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4.傷を負った竜頭の戦士
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「アルロ様、奥方様が到着なさいました」
室内から「入れ」と低い声が響く。エルザは通路で待機をし、モートンだけがイーヴィーと共に部屋に入った。
どうやら寝室らしく、ベッド、水差しなどが置いてある小さなサイドテーブル、それから一人用の椅子と小さなテーブルのみ。どうやら眠る前に読書をする習慣があるのか、テーブルにはランプと数冊の本が置いてある。部屋の奥にも扉があり、そちらから彼の部屋なり執務室なりが繋がっているのだろうとイーヴィーは思う。
(これは……同じ竜頭でも、エントランスにいらした騎士達と全然違う……)
ベッドで横たわっているアルロを見て、イーヴィーは息を呑んだ。一目で他の誰とも違う存在であることがわかるほどの、立派な竜頭、立派な体格、そして存在感。顔を覆っている鱗の色は鈍色で赤金色に縁取られている。角のようにも鬣のようにも見えるものが顔から何本か頭の上まで尖り立っているがその色は光沢がない金色に見える。すべてが不思議な色合いで構成された頭部に、赤い瞳。竜らしく前に尖って出ている口元からは牙が見える。
エントランスに居た竜人族の多くは暗くて灰色みがある緑か、それよりもう少し黄色みが強い色、あるいは初めに迎えてくれた土色の三色ぐらいだったと思い出す。だが、アルロはそのどれともまったく違う鱗の色をしている。これが当主の風格なのかと内心驚いた。
体格もがっしりしており、身長も高い気がする。正確にはわからないが、イーヴィーの頭二つ分ほど大きいように思える。これが「魔界の守護者」か……とイーヴィーは唾を飲み込む。
「こちらが当主のアルロ様です」
自分の名を先に紹介するのではなく、アルロを自分に紹介され、イーヴィーは(わたしを賓客扱いしてくださっているんだわ)と気付き、モートンへの礼を欠かぬよう、アルロへ最大限の礼を見せた。
「イーヴィー・ランドレーンと申します。本日よりアルロ様の妻となるため、こちらに参りました」
人間界の公用挨拶として、ドレスをつまみ、膝を曲げてまっすぐ体を落として頭を下げる。すると、アルロは「ほう」と声をあげ
「まったくぶれがない挨拶、素晴らしい体幹をお持ちのようだ。何か運動をなさっているご令嬢か」
と、低い声で問い掛けた。
「特にはございません。ですが、舞を得意としております」
「人間界で貴族達が踊るダンスか」
「いえ。社交界でのダンスではなく、音楽に合わせて好きなように踊る舞でございます」
イーヴィーはそう言うと、その場でくるりと片足の爪先で一回転をして微笑んだ。ほう、とアルロは声をあげてモートンを見る。モートンもまた、驚いたように目をしばたかせた。
「これは重畳。成る程。そのうち見せてもらう機会があれば嬉しく思う。竜人族は戦士の一族であるが、自然を愛し、歌や舞は自然の一つだと捉えており、みな好きなのでな」
「まあ、そうなんですか! それは嬉しいです」
それは初耳だ。嬉しそうにイーヴィーが笑えば、アルロは僅かに目を細めた。
「わたしが動けるようになれば、それぞれの集落で歌や舞で歓迎されることだろう……何分、今は養生が必要な時ゆえ、この状態だ」
「深手を負っていらっしゃるとお聞きしました」
「うむ。あと10日ほど安静にしていれば治る。その程度のものだ」
アルロの声は穏やかだ。これなら、この人たちには打ち明けても良いのではないだろうか、とイーヴィーは腹を括った。
「アルロ様。実は、わたしには舞の他にも特技がありまして」
「特技?」
「治癒のお手伝いが出来ると思うのです。騙されたと思って、少しだけお時間をいただくことは出来ませんか?」
モートンに助けられ、体を起こしたアルロはシャツを脱ぐ。
竜頭は首の途中まで少しずつ鱗が小さくなっていき、その下は浅黒い人間の皮膚と変わりがないようだ。体のあちらこちらは頭よりも柔らかな鱗がそこここを覆っている。腕は肘から下にも上にも鱗に覆われているが、手はまるで手甲を装着しているように指の下で甲側は覆われている。指先や手の平は人間の皮膚が更に厚くなったような固さで、指先は大きく、爪は人間のものに近いけれどやたら大きい。足はわからないが、きっと足もあちこち鱗に覆われているのだろうと思う。
彼の筋肉が鍛え抜かれた人間の戦士でも太刀打ち出来ぬほどのものだと一目でわかるし、腕の太さも相当だ。戦のことも騎士のことも良く知らないイーヴィーが見ても、こんなに強そうな人を見たことがない、と素直に惚れ惚れとする。
