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アウグストの過去
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そもそも、アウグストはアメリアだけを邪険にしているわけではない。彼は、借金を返してからおよそ一年後、財が増えたおかげで多くの女性たちが彼の肩書きや財力を求めて近寄って来たことに辟易していた。だからこそ、誰が来ても彼は比較的女性を邪険に扱った。中には、取引先のご令嬢として丁重に扱わなければいけない相手もいたが、逆を言えばそのような取引先とは疎遠になっても良いと彼には思えたし、それは間違いではなかった。
そんな中、彼にも信じられる女性が現れた。その女性は、彼の肩書きやら何やらを知らず、ただ、町中でたまたま会っただけの相手だった……と、彼は思っていた。
彼は自分の素性を彼女に明かさず、ただ、町で出会っただけの関係、挨拶だけをする間柄から少しずつ距離を縮めて行った。彼女は高級食材店の店員で、彼はただ「時々顔を出す常連」だった。
彼は、彼が卸している商品が正しい形で流通されているのかを調査するため、名を偽ってその店を訪れていた。だから、彼女が自分がどこの誰なのかを知らないだろうと思っていたし、彼女もまた「そう」である振りをして彼に接していた。
だが、その店の主人は彼の顔を知っており、彼女はその主人の娘だった。店の主人はアウグストが訪れたその日からずっと、自分の娘に「あの男を落とせ」と言い続け、そして娘は猫を被って彼に近づいた。何も知らない振りをして、ただの常連客に接する振りをして、笑顔で「いつもありがとうございます」と彼に挨拶をした。時間はそれなりにかかったものの、貴族令嬢たちからの求婚に疲れていたアウグストは、まんまと彼女に絆された。
「そろそろ彼女に求婚をしよう」
そう考え、彼は10日後の彼女の誕生日にリングを渡そうと決めた。サイズはとっくに聞いていたし、彼女が好きなモチーフも聞いていた。今思えば、そう簡単にリングのサイズやら好きなモチーフを教えていたこと自体が怪しいのだが、当時の彼は少し舞い上がっていたのだ。
そんな彼が、店の主人と彼女の会話を聞いたのは、本当に偶然だった。彼女の誕生日の3日前。閉店した店の前を通りがかったアウグストは、閉店と共に消すはずの、店の外灯が灯っていることに気付いた。それを、自分が勝手に消すのはよろしくないだろうと、遅い時刻だったが店の入り口をノックした。
返事はなかったが、鍵はかかっていなかった。彼は「失礼する」と告げて店の中に入った。どうやら奥の部屋でバタバタと商品を出し入れして、棚卸でもしながら会話をしているようだったので、そちらに向かった。
ただ、外の明かりが点いているが、消しても良いならば自分が消そう。それだけを尋ねに向かった彼は、そこでとんでもない会話を聞いてしまう。
「いいぞ。この調子であのバルツァー侯爵を落として、結婚に持ち込むんだ。あそこと縁が出来れば、この店ももっと繁盛するぞぉ~」
「勿論よ。わたしの誕生日に、きっとプロポーズしてくれると思うわ。たかーーーいリングを買ってくれると思うのよ!」
「そうだな。それまで、お前はあの人が侯爵であることに気付いていない振りを続けろよ」
「ええ。『お金はそこそこあると思っていましたが、そんなすごい人だったなんて!』……こんな感じで驚けばいいかしら?」
そう彼女が言うと、父親は大きな声で笑った。それから「お前は女優になれるな」と言い、彼女は「わたしもそう思うわ」と返し、2人でまた大きく笑いながら店の商品をガチャガチャと出し入れして棚卸を続けた。
アウグストは、その会話を聞いてすっかり肩を落とし、そのまま静かに店を出た。それから、彼女がいるその店には一度も顔を出さなくなったし、その店に自分が扱った商品も卸さなくなった。その商品を担当している者には「あそこの売り上げは結構あるんですが」と文句を言われたが、すべてを引き上げさせた。当然、主からも文句が出たらしいが「こちらの一方的な都合で」と完全に断るようにした。
彼らは「アウグストがバルツァー侯爵であることを知らない」はずなので、それ以降どうにも出来ずに困った末、彼女をバルツァー侯爵家の前に「たまたま通りがかった」風を装い、アウグストと遭遇をさせた。だが、アウグストは何を言われても
「自分は君を知らない。他人の空似だろう」
と言い張って、彼女との縁を切った。そして、それ以来彼は女性をほぼ信用せずに生きて来たのだ。
