敵国に嫁いだ姫騎士は王弟の愛に溶かされる

今泉 香耶

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28.庭園

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 それから10日後に婚礼の祝宴は開かれ、そして、あっという間に終わった。祝宴の間、ただアルフォンスとエレインは隣同士に座り、人々からの祝辞を受け続けるだけだった。

 アルフォンスに対しても、エレインに対しても、腹に一物持っている者が多いのは、一見してわかることだった。が、その者たちに必要以上の言及をさせず、謁見の時間は手短にと宰相とランバルトがさばいていく。そのことについてランバルトは「あーあ、これでわたしも各諸侯に目をつけられてしまったというわけですか……嫌ですね……」と頭を抱えていたが、彼の有能さを垣間見ることが出来たので、エレインはそれを讃えた。

「さて、今日は庭園を見に行くか……」

 マリエン王城に少しずつ慣れて来た彼女に、アルフォンスはいくつかの権限を与えた。そのうちの一つが、光彩の棟から居館に向かう途中にある庭園の管理だった。王城には場所を分けて三か所に庭園が存在する。そのうち、居館の前にある庭園はアルフォンスが管理をしているものの、実際は宰相が庭師に権限を与えているらしい。それから、客人を招いた時にもてなすための庭園がもう一つ。そして、光彩の棟近くの庭園だ。

確かにアルフォンスは庭園になど興味はないのだろうな……そう思いながらエレインは庭園に足を運んだ。まずは現状視察というわけだ。

 手入れが行き届いた庭園を見て、エレインは感嘆する。庭師に話を聞けば、以前はこの庭園は王太后が庭師に自由にして良いと言って権限を彼に渡していたのだと聞いた。その後、クリスティアンの正妻に権限が渡ったが、彼女も庭園にあまり興味がない人物だったらしく、結局庭師が管理をしていたという話だ。そもそも、いくらか奥まった場所にあるため、客人などが見る場所でもない。

「なるほど。それならば、引き続きこの庭は好きにしていただいても構わない。これだけの出来の庭園だ。あなたの腕が良く、そして植物たちを愛していることはとてもよく伝わる」

 エレインのその言葉に庭師は恐縮をしたが、喜んだ。私物化をしているわけではないが、やはり自分が作っているこの庭のことを彼も愛しているのだと言う。

「……うん?」

 と、見れば、オレンジの薔薇が庭の片隅に控えめに蕾をつけていた。本当に隅の方に、本当に少量。どうしてそこにそれを植えたのかと不思議になるほど、なんだか肩身が狭いように見える。他の色の薔薇はもっと目立つところに豪華に咲き誇り、庭園の入口のアーチにも大量に絡んでいたはずなのに、と思うエレイン。

「何故ここにこの花を?」

「ああ、それは……その……」

 庭師は、しどろもどろで小声で答えた。

「あの、王太后さまが……その花を嫌っていらして、ですね……ですが、わたしはとても綺麗だと思うので……その、内緒で……隅に」

「なるほど。もう、ここには王太后様はほぼいらっしゃらないと聞く。そうだな……あの、奥にあるガゼボは、誰か使う者がいるのだろうか」

 庭の奥に美しい白いテーブルと椅子を揃えたガゼボがあった。だが、それはとても小さい。おおっぴらに使うものではなく、きっと光彩の棟にいた誰かが個人で利用をするだけのところなのだろう。

 それでも、侍女たちが毎日そこにいって、綺麗に整えているのだとマーシアには聞いていた。

「いえ、もう誰も。長く亡き先々代の国王陛下も、それから王太后様もお使いになっていませんでしたし、クリスティアン様やそのご伴侶も……」

 そのご伴侶も、という言葉はなかなか苦しい。だが、例のクリスティアン殺害に関与していた者がクリスティアンに嫁いだ女性の父親だったため、今はうまい言葉がみつからないのだろう。彼は言わなかったが、当然アルフォンスも使っていないに違いない。

「では、あのガゼボ付近にあの色の薔薇を多く植えてくれないだろうか。勿論、今ある植物たちは植え替えが必要になってしまうだろうし、大変だとは思うのだが」

「あの辺りは広く空いている場所ですので、今あるものを植え替えはせずにこの薔薇で囲むことも出来ますが、いかがいたしますか」

「ああ、それで特に問題ないならば、それで。わたしの我儘のせいで、まだ元気なのに捨てる、ということは出来ればないようにして欲しい。早急に手配をしてくれ」

「かしこまりました!」

 庭師は、オレンジの薔薇を植える手配をするためその場を去った。残ったエレインはしばらくの間、その隅っこにあるオレンジの薔薇を見つめていた。

(懐かしい……というか、本当にそんなことがあったこともすっかり忘れていたな……)

 目を細める。そうだ。忘れていた。幼い頃にアルフォンスと会ったことは覚えていた。それが、ガリアナ王城の庭園だったことも。だが、その時にどんな会話をしたのかを、彼女はほとんど覚えていなかったのだ。

