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バルツァー侯爵家(2)
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部屋に案内されたが、その一室はあまりに豪奢で、アメリアは腰を抜かしそうになった。だが、きっとカミラならば大喜びするだろうな……そう思いつつ、彼女は小さくため息をつく。
「何かお気に召さないことでもございますか……?」
そのため息をリーゼに聞かれてしまい、ハッとなるアメリア。
「いえ、いいえ。そうではないのです。このような素晴らしいお部屋に、その、一晩お世話になるのだとしても、その……」
「一晩? この先もこのお部屋はアメリア様のものでございますが……?」
「は、はい……」
わたしは、もしかしたら明日には追い出されてしまうかも……とは言えず、口ごもるアメリア。駄目だ。そんな弱気では。自分はどうにかここでバルツァー侯爵に気に入ってもらわなければいけないのに……そう思うが、どこかでそれを無理だと思う。
リーゼは「クローゼットに参りましょう」と言って、彼女を案内する。部屋を出て、更に2つ隣の扉を開けば、そこは大量のドレスや靴が並ぶクローゼットになっていた。部屋そのものがそんなものになっているなんて、と驚き固まるアメリア。
「バルツァー侯爵家では、お部屋にあるクローゼットに三日分の衣類を置いて、日々ご自身で着用していただいております。元になるクローゼットはここになります。ですが、これはバルツァー侯爵のご意向ですので、アメリア様に関してはご自由にとのことです。日々ここからわたしが選んでお持ちすることも出来ますし、勿論アメリア様がご自由にここでお選びになっても構いません」
「はい……」
「アメリア様のドレスのサイズがわかりませんでしたので、3つのサイズをご用意しておりました。見たところ、一番小さいサイズで良さそうですね。明日用にお好きな雰囲気のものもお選びいただいて、今から何着かお部屋にお持ちになっても構いません」
「そう、ですか……」
すっかり困惑したが、今自分が着用しているドレスは2日連続で着ているため、明日は着替えたいと思う。申し訳ないと思いつつ、アメリアは比較的簡素でシンプルな水色のドレスを「明日用」に選んだ。それを元にリーゼは更にドレスを2着ほど、それから室内着を選び、他の侍女に部屋へと運ばせる。
アメリアは一旦室内着に着替えさせられた。残念ながらドレスも室内着も、彼女の体には少し大きい。細い腕は二の腕の袖口を余らせてしまうし、腰も、胸も、ゆとりがありすぎた。しかし、一番小さいサイズで用意されたせいで、少し丈は短い。アメリアは「少しは肉がついたと思っていたが、まだまだ自分は貧相なのだ」と溜息をついた。
とはいえ、ひとまず髪も下ろしてゆっくり休めることになった。今日はバルツァー侯爵が不在なので、部屋に食事を運ぶと言って、リーゼは出て行った。おかげで、一旦アメリアは1人になった。ようやくほっと一息ついて、ソファに体を横たえた。あまりの疲労に、怖いだとか申し訳ないだとかいうよりも「疲れた」という言葉が口から出る。
「ああ……明日……怒られてしまうのでしょうね……ここからまた、馬車に乗って帰ることになるのかしら……いえ……帰るなんて出来ないわ……」
ぽつりと呟いて瞳を閉じる。大丈夫。怒られることは慣れている。バルツァー侯爵に怒られるのは、覚悟の上だ。しかし、このままヒルシュ子爵邸に戻れば、どれほど怒られることだろうか。
そもそも、既にバルツァー侯爵からの結納金はヒルシュ子爵家に届いている。自分が帰るとなればそれをきっとバルツァー侯爵家に戻すことになるだろう。そんなことになったら、父親にどれだけ怒られるか。けれど、彼女にはどうにも出来ないのだ。
「なんとか、なったかしら。ここまで……たった一か月で習ったことを、なんとか……」
少しでも、バルツァー侯爵に気に入ってもらえと言われ、この一か月で多くのことを朝から晩まで叩き込まれた。それまでの生活と一変して、彼女は夜になると泥のように眠り、朝が来てはまたマナー講師やら何やらに多くのことを詰め込まれ、そうして怒涛のように一か月が過ぎて今日だ。
(わたしがどのように扱われていたかを……黙っているように言われたけれど)
父であるヒルシュ子爵には、口酸っぱくそれを言われていた。既に結納金を貰っている以上、何があっても結婚をしなければいけない。そして、ヒルシュ子爵家で彼女がどのように扱われていたのかを話したら最後、きっと彼は「そんな者を金目当てで寄越して」と怒って、結納金の返済を迫られるだろう。だから、それは決して言うな……。
確かにそれはそうなのだ。もし、アメリアが自分の境遇を話したとしても、だからといってバルツァー侯爵が「助けてやろう」と言うだろうか。そんなことはきっとない。だから、自分はなんとかこの一か月で身に着けたことだけで、どうにかカミラの役目を果たさなければいけないのだ……そう考えると、とんでもなく気が重い。