だから、そんな彼がカミラを選んだこと、そしてアメリアを邪険にしていること。それらはある意味仕方がない。カミラが彼ではなくギンスター伯爵子息を選んだことについて、彼はいくらか怒ったものの「だが、お互い様か」と飲み込んだ。彼には、自分がカミラ、あるいはヒルシュ子爵と同じことをやっている自覚があったからだ。
そんな中、彼にも信じられる女性が現れた。その女性は、彼の肩書きやら何やらを知らず、ただ、町中でたまたま会っただけの相手だった……と、彼は思っていた。
彼は自分の素性を彼女に明かさず、ただ、町で出会っただけの関係、挨拶だけをする間柄から少しずつ距離を縮めて行った。彼女は高級食材店の店員で、彼はただ「時々顔を出す常連」だった。
彼は、彼が卸している商品が正しい形で流通されているのかを調査するため、名を偽ってその店を訪れていた。だから、彼女が自分がどこの誰なのかを知らないだろうと思っていたし、彼女もまた「そう」である振りをして彼に接していた。
だが、その店の主人は彼の顔を知っており、彼女はその主人の娘だった。店の主人はアウグストが訪れたその日からずっと、自分の娘に「あの男を落とせ」と言い続け、そして娘は猫を被って彼に近づいた。何も知らない振りをして、ただの常連客に接する振りをして、笑顔で「いつもありがとうございます」と彼に挨拶をした。時間はそれなりにかかったものの、貴族令嬢たちからの求婚に疲れていたアウグストは、まんまと彼女に絆された。
「そろそろ彼女に求婚をしよう」
そう考え、彼は10日後の彼女の誕生日にリングを渡そうと決めた。サイズはとっくに聞いていたし、彼女が好きなモチーフも聞いていた。今思えば、そう簡単にリングのサイズやら好きなモチーフを教えていたこと自体が怪しいのだが、当時の彼は少し舞い上がっていたのだ。
そんな彼が、店の主人と彼女の会話を聞いたのは、本当に偶然だった。彼女の誕生日の3日前。閉店した店の前を通りがかったアウグストは、閉店と共に消すはずの、店の外灯が灯っていることに気付いた。それを、自分が勝手に消すのはよろしくないだろうと、遅い時刻だったが店の入り口をノックした。
返事はなかったが、鍵はかかっていなかった。彼は「失礼する」と告げて店の中に入った。どうやら奥の部屋でバタバタと商品を出し入れして、棚卸でもしながら会話をしているようだったので、そちらに向かった。
ただ、外の明かりが点いているが、消しても良いならば自分が消そう。それだけを尋ねに向かった彼は、そこでとんでもない会話を聞いてしまう。
「いいぞ。この調子であのバルツァー侯爵を落として、結婚に持ち込むんだ。あそこと縁が出来れば、この店ももっと繁盛するぞぉ~」
「勿論よ。わたしの誕生日に、きっとプロポーズしてくれると思うわ。たかーーーいリングを買ってくれると思うのよ!」
「そうだな。それまで、お前はあの人が侯爵であることに気付いていない振りを続けろよ」
「ええ。『お金はそこそこあると思っていましたが、そんなすごい人だったなんて!』……こんな感じで驚けばいいかしら?」
そう彼女が言うと、父親は大きな声で笑った。それから「お前は女優になれるな」と言い、彼女は「わたしもそう思うわ」と返し、2人でまた大きく笑いながら店の商品をガチャガチャと出し入れして棚卸を続けた。
アウグストは、その会話を聞いてすっかり肩を落とし、そのまま静かに店を出た。それから、彼女がいるその店には一度も顔を出さなくなったし、その店に自分が扱った商品も卸さなくなった。その商品を担当している者には「あそこの売り上げは結構あるんですが」と文句を言われたが、すべてを引き上げさせた。当然、主からも文句が出たらしいが「こちらの一方的な都合で」と完全に断るようにした。
彼らは「アウグストがバルツァー侯爵であることを知らない」はずなので、それ以降どうにも出来ずに困った末、彼女をバルツァー侯爵家の前に「たまたま通りがかった」風を装い、アウグストと遭遇をさせた。だが、アウグストは何を言われても
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だから、そんな彼がカミラを選んだこと、そしてアメリアを邪険にしていること。それらはある意味仕方がない。カミラが彼ではなくギンスター伯爵子息を選んだことについて、彼はいくらか怒ったものの「だが、お互い様か」と飲み込んだ。彼には、自分がカミラ、あるいはヒルシュ子爵と同じことをやっている自覚があったからだ。
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