 だが、この庭園に来て、あのオレンジの薔薇を見た瞬間、ぱあっと脳内に当時の様子が思い出された。そうだ。あの時の少年。多分マリエン王国の王子だと思ってはいたものの、どちらから名乗りを上げれば良いのか戸惑ってしまい、互いに名を名乗らなかった、彼のことを。あの日、彼と交わした内容を、エレインは思い出す。案外としっかり覚えていることに気付いて、よくもまあ忘れていたものだと感心すらしてしまう。

(まあ、子供の頃の話だがな……)

 庭師の口ぶりとアルフォンスの言葉からは、彼は戦三昧でほぼ庭園どころか王城にいなかったし、いたとしてもここに来ることはほとんどなかったのだと言っていた。ならば、きっとあまり意味はない。それでも、折角だと思う。

(もうここは王太后の管理下ではない。ならば、たくさんあの花が咲いていても問題はないしな)

 何にせよ。自分もあの色の薔薇は好きなのだ。人々は、エレインの赤い髪を見て赤い薔薇が似合うと言う。それはガリアナ王国では普通に誉め言葉と言えるものだ。

 だが、エレインはピンクやオレンジの薔薇の方が好きだ。それらの柔らかな色が似合う女性に自分はなれないけれど、それでも……。

「良い庭園だ。庭師に管理をお願いした王太后に、これだけは感謝しないとな」

 そう呟いて、エレインは自室へと戻っていった。



 思い出すのは、ガリアナ王国の王城にある庭園。

 マリエン王国と違って、ガリアナ王国の王城には一つしか庭園がない。だが、あの場を幼い頃からエレインは好きだった。

 整然としているようで、少しばかり雑に木々は枝を伸ばしている。戦争が始まる前に庭師にその話をしたが、整然とし過ぎていてはいけないのだと彼はエレインに話してくれた。あまりにも整然としていると、箱の中に入っているようにこぢんまりとしてしまう。広い空間があるのに、と。少しばかり勝手に伸ばした方が良いのだ、少しばかり他のものと喧嘩をしてもかまわないのだ、植物なのだから……と庭師は笑った。

 それは、きっと人生においてもそうなのだろう、とエレインが言えば、彼は「姫様はいつでも真面目なのですな」と目を丸くしたものだったが、彼女は別段真面目なことを言ったつもりはなかった。ただ、そう感じた。それだけだった。そして、その庭園が好きだ、と庭師に告げた二日後、戦場にと旅立つこととなった。

 騎士の真似事をして剣を振るい、ありがたいことに才能は開花した。そして、その才能と天恵はよく合っていた。そのおかげで戦場に向かうことになったことをエレインは後悔していない。

幼い頃は男児のように振舞ってもいたし、その時は意地を張って庭園にあまり行かなかったこともあった。だが、彼女は花が好きだったし、庭園が好きだった。人にそうとは言わなかったけれど、あの庭師だけがきっとそれを知っているのだろう。

 そうだ。あの日。マリエン王国からの客人らしき少年が一人迷い込んで。彼を連れて、庭園を横切った時だった。

「あっ……」

「何か?」

 背後であがった声を聞いて、エレインは足を止めた。マリエン王国の、多分王子だろうその少年は、困惑の表情でエレインを見る。

「なんでも、ない」

 そう言いながら、ちらりと彼はその花を見る。一目瞭然とまではいかなくとも、その花に興味があることはエレインにも見て取れた。

「その花が、お好きか」

「わたしでは、ない、けれど」

 それは、口にして良いのかを量っている様子。そこには、まだ満開とまで行かなくともつぼみが解けた瑞々しいオレンジの薔薇がある。

「母上が……好きだった花なんだ」

 過去形。マリエン王国王族のあれこれについてエレインはよく知らなかったが、その言葉を聞けば彼が母親を失ったことがわかる。

「そうか。わたしも、その花は好きだ。持って行くか?」

「いや、いい。ただ……」

 少年はいくらか照れくさそうな表情をして、それから薔薇を見ながら静かに呟いた。

「綺麗だな。薔薇が綺麗だってわかっていたはずなのに、どうして今まで忘れていたんだろう」

 年に似合わず、その声は静かで、どこか重々しさを伴っていた。エレインも彼もまだ子供ではあったが、それゆえ感じ取ることがあった。

 彼は、忘れていたことを後悔しているのではない。悲しんでいるのではない。何かに怒っている。それが何かはエレインにはわからなかったけれど、きっと「忘れさせてしまっていた」ことは、彼自身以外の要因もあり、それに怒りを覚えているのだろうと思った。当然ながら、それを彼に聞くことはなかったけれど。

――王太后さまが……その花を嫌っていらして、ですね……――

 長い年月を経て、あの時の回答がわかった気がした。それは推測でしかなかったけれど。

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