがあった。
頭を掴まれた。そしてキスをされた。もしかしたらその時ではないかと思う。熱く、深いキス。恋人同士の「ような」熱烈なあのキスの最中、この女は自分の脳に刺された楔を「抜いて」いたのかと思うと、完全に負けた気がする。
(なーーーーーーーにが、恋人同士のキスだよ、くそっ、くそっ、くそ……!!!)
そして、唇を離した後の高揚感。あれは、楔から解放されたせいだったのではないかと思いつき、ルダーは頭の先まで茹で上がって叫びそうになる。
「ねぇ、あなたが殺そうとしていた女の人、昨晩、お隣の宿屋の窓から飛び降りたんですって。即死だったらしいわよ」
「えっ……?」
「一体何があったのかしらね? 命を狙われていたわけだから、それに関することで何か怯えていたのかしら。恐怖にかられて飛び降りたのかしら。それとも……」
アールタは、ルダーに向けて指を動かして、わざと見せつける。
「誰かに命じられて、飛び降りたのかしら? うふふ、不思議ね……」
「おっ……お前……っ」
にっこりと微笑むアールタ。ルダーは青ざめて付近を見回した。そうだ。短剣はどこだ。昨晩手放してから記憶がない……いや、剣がなくたって、この女の細い首なら自分の力でも……。
そう思った次の瞬間、コンコン、とノックの音が響いた。誰かがこの部屋にやってきた。ルダーは「ヒッ」と小さく声をあげる。だが、アールタは「はぁ~い」と呑気に返事をした。ガチャリとドアを開け、年老いた執事めいた男性が姿を現した。年齢はかなりいっているものの、背筋はしゃんと伸びている。ルダーは声をあげることが出来ず、ただ、慌てて自分のシャツを羽織るだけだ。
「お嬢様、お迎えにあがりました」
「えぇ~、もう?」
「はい。お戯れはそこまでにして、早く屋敷に戻る支度をしてください……ああ、なんですか、これは酷い。この部屋は連れ込み宿ではないのですよ」
「だってぇ~……しょうがないから、お金、10倍ぐらい払ってあげてくれる? ねぇ、ルダー、もう一度聞くわ」
「な、何を……?」
「今晩も、わたしの相手をしてくれない? わたし、あなたのこと気に入ったの」
「はあっ!? 嫌だって言ったら……」
「脳の楔は解いたけど」
アールタはソファから立ちあがり、ゆっくりと人差し指をルダーの胸付近に近づける。そして、トンッと指先で彼の体を弾いた。
「治療は終わってないわよ。いい? あなた、本当にひとつき後にでも、ちょっと動いただけで呼吸が苦しくなって、そのうち死ぬわよ。昨日ちょっと処置したから今は元気かもしれないけど、死ぬ覚悟は出来てるの?」
「……っ」
びくりと体を震わせるルダー。
「お嬢様。まさかとは思いますが、この者を『飼う』のですか」
「ええ。これは取引よ。ね、ルダー。今日も、明日も、明後日も、うちでわたしの相手をしてくれたら、ちゃーんとお給金と、治療を与えてあげる」
「そんな、うまい、話は、ない」
本当は、大喜びで飛びつきたい話だ。だが、ルダーはなんとか踏みとどまって、恐る恐るそう告げた。
「あはっ! そうなのよ。そう。そんなうまい話はないの。正直に言うわ。わたしは、昨日ずっとここであなたとセックスをしていたっていうアリバイが欲しいのよねぇ……」
「アリバイ……」
「お嬢様」
呆然と繰り返すルダーと執事の声が重なった。アールタは笑う。
「あなたもあの女を狙ってたんでしょ? お生憎様。わたしが先に仕込んでたのでね。ねえ、もう一度聞くわ。これが『最後』。今日も、明日も、明後日も、わたしを抱いて頂戴、ルダー。そうしたら、ちゃあんと良いお洋服を買えるぐらいのお給金をあげるわよ。わたし、あなたとのセックス気に入ったの」
彼女の口から放たれた「最後」の言葉。それは、何が最後なのか。ぞっとルダーの背筋に冷たいものが走る。彼が返事を出来ずにその場に固まっていると、執事がぽん、と肩に手を置いた。
「死にたくなければ、黙ってついて来なさい」
「あはっ、そんなわかりやすい物言い」