胴体に巻かれていた包帯を取れば、立派な胸筋と腹筋を切り裂いた形で、イーヴィーの中指から手首ほどの長さの傷が現れた。
「失礼いたしますね」
イーヴィーはベッドの脇に椅子を持ってきて腰掛け、そっとアルロの傷に手を伸ばし、触れない程度に手の平を向けた。
「わたしの歌よ。己を癒すものの力になれ」
魔法ではない文言。それは宣誓のようなものだ。直後、イーヴィーは瞳を閉じ、人間の公用語でも彼女の国独自の言葉でもない言語で歌いだした。
「!」
あまりにも澄んだその歌声にモートンは驚き、無意識に口をぽかんと開ける。アルロはゆっくりと目を閉じて、彼女の歌に耳を傾けようとした。と、その時。
「む……」
「ご主人様、光が」
小さな光の粒子が、彼女の手を中心にして白い光を放ちながら浮遊をしている。まるで降り注ぐ日光を弾く澄んだ水の輝きのようだとアルロは思う。
(それに、傷に触れぬように、けれど傷の近くに手の平を固定したまま、よくもここまで伸びやかな歌が歌えるものだ……)
僅かではあったが、傷口がふさがっていく。体の細胞がどのように修復をしようとしているかを目の当たりにして、アルロもモートンも瞬きを忘れてそれに見入ってしまう。
時間にしてほんの2分ほど。イーヴィーは歌い終えて、手を引いた。
「ふうー……こんなものでしょうか。声量を抑えたので、ちょっと時間がかかってしまいましたが」
小さく微笑んでから、額にびっしりと滲む汗を拭き取るイーヴィー。
「ご主人様、いかがですか」
「うむ。傷口が浅くなったし、何より痛みが格段に減った。が、これは完全に修復されたわけではないのだな」
「威力も低いですし、制約があって日に一度しか歌えなくて……継続すれば予定よりも早く治られると思います。この感じで続ければ、3、4日で完治なさると思います」
「そうだな。自分でもわかる。ちょうど、重傷と中傷の間を行き来していた感じだったが、一番面倒な状態から抜け出せたようだ。わたしほど傷を負うことに慣れると、それぐらいのこともわかるのでな。イーヴィー嬢、礼を言う」
そう言うとアルロは手を差し出した。握手の風習があるのだろうか? とイーヴィーは自分の手を差し出そうとしたが、その体はぐらりと傾き、椅子から滑り落ちる。
「!?」
「……イーヴィー様!?」
2人の声が耳に届いて、イーヴィーは自分が倒れていることにようやく気付く。それほどまでに一瞬で意識が遠のき、彼女自身状況が理解出来なかったのだ。
(あ、ちょっと、頑張りすぎちゃった……)
アルロとモートンの前で床に倒れると、彼女はそのまま意識を失った。
室内から「入れ」と低い声が響く。エルザは通路で待機をし、モートンだけがイーヴィーと共に部屋に入った。
どうやら寝室らしく、ベッド、水差しなどが置いてある小さなサイドテーブル、それから一人用の椅子と小さなテーブルのみ。どうやら眠る前に読書をする習慣があるのか、テーブルにはランプと数冊の本が置いてある。部屋の奥にも扉があり、そちらから彼の部屋なり執務室なりが繋がっているのだろうとイーヴィーは思う。
(これは……同じ竜頭でも、エントランスにいらした騎士達と全然違う……)
ベッドで横たわっているアルロを見て、イーヴィーは息を呑んだ。一目で他の誰とも違う存在であることがわかるほどの、立派な竜頭、立派な体格、そして存在感。顔を覆っている鱗の色は鈍色で赤金色に縁取られている。角のようにも鬣のようにも見えるものが顔から何本か頭の上まで尖り立っているがその色は光沢がない金色に見える。すべてが不思議な色合いで構成された頭部に、赤い瞳。竜らしく前に尖って出ている口元からは牙が見える。
エントランスに居た竜人族の多くは暗くて灰色みがある緑か、それよりもう少し黄色みが強い色、あるいは初めに迎えてくれた土色の三色ぐらいだったと思い出す。だが、アルロはそのどれともまったく違う鱗の色をしている。これが当主の風格なのかと内心驚いた。
体格もがっしりしており、身長も高い気がする。正確にはわからないが、イーヴィーの頭二つ分ほど大きいように思える。これが「魔界の守護者」か……とイーヴィーは唾を飲み込む。
「こちらが当主のアルロ様です」
自分の名を先に紹介するのではなく、アルロを自分に紹介され、イーヴィーは(わたしを賓客扱いしてくださっているんだわ)と気付き、モートンへの礼を欠かぬよう、アルロへ最大限の礼を見せた。
「イーヴィー・ランドレーンと申します。本日よりアルロ様の妻となるため、こちらに参りました」
人間界の公用挨拶として、ドレスをつまみ、膝を曲げてまっすぐ体を落として頭を下げる。すると、アルロは「ほう」と声をあげ
「まったくぶれがない挨拶、素晴らしい体幹をお持ちのようだ。何か運動をなさっているご令嬢か」
と、低い声で問い掛けた。
