褐色の歌姫は竜頭の戦士に恋をする

今泉 香耶

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3.竜人族当主の屋敷に

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 黒一角獣達はそれなりに立派な屋敷前へとゆっくりと着陸していく。到着地は当然ながら、アルロの屋敷だ。ダリルのエスコートで飛び馬車からイーヴィーが降りると、既に迎えの人々がそこには立っていた。土色の竜頭を持つ二人の兵士を後ろに従えて、ぱっと見た印象ではイーヴィーの父親ほどの人型の男性魔族が立っている。

「お迎えご苦労さん。こっちがアルロの嫁さん。アルロによろしくな」

「お連れ下さりありがとうございました。主に伝えておきます」

「ん。そんじゃ、オネーサンよろしくな。もし俺と遊びたくなったら、ってアレだぜ? セックスな。したくなったらアルロにおねだりして呼んでくれや。んじゃ」

 ダリルは気安くイーヴィーの頭を撫でて、手をひらひら振りながら去っていく。飛び馬車の中で待っていたライラにも、絶対に今の言葉は聞こえたはずだ。自分の花嫁の目の前でそんなことを言ってしまうなんて、清清しいクズだ……そうイーヴィーは思ったが勿論口には出さなかった。

 礼儀としてみなでダリルの飛び馬車を見送ってから、魔族の男性はイーヴィーに頭を下げた。

「初めまして。わたくしはこの館の管理をしております、モートンと申します。人間界でいうところの執事というものとお考えいただければ」

「初めまして。イーヴィー・ランドレーンと申します。本日よりアルロ様の妻となるべく、参りました。宜しくお願いいたします」

「イーヴィー様とお呼びすればよろしいでしょうか」

「はい」

 モートンは後ろに控えている竜頭の兵士に視線を投げ

「わたくし共の主であるアルロ様は、わけあって迎えに出ることは出来ませんが、すぐにお会いできます。イーヴィー様は初めてご覧になると思いますが、アルロ様は竜人族の長で、この者達のように竜頭でございます。ですが、見ての通り、鱗はそこここあるものの、人間とさほど変わりがありませんので、ご安心ください」

「お気遣いありがとうございます。皆様もこれからよろしくお願いいたしますね」

 そういってイーヴィーが竜頭の兵士に頭を下げると、兵士達もまた無言であったが頭を下げる。

「それでは、エントランスへどうぞ。館の使用人が集まっておりますので」

 執事モートンに案内され、イーヴィーは館に足を踏み入れた。

 すると、そこには30人程の魔族がずらりと並び、一斉に礼儀正しくイーヴィーに頭を下げる姿が。そのうちの半分は竜頭でアルロと同じ一族なのだとわかる。残り半分は、エルフのようなもの、ダリルと同じく獣人らしき者、一人ジョアンと同じく三つ目が額にある者……多種多様な種族がここには仕えているようだ。あの広間で多くの種族を見たイーヴィーは、もういちいち驚くことはない。

「アルロ様の奥方となられるイーヴィー・ランドレーン様だ。みな、誠心誠意お仕えするように」

「はい!」

 全員の声が重なる。まるで使用人というよりは軍隊の兵士のようだ。イーヴィーは少しばかり驚いたが「宜しくお願いいたします」と言って、どうにか微笑んだ。

「他に館周辺や領地を守っている騎士団等、この館に出入りする者は多いのですが、それはおいおい。竜頭の者は基本騎士団所属で、離れの宿舎に寝泊りをし、ローテーションで館内の警備に勤めています。他の者たちは下働きとしてこの館の奥に寝泊りしております」

 どうやら覚えなければいけなそうな人々が思いのほか多い。そう感じたイーヴィーは素直にモートンに願い出た。

「来て早々情けないことを白状しますが、顔と名前を覚えるのが得意ではありません。せめて、みなさんのお名前の一覧などいただけると嬉しいのですが」

「わかりました。では名前と役職、種族の特徴を書いた一覧を用意させましょう」

「助かります。あの、特に竜の眷属の方々、申し訳ないのですがわたしは皆様のお顔を今拝見しても、お色以外に見分けをつける自信がないのです。覚えるよう努力いたしますが、呼び間違いや勘違いなどの失礼があれば、都度ご指摘いただけると嬉しく思います」

 どうやら騎士の中でも序列があるらしく、1人が「かしこまりました。ここにおらぬ者にもそのようにお伝えいたします」と応える。

「では、みなは持ち場に戻るように。エルザとハンナは共に来なさい」

 竜頭の女性兵士エルザ、そして猫系の獣人であるハンナは気さくに「イーヴィー様とお呼びしますか?」「奥方様がよろしいですか?」と声をかけてくれて、イーヴィーはいくらか気が楽になる。

 最初に案内された彼女のための部屋は、完全に人間の令嬢が住むに相応しい部屋で、なるほどダリルが言っていたように、確かに竜の眷属といわれている人々は人間のことを良く知っているらしい。

「部屋の外にはエルザを中心とした兵士が常に複数人つきます。そして、お部屋のこちらの紐を引いていただければ、女中の詰所のベルが鳴ります。ハンナを中心とした奥様付の女中達は常に誰かは待機しておりますので、ご用命があればお鳴らし下さい……それでは、アルロ様のお部屋に向いましょう」

 ハンナはそこで別れ、エルザとモートンと再び通路を歩いていく。すると、ようやくモートンの口からアルロの状態が語られた。

「今、ご主人様は戦での怪我を負っておりまして」

「ダリル様からお話は聞きました。アルロ様の怪我は……病などではなく怪我なのですね?」

「……?……はい。胴体を深く切られた傷が悪化し、体を起こすことが出来ない状態が続いておりまして」

「まあ」

「当家専属の治癒師が術を施そうにも、アルロ様はもともと魔法に対する耐性が強すぎて、炎や氷の魔法どころか、治癒魔法すら受け付けないのです。治癒力も常人離れしている方なので今まで問題はなかったのですが、今回はドラゴンキラーの性質を持つ武器での痛手を負ったため、治癒に難航しているのです」

 それはとんでもないことだ、とイーヴィーは仰天する。魔法耐性という言葉は人間界でもないわけではないが、ほとんどが伝説の生き物を語る時に使われるだけだ。それが治癒魔法すら受け付けないほどとは、ダリルが言う通りアルロは桁違いに強靭な存在だと十分理解をさせられてしまう。

「もしかしたら、わたしがお役に少しは立てるかもしれません」

「それはどういう……?」

「説明より、見ていただいた方が早いと思います。早く治られるとよいですね」

 モートンとエルザはちらりと目線を交わし、彼らはそれ以上イーヴィーに追求をしなかった。彼らも彼らで彼女を扱い兼ねているだろうが、使用人としての自分達の立場をよく理解している。息苦しくない程度の秩序を感じたイーヴィーは、そのことにも少し安堵をしていた。
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