身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした

今泉 香耶

文字の大きさ
上 下
35 / 37

本当のプロポーズ(2)

しおりを挟む
「わたし……わたし……」

「うん」

「あなたに、手紙を、書きました」

「手紙?」

 アメリアは震える手で、彼に封書を差し出した。

「あなたに、会いたいと。ずっとお待ちしていますと、書きました……!」

「……受け取っても良いだろうか」

「はい」

 アメリアの頬に、大粒の涙がこぼれる。アウグストは、彼女の手からその手紙を受け取って「ここで読んでも?」と尋ねた。アメリアは、両手で顔を覆って俯き、肩を震わせて「はい」と答える。

 封筒を開ける。2枚の紙に綴られる、たどただしい文字。だが、精一杯、綺麗に見えるようにと頑張っているのだろう、一筆一筆に思いがこもっている文字だった。

(決して、恨みも何もない。自分の悲しみも何も。境遇を一つも漏らさず、ただ、バルツァー家の使用人たちを思いやる言葉。それから)

 わたしへの言葉。手紙の内容はそう多くはない。だが、多くないゆえに、まっすぐに伝わる。

(本当に、わたしに会いたいと。けれど、それは叶わないのだろうから、過ぎ行く日々を数えながら、わたしを思いながら、待っていると。ただそれだけの言葉が)

 どうしてこんなにも胸を熱くするのかとアウグストは驚きつつ「貰っても良いだろうか」とアメリアに尋ねた。勿論、良いに決まっている。こくりと頷く彼女の様子を見れば、更に胸の奥がじんじんと痺れる。彼は、ポケットにその封書をしまうと、すぐに再び腕に力を入れて彼女を抱きしめた。アメリアは「あっ」と小さく声をあげたが、彼になされるがままになっている。

「アウグスト」

「ああ」

「わたし、本当に、嬉しかったんです……」

「何が、だ?」

「あなたや、みなさんに、人間として扱っていただきました。ひと月で、たくさんのことを教えていただきました。ここで、あなたに嫁ぐためにひと月費やした日々の、何倍も、何十倍も、たくさんのものをいただいて……だから……だから、その気持ちをどうしても……伝えたくて……!」

 泣きながら、これまでにないほど早口でアメリアは話す。そんな彼女を見たことがない。堰を切った、と言うがこれがそうなのかと思いながら、アウグストは彼女の髪を何度も撫でた。

「アメリア、戻って来てくれるだろうか……」

「よいのでしょうか?」

「ああ。勿論だ……すまなかった。わたしは本当に君に酷いことをした。だが、ようやく……」

 そう言葉にしようとして、彼ははっと気づいたように腕を離す。それから、その場でゆっくり膝をつき、彼女を下から見上げた。

「アウグスト……! そんな、わたしにそんなことは……っ」

「もう、わたしはすべて知っている。君がここでどんな暮らしをしてきたのか、どんな風に扱われていたのか。そして、どうしてわたしのもとに来たのかも、おそらく。だから、隠さなくてもいい。わたしは君を金で買った男だが、それでも言わせてくれ」

 一体彼が何を言うのかと困惑をしているアメリアに、アウグストは告げた。

「今更で、申し訳ないことは重々承知の上だ……もう婚姻は結ばれていることもわかっている。だが、答えて欲しい。アメリア、君さえよければ、わたしと結婚してくれるだろうか? わたしは、君がいい……!」
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

メイドから家庭教師にジョブチェンジ~特殊能力持ち貧乏伯爵令嬢の話~

Na20
恋愛
ローガン公爵家でメイドとして働いているイリア。今日も洗濯物を干しに行こうと歩いていると茂みからこどもの泣き声が聞こえてきた。なんだかんだでほっとけないイリアによる秘密の特訓が始まるのだった。そしてそれが公爵様にバレてメイドをクビになりそうになったが… ※恋愛要素ほぼないです。続きが書ければ恋愛要素があるはずなので恋愛ジャンルになっています。 ※設定はふんわり、ご都合主義です 小説家になろう様でも掲載しています

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

処理中です...