褐色の歌姫は竜頭の戦士に恋をする

今泉 香耶

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2.竜人族の花嫁

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 残された3人の令嬢の前には、2人の魔族。魔界召集で対象となる高位魔族は、基本的にこの広間に自分で足を運び、花嫁を決めて連れ帰っていく。残った魔族と令嬢の数が合わないということは、ここに来ていない魔族がいるということだ。

 魔族の一人は、体のところどころが黒い毛皮に覆われ、角を持つサテュロス族のダリル。人間界で言えば20代後半ほどの見た目、不ぞろいに伸ばした黒髪に精悍な顔立ちであったがどことなく愛嬌がある人間型魔族だ。そしてもう一人は、額に三つめの瞳を持つガートラ族のジョアン。冷たい印象の美青年で、額の瞳のためアッシュグレイの前髪をわけている。その2人は、まず自分達の嫁を選ぶ前に「あいつの嫁をどれにしよう」と相談を始めた。

「アルロあんまりやる気なさそうだし、上に乗って自分から腰をふってくれそうな女がいいんじゃね? 勃たせとくから勝手に孕めとか酷いこといいそうだし」

「お前が持ってるアルロのイメージ酷すぎないか」

 話を聞けば、この場にいない「アルロ」とは竜人族の当主らしい。竜人族は頭部が竜の顔で、体のあちこちが鱗に覆われているのだという。それだけでも恐ろしい話なのに、上に乗って自分から腰を振る女がいいと言われて、嫁ぎたいと言いだせるわけがない。

 イーヴィーだって、そんなものは嫌だ。どこの誰とも知らない、それも竜頭の男の上に跨って、初めてを自分自身で散らした挙句に腰を振るなんて。どう考えても正気の沙汰ではない。

 だが、彼女と共に残った2人の令嬢を見れば、1人はやたらと体が細く、ドレスも化粧もなんだか似合っていない、見るからに「どんな境遇?」と聞きたくなる令嬢。もう1人は、まっすぐな黒髪ロングヘアにドレスの上から白いローブを羽織っており、もしかしたら令嬢でありつつどこかの神官なのかもしれないという清楚な佇まいの令嬢。

 賭けてもいい。ここに100人呼んで来て、この3人なら誰が「それ」を出来そうに見えるかと問えば、99人、いや、せめて98人、いや、多分97人がイーヴィーを選ぶだろう。他3人の答えは「イーヴィーだと思うけど出来レースで可哀想だから」という、実質100人という結果になるのは目に見えている。

 だから、仕方なく立候補した。とりあえず当分死なないだろうという啓示を信じれば、それぐらいの勇気はなんとか振り絞ることが出来る。

「では、わたしが竜頭の方の嫁になりましょう。本当にあなたがおっしゃる通り、上に乗れと言われれば、お二方には辛すぎましょうし。それに、こちらの世界ではわたしの肌の色はあまり好まれないようですね。わたしを見れば、最後に残ったのも納得なさるでしょう」

 最後の3人に残されてしまった理由は、自分の肌の色だと思っていた。魔族の1人が彼女を見て「黒いな」と呟いて目の前を去ったからだ。他の魔族もそうなのかはわからないが、周囲を見ていれば明らかに自分だけ「値踏みの時間が短すぎる」ことを彼女は気付いていた。
 すると、サテュロスのダリルは軽薄に、楽しそうに煽ってくる。

「へえ、オネーサン、上に乗って腰振っちゃう人なの」

「そうだとは言っていません」

「あっは、怒らない怒らない。んじゃ、俺がアルロのとこまで送ってやっから」

 いつか、このサテュロス呪ってやる。ああ、呪いの歌が歌えると良かったのに。

 徳を積もうと思いつつそんな真逆なことを念じながら、イーヴィーは黒い一角獣がひく馬車に乗せられたのだった。


 結局三つ目のジョアンがやせ細った令嬢を娶ることにして、ダリルとライラ――ローブ姿の令嬢だ――、そしてイーヴィーは空を飛ぶ「飛び馬車」というもので魔界を移動した。黒い一角獣が引くため正確に言うと馬車ではないのだが、便宜上そう呼ぶらしい。

 驚いたことに飛び馬車の窓から見下ろす魔界の景色は、あまり人間界の景色と変わらなかった。全体的に薄暗い印象を受けるが、空があり、町があり、自然があり、国の概念はわからないまでも各々の領地がある様子は見て取れる。おどろおどろしい場所だったらどうしよう、と思っていたため、イーヴィーは胸を撫で下ろした。

「さてさて、オネーサン、アルロの話をしてあげよう」

「助かります」

「あんたがこれから嫁ぐ男は、人間の道理が通じるやつだから安心していい。相当ラッキーだよ」

「そうなんですか」

「うん。ここで一番人間に優しいのは竜の眷属と巨人の眷属だ。どっちも元々は人間界にいたところを当時の魔王様がなんかの貸しを作って移住させたって話でね。根っこのところで魔族のあり方を嫌ってる。特に竜人族は。巨人の眷属は魔族とのハーフだからまだいいけど竜人達はそうじゃない」

