身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした

今泉 香耶

文字の大きさ
上 下
34 / 37

本当のプロポーズ(1)

しおりを挟む
「執事代理人が残っているとお聞きした。その者にお会いしたい」

 ヒルシュ子爵家前の門兵にそう告げて、アウグストは通してもらう。彼を案内しようとする門兵に「今日は人が足りないのだろうから、良いよ」と言えば、彼らもまた「ありがとうございます。それでは、ここからまっすぐ行ってあの扉をお開けください」と告げる。

「酷い有様だ」

 ヒルシュ子爵家は、門からエントランスの扉までの両側、美しく花が並べられている。が、よく見れば、その奥側にある庭園は、手入れが行き届いていない。表向き「それっぽく」しているだけで、実際は張りぼてというわけだ。

 彼は、後ろを振り返った。門兵たちが自分を見ていないことを確認すると、脇道に逸れる。

(アメリアは、離れにいると報告書にはあった……)

 足取りが早くなる。ヒルシュ子爵家のどこにどう離れがあるのかはぱっと見てわからなかったが、急がなければと思う。小道だったのだろう場所も、雑草が生い茂っており、まったく手が入れられていないことが明らかだ。

 少し歩けば、本館の裏にどんよりとした離れが一つ見えた。きっと、あそこにアメリアがいるのだろう……アウグストは周囲に人がいないかどうか気にしながら、ゆっくり近づいた。

 と。その時。

「……!!」

 侍女の服を着た一人の女性がそちらから歩いて来る姿が見える。本館と行き来している者だろうか。彼は、庭園の、なんとか緑を保っている木の裏に隠れてそちらを見た。彼女が行きすぎてから、離れに行こう。そう思った時……

「アメリア……!?」

「!」

 まさか。その侍女の服に身を包んだ者が、アメリアだなんて。アウグストは驚いてぽかんと口を大きく開けた。そしてまた、アメリアもまた、驚いて「えっ」と言ってから、がくりと膝をその場で付く。

「アウグスト……!?」

「アメリア。アメリアだな?」

「はい……はい……っ」

 彼は、彼女に手を伸ばした。アメリアはおずおずとその手に手を重ねた。ぐいと彼女の体を起こして、アウグストは顔を覗き込んでいった。

「アメリア。君を、抱きしめても、いいだろうか」

「えっ、え……」

 突然の言葉に面食らったように、アメリアは声がうまく出ない。が、間違いなく彼女はこくりと頷いた。アウグストは、それまで彼女を抱いたことが一度たりとなかった両腕で、細い体を強く抱きしめた。

「すまなかった……本当に、すまなかった……こんなことを言うなんて、と腹を立てられるのは承知の上で言わせてくれ……君に……会いたかった……!」

 彼女のか細い体は、それでもぬくもりを彼に伝える。ああ、温かい。温かいのに、こんなに小さくて、こんなに細くて、折れてしまいそうだ。もっと優しくしてやりたい。だが、それが自分にはうまく出来ない。ぐるぐるとアウグストの脳にあれこれとあてどもないことが浮かんでは消え、浮かんでは消える。だが、それらをどうでもよい、と脳の隅に追いやるように、ただただ、彼は「もう離したくない」と強く願う。

「アウグスト……少し、少し、苦しい、です」

 か細い声に慌てて少しだけ力を緩める。自分の腕の中で見上げる彼女を見れば、見る見るうちに瞳に涙をあふれさせていく。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

メイドから家庭教師にジョブチェンジ~特殊能力持ち貧乏伯爵令嬢の話~

Na20
恋愛
ローガン公爵家でメイドとして働いているイリア。今日も洗濯物を干しに行こうと歩いていると茂みからこどもの泣き声が聞こえてきた。なんだかんだでほっとけないイリアによる秘密の特訓が始まるのだった。そしてそれが公爵様にバレてメイドをクビになりそうになったが… ※恋愛要素ほぼないです。続きが書ければ恋愛要素があるはずなので恋愛ジャンルになっています。 ※設定はふんわり、ご都合主義です 小説家になろう様でも掲載しています

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

夫の書斎から渡されなかった恋文を見つけた話

束原ミヤコ
恋愛
フリージアはある日、夫であるエルバ公爵クライヴの書斎の机から、渡されなかった恋文を見つけた。 クライヴには想い人がいるという噂があった。 それは、隣国に嫁いだ姫サフィアである。 晩餐会で親し気に話す二人の様子を見たフリージアは、妻でいることが耐えられなくなり離縁してもらうことを決めるが――。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

処理中です...