「特にはございません。ですが、舞を得意としております」
「人間界で貴族達が踊るダンスか」
「いえ。社交界でのダンスではなく、音楽に合わせて好きなように踊る舞でございます」
イーヴィーはそう言うと、その場でくるりと片足の爪先で一回転をして微笑んだ。ほう、とアルロは声をあげてモートンを見る。モートンもまた、驚いたように目をしばたかせた。
「これは重畳。成る程。そのうち見せてもらう機会があれば嬉しく思う。竜人族は戦士の一族であるが、自然を愛し、歌や舞は自然の一つだと捉えており、みな好きなのでな」
「まあ、そうなんですか! それは嬉しいです」
それは初耳だ。嬉しそうにイーヴィーが笑えば、アルロは僅かに目を細めた。
「わたしが動けるようになれば、それぞれの集落で歌や舞で歓迎されることだろう……何分、今は養生が必要な時ゆえ、この状態だ」
「深手を負っていらっしゃるとお聞きしました」
「うむ。あと10日ほど安静にしていれば治る。その程度のものだ」
アルロの声は穏やかだ。これなら、この人たちには打ち明けても良いのではないだろうか、とイーヴィーは腹を括った。
「アルロ様。実は、わたしには舞の他にも特技がありまして」
「特技?」
「治癒のお手伝いが出来ると思うのです。騙されたと思って、少しだけお時間をいただくことは出来ませんか?」
モートンに助けられ、体を起こしたアルロはシャツを脱ぐ。
竜頭は首の途中まで少しずつ鱗が小さくなっていき、その下は浅黒い人間の皮膚と変わりがないようだ。体のあちらこちらは頭よりも柔らかな鱗がそこここを覆っている。腕は肘から下にも上にも鱗に覆われているが、手はまるで手甲を装着しているように指の下で甲側は覆われている。指先や手の平は人間の皮膚が更に厚くなったような固さで、指先は大きく、爪は人間のものに近いけれどやたら大きい。足はわからないが、きっと足もあちこち鱗に覆われているのだろうと思う。
彼の筋肉が鍛え抜かれた人間の戦士でも太刀打ち出来ぬほどのものだと一目でわかるし、腕の太さも相当だ。戦のことも騎士のことも良く知らないイーヴィーが見ても、こんなに強そうな人を見たことがない、と素直に惚れ惚れとする。
胴体に巻かれていた包帯を取れば、立派な胸筋と腹筋を切り裂いた形で、イーヴィーの中指から手首ほどの長さの傷が現れた。
「失礼いたしますね」
イーヴィーはベッドの脇に椅子を持ってきて腰掛け、そっとアルロの傷に手を伸ばし、触れない程度に手の平を向けた。
「わたしの歌よ。己を癒すものの力になれ」
魔法ではない文言。それは宣誓のようなものだ。直後、イーヴィーは瞳を閉じ、人間の公用語でも彼女の国独自の言葉でもない言語で歌いだした。
「!」
あまりにも澄んだその歌声にモートンは驚き、無意識に口をぽかんと開ける。アルロはゆっくりと目を閉じて、彼女の歌に耳を傾けようとした。と、その時。
「む……」
「ご主人様、光が」
小さな光の粒子が、彼女の手を中心にして白い光を放ちながら浮遊をしている。まるで降り注ぐ日光を弾く澄んだ水の輝きのようだとアルロは思う。
(それに、傷に触れぬように、けれど傷の近くに手の平を固定したまま、よくもここまで伸びやかな歌が歌えるものだ……)
僅かではあったが、傷口がふさがっていく。体の細胞がどのように修復をしようとしているかを目の当たりにして、アルロもモートンも瞬きを忘れてそれに見入ってしまう。
時間にしてほんの2分ほど。イーヴィーは歌い終えて、手を引いた。
「ふうー……こんなものでしょうか。声量を抑えたので、ちょっと時間がかかってしまいましたが」
小さく微笑んでから、額にびっしりと滲む汗を拭き取るイーヴィー。
「ご主人様、いかがですか」
「うむ。傷口が浅くなったし、何より痛みが格段に減った。が、これは完全に修復されたわけではないのだな」
「威力も低いですし、制約があって日に一度しか歌えなくて……継続すれば予定よりも早く治られると思います。この感じで続ければ、3、4日で完治なさると思います」
「そうだな。自分でもわかる。ちょうど、重傷と中傷の間を行き来していた感じだったが、一番面倒な状態から抜け出せたようだ。わたしほど傷を負うことに慣れると、それぐらいのこともわかるのでな。イーヴィー嬢、礼を言う」
そう言うとアルロは手を差し出した。握手の風習があるのだろうか? とイーヴィーは自分の手を差し出そうとしたが、その体はぐらりと傾き、椅子から滑り落ちる。
「!?」
「……イーヴィー様!?」
2人の声が耳に届いて、イーヴィーは自分が倒れていることにようやく気付く。それほどまでに一瞬で意識が遠のき、彼女自身状況が理解出来なかったのだ。
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