 竜頭と聞いていたが、自分が嫁ぐ先は「竜の眷属」あるいは「竜人族」と呼ばれるのか。竜と呼ばれる生き物も彼女にとっては御伽噺や伝説の生き物に思えるので、どうにもまだピンと来ない。

「魔族の中には竜の眷属を嫌うやつらが多い。でも、アルロの一族や巨人族のおかげで、時々魔界の淵に湧いてくる死霊達や塵の巨人達から魔界は守られてるから、俺達には絶対やつらが必要なのよ。やつは魔界の守護者と呼ばれているんだ」

「魔界の守護者……」

 人間界は人間界で独立しつつ、魔界のおめこぼしをもらっている状態だ。魔界召集に応えることで魔族の侵攻を防いでおり、ある意味従属だ。人は人としか戦わない。

 なので、魔界は魔界で他のものと戦っていると考えたことがなかったイーヴィーはその話に驚いた。そして、そんな凄い人の下へ嫁ぐことを立候補したなんて、と考えると「おこがましかったかしら」と少しばかり自分の英断を「やらかし」だと思えてしまう。

「さっきはアルロの上に乗っかってどうの、って下品極まりない話をしたけど、あれは若干のフェイクでさ……今あいつ、すげえ怪我で動けねぇんだと。でも、魔界召集で来た嫁さん達は出来るだけ早いうちにマーキングしないと他の魔族に奪われちまうから、怪我して動けないアルロの精液をオネーサンはさっさと搾り取らなきゃいけないわけ」

「え?」

「言っただろ。魔界の淵に湧いてくるやつらから魔界を守ってくれてるって。ちょっと先日無茶しすぎて、今深手を負っててねえ」

「いえ、そこではなくて……その、えっと、今、非常にわたしとしては口に出しにくい単語が出ましたね? なんといいますか……そのう……」

 そのイーヴィーの言い草がおかしかったのか、声をあげて笑うダリル。

「精液のこと? この魔族の嫁になりました~って証をオネーサンの中に注がないと、他の……たとえば、花嫁と即ハメした挙句、楽しくなっちゃって花嫁殺しちゃうぐらいの魔族らしい魔族がさ、あー、殺しちゃったから他の女余ってねぇかなーって、マーキングされてない花嫁を略奪に来るわけ」

 楽しくなっちゃって花嫁殺しちゃう。そのフレーズはイーヴィーには理解が出来ない。
 だが、ダリルはまるでそれが当たり前のように話を続ける。

「やつの容態が広まると色々と政治的に問題があるからさ、今、あんまりやつのところにそういう単細胞とかが乗り込んでく事態は避けたいんだよねえ。ま、余程の阿呆じゃない限り、魔界の守護者に喧嘩売りにいかないだろうけど、念には念をってやつ」

 そういうプレイが好きな相手なのかもしれない、といくらかの覚悟はしたつもりだったイーヴィーは絶句した。どうも事態は予想以上に深刻で「一刻も早く」ことをなさなければいけないようだ。

「だから、怪我人のちんぽ勃たせて、そこに跨る覚悟がある嫁さんが欲しかったんだ。ジョアンもわかっててひと芝居に付き合ってくれただけ。アルロの容態は、魔王様と俺らだけの秘密だから、俺とあいつが最後に残ったってわけ。オネーサン、頑張ってくれる?」

「頑張るも何も……わたしがそれをしなければ、残虐性が高い他の魔族に略奪される可能性が高いということですよね? それは、わたしの生死にも関わることでしょうし、あなたのお話通りであれば、わたしはアルロ様の妻になることが、ここでの最良ということですし……やるしかないのでしょうね……何かコツとかありますか?」

「コツ!! いやあー、俺もやつのちんぽ事情は知らないしねぇ、体は人間に近いけど、ちんぽもそうだとは限らないじゃん。ちんぽ入れるために跨れと言ったものの跨って入れるタイプのちんぽなのかもわかんねえのよ。あ、俺のは人間とあんま変わらないから安心していいからな」

 彼の妻となるライラは、それにどう反応して良いのかわからず、眉をひそめるだけだ。

「気のせいか……単に卑猥な単語を繰り返されただけでした……」

 その言葉にダリルは手を叩いて「まったくだ!」と笑った。

 こっちは笑いごとじゃないんだけど、と内心イーヴィーは苛立ったが、ここまであけすけに話をしてくれたことには恩義を感じなくもないため黙る。さすがに楽観的な自分でもこれが限界だ、とどうにも苦い顔のまま、飛び馬車に揺られるのだった。
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