アールタはクローゼットからドレスを出して「下着はいーらない」と言って笑いながらルダーに近づいた。
「お、俺、には、妹がいて……」
「お前の『なり』を見ればわかるわ。貧民街の人間が一人や二人、その辺で野垂れ死んでいても、誰も何も言わないってことだって、知ってるし」
震えるルダーに、全裸のまま無邪気に笑ってドレスを差し出すアールタ。
「着せてくれるわよね?」
「妹が、病気で……薬を買わないと……」
「ふうん。それは残念ねぇ。あなたが死んだら、妹さんも死ぬんですものね?」
ルダーはがたがたと震える手で、彼女のドレスを受け取った。
「ね? 着せて?」
「……はい……」
彼女の圧力に負け、ルダーはぎこちない手つきでアールタにドレスを着せた。驚くほど質が良いドレス。手触りは滑らかで、光沢にも品がある。こんなドレスを一着売れば、自分の数日分の給金よりは稼げるだろう。一体彼女はどれほどの金持ちなのかと思う。
「その妹さんだって、助けたいんでしょ?」
「う……」
気付けば執事は姿を消していた。宿屋の者に金を積んでこの部屋の惨状をどうにかしてもらうのだろう。
今なら。気配遮断を使って、ここから逃げて。逃げてどうする? あの執事に何かの異能があったとしたら逃げきれないだろうし、自分が死ねば、妹も。いや、そもそも自分は治療をしなければ死ぬのか……ぐるぐるとルダーは考えたが、どれもこれも、最後には「どうしようもない」と感じる。
「まずは、うちに行って、もう一度すぐにセックスしましょ?」
「う、うう……」
アールタは楽しそうにぺらぺらと勝手に話を続ける。
「その後に、あなたの髪も切って。服も買わなくちゃね。カールトンのお店、今新しいラインの先行予約をやっているのよねぇ。ルダーが背筋伸ばせば、きっと似合うわ! そうそう、首輪もつけましょ。用意が出来たら、妹さんのところに行って、屋敷に連れていかなくちゃ。わたしのお屋敷、たくさんお部屋があるのよ。あっ、でもあれね、セックスしてるところ見られたらルダーが困るだろうから、離れをあげるわ。いいでしょ?」
「うう……」
「ルダー、飽きたらどうなるかは保障しないけど、全然悪い話じゃないでしょ?」
飽きたらどうなるかは保障しない。
そんな恐ろしい一言は余計だ。アールタはつま先立ちになり、猫背の彼の首に両腕を巻き付けた。甘い声でルダーに「ね?」と囁けば、ルダーは再び半泣きになりながら「はい……」と答えるしかなかった。
了
はっと目覚めて体を起こすルダー。一体何が起きているんだ、ときょろきょろと周囲を見回す。窓の外は明るい。鳥が鳴く声が聞こえる。そして、めちゃくちゃなベッドの上。全裸。それから……
「あら、起きた?」
見れば、アールタは全裸のままソファに座ってくつろいでいる。慌ててルダーはベッドから下りて、彼女に詰め寄った。
「おっ、お前っ……」
「ねぇ、昨晩はすっごく良かったわ。今晩もお願い出来る?」
「はあ!?」
何を言ってるんだ、とルダーはかあっと頬を紅潮させる。
「おっ、お前、俺のこと……なんだっけ。脳に、なんだ、えっと、くさび。そうだ、それをなんか、えっと、要するに、解放してくれ!」
「もうしたわよ」
「えっ」
あまりにあっさりとしたアールタの言葉に、ルダーは調子抜けになる。
「あなたの脳に打った楔、抜いてあげたわ。もともとそう長くは打ち続けられないからね」
「本当か」
「本当よ。セックスの途中で抜いたんだけど。でも、あなたちゃんと最後まで恋人みたいに抱いてくれたじゃない? だからぁ、すごく気に入っちゃった」
「!」
セックスの途中で抜いた? そんな馬鹿なことがあるか……そう言おうとしたが、ルダーには心当たりがあった。
頭を掴まれた。そしてキスをされた。もしかしたらその時ではないかと思う。熱く、深いキス。恋人同士の「ような」熱烈なあのキスの最中、この女は自分の脳に刺された楔を「抜いて」いたのかと思うと、完全に負けた気がする。
(なーーーーーーーにが、恋人同士のキスだよ、くそっ、くそっ、くそ……!!!)
