褐色の歌姫は竜頭の戦士に恋をする

今泉 香耶

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13.後日談

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「へえへえ、ご馳走様でしたっと!」

 あれだけのことをしでかしたくせに、数日後にダリルは「まったくこれっぽっちも」本意ではない謝罪に訪れた。

 イーヴィーに手を出そうとしたらアルロに大剣で殺されそうになった、と話を膨らませておもしろおかしく魔王に伝えたところ、魔界の守護者を怒らせてどうする、と手土産つきの謝罪訪問を命じられたらしい。

 これだけフラフラと勝手なことをしているダリルだが、ジョアンと共に魔王の腹心であるらしい。イーヴィーはそれに驚いたが、考えてみれば魔界召集の日にアルロの事情を知っていたのはジョアンとダリルだけだったし、本当のことなのだろう。

「何も言わなくてもマーキングしたのは気付くんだからよ……指輪がどーのとか、余計な話しやがって、むず痒いじゃねぇか」

 来て早々「指輪を贈って正式に結婚した」なんて話を聞かされ、やってられん、とソファに行儀悪く寝転ぶダリル。

「お前に話せば魔王様に伝わるだろう。要するに、こちらはうまくやっている、ということで伝えてくれれば良い。ガートラ族がうちには1人いるから、ジョアン執務官にこっちの動きは筒抜けのはずなのに、お前を寄越すということは俺の口から直接聞きたいということだろうしな」

 ガートラ族が云々のくだりはイーヴィーには理解出来なかったが、どうやら何かしらの報告はすべて魔王に伝わっている、という話なのだと勝手に飲み込む。

「俺がちゃーんとちょうどよくイヴをあてがってやったのに心配しすぎなんだよ、魔王は。戦いにいっている間にお前を魔界召集の頭数にいれちまったことを、申し訳ないって思って気にしてんだぜ。だから、お前が特別扱いされてるって思われちまうんだ。本末転倒だろ」

「今の魔王様にはいつも我らや巨人族の動きを気遣っていただいて、ありがたいとは思うがな」

「そ。純粋な魔族じゃないお前らをただ気遣ってるだけだ。でも、他の魔族は、魔王が竜の眷属にへこへこしてると思ってたりするから、ほんっと、めんどくさいんだよな」

「仕方なかろうが。前例があるのだし」

 そのアルロの言葉にイーヴィーは不思議そうに問いかける。

「前例? 何のですか?」

 わずかにアルロが苦々しい声音で説明をする。

「先代が魔族からあれこれいわれのない疑いをかけられたり陰口を叩かれたことに激怒して、一度守護者の役目を放棄して、魔界がとんでもないことになったことがあるらしくてな」

「まあ」

「そっ。あーれはやっばかったなぁ。俺、まだこんなちっこかったけど覚えているぜ」

「子供心にこんなに自分の父親は恐ろしかったのか、魔界を簡単に混乱に陥れられるのかと恐れた一件だった」

 珍しくアルロとダリルの意見があって、うんうん、と頷き合う。その様子がなんだか可愛らしいとイーヴィーは思ったが、口にすればどちらも怒りそうだな、と黙っていた。


「そのせいで、みーんな竜人族には頭あがらないわけ。だから、戦が多いこいつを魔王がただ気遣ってるだけなのに、他の魔族は『竜の眷属を怒らせないように下手に出てる』とか言い出すから、ほんっと腹立つ」

「ダリル様は、魔王様の良い腹心でいらっしゃるのですね」

「ちげぇよ。魔王が舐められると、一応側近ナンバー3ぐらいの俺も舐められるから困るって話だよ」

 ケッ、と忌々しそうに顔を歪めるダリル。だが、イーヴィーの言葉は核心をついていたのだろう。アルロですら「魔王様」と呼んでいる存在を「魔王」と言い捨てるのは、敬っていないからではなく距離が近いからだ。それは、話を聞いていればイーヴィーにも感じ取ることが出来る。

「ま、そんなことはともかく、謝罪はおいといて、あんたはもっと俺に感謝してくれてもいいぜ、イヴ」

「はい」

「言っただろ、あんたはラッキーだって。魔界存続のためには必要な男で、もともと人間界にいた種族だからそれこそ魔界がなくなっても問題なく人間界で生きていける。しかも、本来は魔界召集に参加する必要がない男。あの時あんたは最強のカードを引いたのさ。跨って腰振る覚悟と引き換えにな」

「……本当にそうですね。あの時、ダリル様がわたしを狙い撃ちしないでくださって助かりました。ありがとうございます」

「あっは! 憎たらしい笑顔でよく言うぜ、ほんと、あんたいい女だよ。残念だ……じゃ、謝罪も一応したし、手土産も渡したし、さっさと帰るわ」

 ほとんど茶に口をつけずにダリルは立ち上がった。アルロも特に引きとめもせず、あっさりと言う。

「魔王様に宜しく伝えてくれ」

「ん。面倒なのはわかるけど、報告もガートラ族通すんじゃなくて、たまにはお前自身が城に来いよ。反魔王のしょーもない魔族共をお前のその顔だけで黙らせて、アレの心労を楽にしてくれや」

「考えておく。一度イーヴィーも連れていくつもりだ」

「おお、魔界召集で来た令嬢を連れて魔王城に行くなんて前代未聞だが、いきさつがいきさつだからな。そりゃいいかもしれんな。それに、彼女の歌のことも、魔王に話すといいぜ」

「何か必要とされるだろうか?」

「ん。必要っつーか……ま、その辺りはおいおい」

 ダリルは扉を開けてから、思い出したように振り返った。

「アルロ、お前もいつか俺に借りを返せよ。俺は本気で、お前のためにイヴをあてがったんだからな」

「それを言われるとさすがに弱いな。お前はどう返して欲しいんだ?」

「そうだな。一番俺が望んでいるのは、一回イヴとやらせ……」

 アルロが殺気立つのと、ダリルが逃げるのはほぼ同時だった。距離が近ければ、アルロの拳がダリルに向けられていたに違いない。

「二度と来るな! 黒ヤギ野郎!」

 アルロ邸の通路を歩くダリルの笑い声が遠のいていき、イーヴィーとアルロは顔を見合わせて苦笑いをする。

「……腹は立つが、確かにあいつのおかげといえばおかげだからな」

「ふふ、そうですね。いつか、違う形でお返しいたしましょう」

「すぐにでも返したいがな。あいつに借りなんぞ作っていると思うとゾワゾワする」

 それから、二人はさっさとダリルのことを忘れ、竜人族の集落訪問の打ち合わせを始めた。イーヴィーの歌や舞を、アルロはもとより誰もが楽しみにしているのだ。

 余談ではあるが、二度と来るなとアルロに言われたダリルが再訪し、借りを返せるのがこれからほんのひとつき後のことになるのだが当然彼らはまだ知らない。

 今はただ、穏やかに新婚の時を過ごし、笑い合うばかりの2人だった。



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