身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした

今泉 香耶

文字の大きさ
上 下
12 / 37

夜の逢瀬(1)

しおりを挟む
 困ったことに、アメリアは町に出て買いものをするだけで少しくたびれてしまった。そのせいで、帰宅をしたらすぐ眠ってしまい、夕食を食べそびれる。だが、彼女は夕食を食べないぐらいはいつものこと。一日スープ一杯とパン一つで過ごす日々だったのだし、なんともない。

「ああ、夜になってしまった……」

 一応眠る前に室内着には着替えていたが、見れば寝間着が別に用意されている。リーゼが気を利かせてくれたのだろう。が、それに着替える前に、少し歩こうと彼女は部屋をするりと抜け出す

 バルツァー侯爵は、無駄を嫌う。よって、夜は外回りの警備はそれなりに人数を割いても、邸宅の内側はみな眠りについている。彼が持つ財のほとんどは別の場所に置いてあったし、それらは毎月の巡回でチェックをする徹底ぶり。よって、この本邸には多くの人件費を割かずにすんでいた。

 誰もいない邸宅内を、アメリアは静かに歩く。彼女はもともと、ヒルシュ子爵邸で昼間に出歩くことを禁じられていた――侍女の格好で離れの中で働くことは許されていたが、人目に触れないように――ため、夜、そっと外に出ることが多かった。

 バルツァー侯爵邸には庭園があり、渡り廊下から降りられるようになっていた。彼女はそこに向かった。

「ああ……夜の空気だわ……」

 この一か月、丸一日色々なマナーやら何やらの勉強を詰め込まれ、夜はすぐに眠りについていた。しかし、それ以前はこうやって外に出て、夜の空気を胸いっぱい吸い込むこと。それが、彼女にとっての生きる糧にもなっていた。

 夜は良い。静かで、誰の声もせず、ただ月明かりや星明りに照らされて、耳をすませば時々夜鳴く鳥の声が聞こえる。自分を馬鹿にする者も虐げる者もいない。その者たちが眠りについている時間だけ、彼女は安心をして息を吸えるような気がしたのだ。

「……あっ……?」

 かつん、かつん、と人が歩く音に気付いて、アメリアは身を竦めた。こんな時間に誰だろう。庭園にいることを怒られないだろうか。ぐるぐるとそう考えたが、どこかに隠れる暇もなく、その人物が現れる。

「うん? 誰だ。そこにいるのは」

「あっ、あの……」

「君か」

 そこには、アウグストの姿があった。どうやら彼は今帰って来たばかりのようで、外套を着ている。そういえば、渡り廊下を渡った先に彼の私室があったことに気付くアメリア。

(そうだ。執務室はエントランスに近いところにあったけれど……)

 婚姻を結ぶ間柄なのに、アメリアが使っている部屋と彼が使っている部屋は遠い。だが、きっとそれは彼が一人の時は休みたいと思っているのだろう……そう思っていた。

「はい。あの……お帰りなさいませ……」

 立ち止まったアウグストの元に、少しだけ近づいてアメリアはそう言った。彼はそれに特に何も返さず

「何故ここに」

「夜の……夜の庭園が、好きなので……」

「そうか。風邪には気をつけろ。お披露目会で倒れたら目も当てられん」

 そう言ってアウグストはその場から離れる。アメリアは「あっ……」と小さく声を出したが、彼は気にせず去っていった。

「おやすみなさい……」

 小さく呟いたその声は、彼に届いていなかった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

メイドから家庭教師にジョブチェンジ~特殊能力持ち貧乏伯爵令嬢の話~

Na20
恋愛
ローガン公爵家でメイドとして働いているイリア。今日も洗濯物を干しに行こうと歩いていると茂みからこどもの泣き声が聞こえてきた。なんだかんだでほっとけないイリアによる秘密の特訓が始まるのだった。そしてそれが公爵様にバレてメイドをクビになりそうになったが… ※恋愛要素ほぼないです。続きが書ければ恋愛要素があるはずなので恋愛ジャンルになっています。 ※設定はふんわり、ご都合主義です 小説家になろう様でも掲載しています

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

処理中です...