身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした

今泉 香耶

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お披露目会(1)

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(よかった……今日は調子が悪くないわ……)

 この日だけは、昼寝も出来なければ、途中で体調を崩してはいけないと、少し前からアメリアは調整をしていた。婚姻式を行うのは午後なので、ここ数日の目覚めを少し遅くした。それが功を奏して、今日の彼女は案外と元気だった。

 仕立てあがったドレスは、彼女の白い肌に映える柔らかな薄いピンクのドレスだった。肩や腕が露わになるそれは、胸元から二の腕までぐるりとピンクの薔薇の形に塗った立体的なものを一列に並べており、少し貧相な鎖骨や背、そして二の腕をそうは見せずに華やかに飾っていた。

 細い腰にはリボンが後ろで結ばれ、ふわりと大きく広がるスカート部分は薄い布が何重にも重なり、それ自体が花びらのようだった。そして、裾には別注の美しいレースが広がる。

 髪を後ろの高い位置でまとめ、宝石がついたピンをいくつも差し込み、化粧は柔らかな色合いで優しい表情を彩る。そして、靴は白い靴にピンクのリボンがついており、ドレスによくあった。

「さ、これで完成ですよ」

 リーゼが豪奢な宝石がついたネックレスをつける。姿見で自分の姿を上から下まで眺めて、アメリアは「素敵……」と、ため息と共に感嘆の声をあげる。

「それでは、今から侯爵様の執務室に向かいます」

 婚姻式は簡単にアウグストの執務室で書類にサインをするだけのものだ。そう大した「儀式」めいたものを彼は嫌っていたし、あまり時間が長いとアメリアの負担になるとも考えたようだった。

 リーゼが差し出す手に、白いグローブで包んだ手を乗せてアメリアは歩く。やがて、執務室前で、既に準備を終えていたアウグストが待っている姿が見えた。

「あ……」

 彼は、白いシャツの上に銀糸でふんだんに刺繍が入った白いウエストコートを着ており、銀糸の刺繍が全面に入ったタイをしている。その上に羽織ったワインレッドのジャケットは前開きになっていて、縁にぐるりと豪奢な刺繍が入っており、同じくカフスにも刺繍が施されている。黒いトラウザーズの裾を黒のブーツに入れ、そのブーツの縁も銀糸で刺繍がされている。

 そして、黒髪は綺麗に後ろに流しており、彼の精悍な顔立ちが映える。素直にアメリアは「なんてかっこいいんだろう」と思い、言葉が出なくなった。自分はこの男性の妻に今からなるのだと思えば、なんだか気持ちが昂る。それは、ここに嫁ぎに来た日からは考えられない心の変化だと彼女は感じた。

「こちらへ」

 彼はぴくりと眉を動かし、それから手を差し出した。リーゼに預けていた手を、彼の大きな手の上に乗せるアメリア。すると、彼はアメリアをじっと見た後で目を逸らし、いささか言いにくそうに口にする。

「思った以上に……その……」

「え?」

「美しいな」

「!」

 思いもよらぬ言葉が彼の口から出て、アメリアは動揺をした。自分はカミラのようの華やかさがないことをアメリアは知っている。だが、彼がそう言ってくれただけで本当に彼女は嬉しくなった。自分がここ一か月、二か月どうにか食事をしなければと頑張ったことは無駄ではなかったのだと思う。そんな彼女は頬を紅潮させ「アウグストも……素敵です……」と答えることが精一杯だった。

 2人が執務室に入ると、そこにはディルクと他に立会人が2人いた。その立会人が差し出した書類に目を通して、2人は2枚にサインをする。たったそれだけのことで自分たちは結婚をしてしまうのかと思うが、それを断る理由もない。彼女は素直に自分の名前をサインした。そしてまた、アウグストも。

 サインをする彼の手を見て、アメリアは「なんて大きな手で、なんて美しい字を書くのかしら」と思う。自分よりも彼の方が「貴族らしい」と彼女は信じていたので、少しだけ自分の文字を恥ずかしく思う。だが、今は自分の名をただ丁寧に書くことに集中するだけだった。

「それでは、これでお二方は夫婦となりました。こちらは王城の貴族名鑑用に提出をいたします。また、こちらはバルツァー侯爵家にて保管をいたします。これにて、婚姻式は終了です」

 簡素なやりとり。ただのサインだけだったが、それでもアメリアにとっては緊張と歓喜が交互に来て、あまりにも心の中が忙しい。どうしてよいかわからず、彼女は目を軽く伏せた。が、その顔をアウグストが覗き込む。

「疲れていないか」

「あっ、はい、大丈夫です」

「半刻後、お披露目会を始める。始まれば、一時間半はそこから抜けられなくなるだろう。今のうちに、少し何か腹に入れておくと良い」

 彼はそう言ってくれるが、どうにもアメリアは食欲がわかない。が、その気持ちは嬉しかったので、かすかに微笑んで「はい」と答えた。何故なら、今までならば彼は自分の方も見ずに用件だけを言ってその場を去っていたからだ。だから、たったそれだけの言葉でも、彼女は「ああ、幸せだわ」と胸にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じた。
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