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近づく2人(1)
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その日から毎日、アウグストは庭園にいるアメリアとほんの少しだけ言葉を交わして「ただいま」と「おやすみ」を返すようになった。縮まった距離はそれだけで、他に何が変わったわけでもない。ただ、彼は時々「今日は何をしていた?」とアメリアに尋ね、アメリアはそれに返事をする。それだけのことだった。それから、肩にショールをかけている日、かけていない日があり、彼女が気温差に敏感なのだということも理解をした。
アウグストは以前よりは注意深く彼女を見るようになった。本当に少しずつ肉がついていき、僅かに彼女の体がふくよかに――それは相対的な話であり十分すぎるほど細いままではあった――なっていることに気付いた。それから、ほんの少しずつではあるが、自分と話すことに彼女が慣れて来たことにも気付く。
ディルクとリーゼに尋ねたが、彼女が笑みを見せることはほとんどないのだと聞いた。そう思えば、あの日微笑んでくれた彼女の表情を思い出してなんとなく嬉しい。やがて、その場を離れようとする彼に「おやすみなさい」と告げる彼女が、かすかに微笑んでいることにも気付いて、彼は何故かそれに満足をした。
一方、アメリアはアウグストの顔を見て「今日は少しお疲れのようだわ」とか「今日はまだお元気のようね」と判断が出来るようになった。それに、彼が素っ気ない時でも、実はほとんどが仕事のやり過ぎだと薄々わかってきた。それに、彼の気分のむらはいくらかあったが、以前のように苛立ちを彼女にぶつけることをしなくなったのは確かだった。
だからといって彼女には何も出来ないため「今日はごゆっくりお休みくださいね」と声をかけることが精一杯だが、それを聞いた彼が「ああ」と返してくれるようになり、なんだかそれだけでアメリアの胸はいっぱいになる。
時折、アウグストが昼のうちに戻って来て、アメリアと夕食を共にすることも増えた。彼女は、自分が食べられないことが「口に合わない」せいではないとなんとか伝えようとした。そして、そんな彼女にアウグストは「食べられるものを食べられるだけでいい。だが、良いシェフを雇っているので、少しでも多くの種類は食べて欲しい」と告げた。
「あの、本当に美味しいので……もう少しだけ、少ない量で出していただけますと……」
初めて、彼女がアウグストへ要望を口にした。それに対してアウグストは給仕の者に
「そう伝えてくれ。すべて、今の半分でいい」
と伝えた。それまでのアメリアは、一皿を食べ終わるのが精一杯で、スープやサラダを食べて「もういらない」と言っていたが、どれも少量出されることで少しずついろんなものを口にすることが出来た。
アメリアは、過去から今までの人生で食べたことがないものを沢山口にした。だが、それを「そうだ」と彼女はいうことが出来ず、ただ、なんてこの世には美味しいものがあるのだろうかと日々驚き続ける。
勿論、食べ方がわからないものもあった。けれど、それは「ヒルシュ子爵の領地ではそれがないのだ」と言うことで、アウグストも使用人も気にせず食べ方を教える。最初は警戒をしていたアメリアだったが、徐々に人々の好意を素直に受け入れることも出来るようになり、また、それを素直にありがたいと心の中で反芻をする。そうやって、少しずつ少しずつ、彼らは「共に生きる」ことに慣れていった。
ある時、初めて最後のデザートに辿り着くことが出来たため、それを知ったディルクやリーゼは「お祝いをしましょう!」ととんでもないことを言い出した。アウグストはそれを「馬鹿げている」と言ったが、翌日になれば、アメリアは一食も食べられなかったので、それをディルクに聞いて更に「まったく本当に馬鹿げているな」と声を出して笑った。勿論、アメリアはそれを知らなかったが
アウグストは以前よりは注意深く彼女を見るようになった。本当に少しずつ肉がついていき、僅かに彼女の体がふくよかに――それは相対的な話であり十分すぎるほど細いままではあった――なっていることに気付いた。それから、ほんの少しずつではあるが、自分と話すことに彼女が慣れて来たことにも気付く。
ディルクとリーゼに尋ねたが、彼女が笑みを見せることはほとんどないのだと聞いた。そう思えば、あの日微笑んでくれた彼女の表情を思い出してなんとなく嬉しい。やがて、その場を離れようとする彼に「おやすみなさい」と告げる彼女が、かすかに微笑んでいることにも気付いて、彼は何故かそれに満足をした。
一方、アメリアはアウグストの顔を見て「今日は少しお疲れのようだわ」とか「今日はまだお元気のようね」と判断が出来るようになった。それに、彼が素っ気ない時でも、実はほとんどが仕事のやり過ぎだと薄々わかってきた。それに、彼の気分のむらはいくらかあったが、以前のように苛立ちを彼女にぶつけることをしなくなったのは確かだった。
だからといって彼女には何も出来ないため「今日はごゆっくりお休みくださいね」と声をかけることが精一杯だが、それを聞いた彼が「ああ」と返してくれるようになり、なんだかそれだけでアメリアの胸はいっぱいになる。
時折、アウグストが昼のうちに戻って来て、アメリアと夕食を共にすることも増えた。彼女は、自分が食べられないことが「口に合わない」せいではないとなんとか伝えようとした。そして、そんな彼女にアウグストは「食べられるものを食べられるだけでいい。だが、良いシェフを雇っているので、少しでも多くの種類は食べて欲しい」と告げた。
「あの、本当に美味しいので……もう少しだけ、少ない量で出していただけますと……」
初めて、彼女がアウグストへ要望を口にした。それに対してアウグストは給仕の者に
「そう伝えてくれ。すべて、今の半分でいい」
と伝えた。それまでのアメリアは、一皿を食べ終わるのが精一杯で、スープやサラダを食べて「もういらない」と言っていたが、どれも少量出されることで少しずついろんなものを口にすることが出来た。
アメリアは、過去から今までの人生で食べたことがないものを沢山口にした。だが、それを「そうだ」と彼女はいうことが出来ず、ただ、なんてこの世には美味しいものがあるのだろうかと日々驚き続ける。
勿論、食べ方がわからないものもあった。けれど、それは「ヒルシュ子爵の領地ではそれがないのだ」と言うことで、アウグストも使用人も気にせず食べ方を教える。最初は警戒をしていたアメリアだったが、徐々に人々の好意を素直に受け入れることも出来るようになり、また、それを素直にありがたいと心の中で反芻をする。そうやって、少しずつ少しずつ、彼らは「共に生きる」ことに慣れていった。
ある時、初めて最後のデザートに辿り着くことが出来たため、それを知ったディルクやリーゼは「お祝いをしましょう!」ととんでもないことを言い出した。アウグストはそれを「馬鹿げている」と言ったが、翌日になれば、アメリアは一食も食べられなかったので、それをディルクに聞いて更に「まったく本当に馬鹿げているな」と声を出して笑った。勿論、アメリアはそれを知らなかったが
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