そして、唇を離した後の高揚感。あれは、楔から解放されたせいだったのではないかと思いつき、ルダーは頭の先まで茹で上がって叫びそうになる。
「ねぇ、あなたが殺そうとしていた女の人、昨晩、お隣の宿屋の窓から飛び降りたんですって。即死だったらしいわよ」
「えっ……?」
「一体何があったのかしらね? 命を狙われていたわけだから、それに関することで何か怯えていたのかしら。恐怖にかられて飛び降りたのかしら。それとも……」
アールタは、ルダーに向けて指を動かして、わざと見せつける。
「誰かに命じられて、飛び降りたのかしら? うふふ、不思議ね……」
「おっ……お前……っ」
にっこりと微笑むアールタ。ルダーは青ざめて付近を見回した。そうだ。短剣はどこだ。昨晩手放してから記憶がない……いや、剣がなくたって、この女の細い首なら自分の力でも……。
そう思った次の瞬間、コンコン、とノックの音が響いた。誰かがこの部屋にやってきた。ルダーは「ヒッ」と小さく声をあげる。だが、アールタは「はぁ~い」と呑気に返事をした。ガチャリとドアを開け、年老いた執事めいた男性が姿を現した。年齢はかなりいっているものの、背筋はしゃんと伸びている。ルダーは声をあげることが出来ず、ただ、慌てて自分のシャツを羽織るだけだ。
「お嬢様、お迎えにあがりました」
「えぇ~、もう?」
「はい。お戯れはそこまでにして、早く屋敷に戻る支度をしてください……ああ、なんですか、これは酷い。この部屋は連れ込み宿ではないのですよ」
「だってぇ~……しょうがないから、お金、10倍ぐらい払ってあげてくれる? ねぇ、ルダー、もう一度聞くわ」
「な、何を……?」
「今晩も、わたしの相手をしてくれない? わたし、あなたのこと気に入ったの」
「はあっ!? 嫌だって言ったら……」
「脳の楔は解いたけど」
アールタはソファから立ちあがり、ゆっくりと人差し指をルダーの胸付近に近づける。そして、トンッと指先で彼の体を弾いた。
「治療は終わってないわよ。いい? あなた、本当にひとつき後にでも、ちょっと動いただけで呼吸が苦しくなって、そのうち死ぬわよ。昨日ちょっと処置したから今は元気かもしれないけど、死ぬ覚悟は出来てるの?」
「……っ」
びくりと体を震わせるルダー。
「お嬢様。まさかとは思いますが、この者を『飼う』のですか」
「ええ。これは取引よ。ね、ルダー。今日も、明日も、明後日も、うちでわたしの相手をしてくれたら、ちゃーんとお給金と、治療を与えてあげる」
「そんな、うまい、話は、ない」
本当は、大喜びで飛びつきたい話だ。だが、ルダーはなんとか踏みとどまって、恐る恐るそう告げた。
「あはっ! そうなのよ。そう。そんなうまい話はないの。正直に言うわ。わたしは、昨日ずっとここであなたとセックスをしていたっていうアリバイが欲しいのよねぇ……」
「アリバイ……」
「お嬢様」
呆然と繰り返すルダーと執事の声が重なった。アールタは笑う。
「あなたもあの女を狙ってたんでしょ? お生憎様。わたしが先に仕込んでたのでね。ねえ、もう一度聞くわ。これが『最後』。今日も、明日も、明後日も、わたしを抱いて頂戴、ルダー。そうしたら、ちゃあんと良いお洋服を買えるぐらいのお給金をあげるわよ。わたし、あなたとのセックス気に入ったの」
彼女の口から放たれた「最後」の言葉。それは、何が最後なのか。ぞっとルダーの背筋に冷たいものが走る。彼が返事を出来ずにその場に固まっていると、執事がぽん、と肩に手を置いた。
「死にたくなければ、黙ってついて来なさい」
「あはっ、そんなわかりやすい物言い」
アールタはクローゼットからドレスを出して「下着はいーらない」と言って笑いながらルダーに近づいた。
「お、俺、には、妹がいて……」
「お前の『なり』を見ればわかるわ。貧民街の人間が一人や二人、その辺で野垂れ死んでいても、誰も何も言わないってことだって、知ってるし」
震えるルダーに、全裸のまま無邪気に笑ってドレスを差し出すアールタ。
「着せてくれるわよね?」
「妹が、病気で……薬を買わないと……」
「ふうん。それは残念ねぇ。あなたが死んだら、妹さんも死ぬんですものね?」
ルダーはがたがたと震える手で、彼女のドレスを受け取った。
「ね? 着せて?」
「……はい……」
彼女の圧力に負け、ルダーはぎこちない手つきでアールタにドレスを着せた。驚くほど質が良いドレス。手触りは滑らかで、光沢にも品がある。こんなドレスを一着売れば、自分の数日分の給金よりは稼げるだろう。一体彼女はどれほどの金持ちなのかと思う。
「その妹さんだって、助けたいんでしょ?」
「う……」
気付けば執事は姿を消していた。宿屋の者に金を積んでこの部屋の惨状をどうにかしてもらうのだろう。
今なら。気配遮断を使って、ここから逃げて。逃げてどうする? あの執事に何かの異能があったとしたら逃げきれないだろうし、自分が死ねば、妹も。いや、そもそも自分は治療をしなければ死ぬのか……ぐるぐるとルダーは考えたが、どれもこれも、最後には「どうしようもない」と感じる。
「まずは、うちに行って、もう一度すぐにセックスしましょ?」
「う、うう……」
アールタは楽しそうにぺらぺらと勝手に話を続ける。
「その後に、あなたの髪も切って。服も買わなくちゃね。カールトンのお店、今新しいラインの先行予約をやっているのよねぇ。ルダーが背筋伸ばせば、きっと似合うわ! そうそう、首輪もつけましょ。用意が出来たら、妹さんのところに行って、屋敷に連れていかなくちゃ。わたしのお屋敷、たくさんお部屋があるのよ。あっ、でもあれね、セックスしてるところ見られたらルダーが困るだろうから、離れをあげるわ。いいでしょ?」
「うう……」
「ルダー、飽きたらどうなるかは保障しないけど、全然悪い話じゃないでしょ?」
飽きたらどうなるかは保障しない。
そんな恐ろしい一言は余計だ。アールタはつま先立ちになり、猫背の彼の首に両腕を巻き付けた。甘い声でルダーに「ね?」と囁けば、ルダーは再び半泣きになりながら「はい……」と答えるしかなかった。
了
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