「疲れたわ……」
体から疲労が抜けないところに、この長旅だ。彼女はソファに座ったまま、すとんと眠りについた。もう、くたくたで限界だったのだ。
「何かお気に召さないことでもございますか……?」
そのため息をリーゼに聞かれてしまい、ハッとなるアメリア。
「いえ、いいえ。そうではないのです。このような素晴らしいお部屋に、その、一晩お世話になるのだとしても、その……」
「一晩? この先もこのお部屋はアメリア様のものでございますが……?」
「は、はい……」
わたしは、もしかしたら明日には追い出されてしまうかも……とは言えず、口ごもるアメリア。駄目だ。そんな弱気では。自分はどうにかここでバルツァー侯爵に気に入ってもらわなければいけないのに……そう思うが、どこかでそれを無理だと思う。
リーゼは「クローゼットに参りましょう」と言って、彼女を案内する。部屋を出て、更に2つ隣の扉を開けば、そこは大量のドレスや靴が並ぶクローゼットになっていた。部屋そのものがそんなものになっているなんて、と驚き固まるアメリア。
「バルツァー侯爵家では、お部屋にあるクローゼットに三日分の衣類を置いて、日々ご自身で着用していただいております。元になるクローゼットはここになります。ですが、これはバルツァー侯爵のご意向ですので、アメリア様に関してはご自由にとのことです。日々ここからわたしが選んでお持ちすることも出来ますし、勿論アメリア様がご自由にここでお選びになっても構いません」
「はい……」
「アメリア様のドレスのサイズがわかりませんでしたので、3つのサイズをご用意しておりました。見たところ、一番小さいサイズで良さそうですね。明日用にお好きな雰囲気のものもお選びいただいて、今から何着かお部屋にお持ちになっても構いません」
「そう、ですか……」
すっかり困惑したが、今自分が着用しているドレスは2日連続で着ているため、明日は着替えたいと思う。申し訳ないと思いつつ、アメリアは比較的簡素でシンプルな水色のドレスを「明日用」に選んだ。それを元にリーゼは更にドレスを2着ほど、それから室内着を選び、他の侍女に部屋へと運ばせる。
アメリアは一旦室内着に着替えさせられた。残念ながらドレスも室内着も、彼女の体には少し大きい。細い腕は二の腕の袖口を余らせてしまうし、腰も、胸も、ゆとりがありすぎた。しかし、一番小さいサイズで用意されたせいで、少し丈は短い。アメリアは「少しは肉がついたと思っていたが、まだまだ自分は貧相なのだ」と溜息をついた。
とはいえ、ひとまず髪も下ろしてゆっくり休めることになった。今日はバルツァー侯爵が不在なので、部屋に食事を運ぶと言って、リーゼは出て行った。おかげで、一旦アメリアは1人になった。ようやくほっと一息ついて、ソファに体を横たえた。あまりの疲労に、怖いだとか申し訳ないだとかいうよりも「疲れた」という言葉が口から出る。
「ああ……明日……怒られてしまうのでしょうね……ここからまた、馬車に乗って帰ることになるのかしら……いえ……帰るなんて出来ないわ……」
ぽつりと呟いて瞳を閉じる。大丈夫。怒られることは慣れている。バルツァー侯爵に怒られるのは、覚悟の上だ。しかし、このままヒルシュ子爵邸に戻れば、どれほど怒られることだろうか。
そもそも、既にバルツァー侯爵からの結納金はヒルシュ子爵家に届いている。自分が帰るとなればそれをきっとバルツァー侯爵家に戻すことになるだろう。そんなことになったら、父親にどれだけ怒られるか。けれど、彼女にはどうにも出来ないのだ。
「なんとか、なったかしら。ここまで……たった一か月で習ったことを、なんとか……」
少しでも、バルツァー侯爵に気に入ってもらえと言われ、この一か月で多くのことを朝から晩まで叩き込まれた。それまでの生活と一変して、彼女は夜になると泥のように眠り、朝が来てはまたマナー講師やら何やらに多くのことを詰め込まれ、そうして怒涛のように一か月が過ぎて今日だ。
(わたしがどのように扱われていたかを……黙っているように言われたけれど)
父であるヒルシュ子爵には、口酸っぱくそれを言われていた。既に結納金を貰っている以上、何があっても結婚をしなければいけない。そして、ヒルシュ子爵家で彼女がどのように扱われていたのかを話したら最後、きっと彼は「そんな者を金目当てで寄越して」と怒って、結納金の返済を迫られるだろう。だから、それは決して言うな……。
確かにそれはそうなのだ。もし、アメリアが自分の境遇を話したとしても、だからといってバルツァー侯爵が「助けてやろう」と言うだろうか。そんなことはきっとない。だから、自分はなんとかこの一か月で身に着けたことだけで、どうにかカミラの役目を果たさなければいけないのだ……そう考えると、とんでもなく気が重い。
「疲れたわ……」
体から疲労が抜けないところに、この長旅だ。彼女はソファに座ったまま、すとんと眠りについた。もう、くたくたで限界だったのだ。
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