身代わりで嫁いだお相手は女嫌いの商人貴族でした

今泉 香耶

文字の大きさ
上 下
1 / 37

虐げられた令嬢(1)

しおりを挟む
 アメリアは馬車に乗って、バルツァー侯爵家に向かっていた。不安でいっぱいの胸中には似つかわしくない、広がる美しい青空。どうしてこんな日にこんなに晴れあがるのか、と彼女はため息をつく。

「ああ……どうしたらいいの……」

 どうしたら。どうも出来やしない。自分はこのままバルツァー侯爵家に嫁ぐのだ。勿論、本当に嫁げるのであれば。

「こんなドレスで、飾り立てても……何も、わたしには……」

 彼女の双子の姉であるカミラからドレスを貰ったものの、アメリアはカミラのような豊満な体つきではない。よって、胸元や腰回りがぶかぶかで、少し不格好。何故なら、アメリアは栄養が偏ったパンとスープという食事だけで日々を過ごしており、発育不良だったからだ。

 それでも、若さゆえか肌には張りがあり、髪にも艶がある。それは、アメリアの嫁入りが決まって以来、父であるヒルシュ子爵が「とにかく食べろ。飲め。少しでも見栄えをよくしなければいけない」と、無理矢理彼女に物を食べさせていたからかもしれない。そのおかげか、それなりに見栄えはよくなったような気がする。だが、残念ながらと言うか、当然のようにカミラのように、大輪の花が開いているような、一目を引くほどの美貌を手には入れるには遠かった。

 カミラは、ひいき目なしで見ても、誰から見ても美しかった。彼女が微笑めば多くの男性たちは虜になっていたし、何を話さなくとも座っているだけでも、薔薇の花を愛でるように人々は称賛の言葉を送った。流れる黄金の巻き毛に美しい水色の瞳。頬は柔らかなピンク色に上気して、唇はふっくらとして艶やかだ。アメリアは「本当に彼女が自分の姉なのか」といつも不思議だった。

「あら、アメリア。久しぶりに見たけど、いつ見てもあなたは陰気で貧相ね。もっと食べた方がいいわよ。食べ物を貰えたら、だけど」

 そして、カミラはアメリアを見て笑う。何故なら、アメリアは「そう」ではなかったからだ。まず、双子だというのにカミラのような豊かな巻き毛ではなく、まっすぐすとんと落ちる髪。それゆえに伸びすぎた時に簡単に切り落とすことが出来たことは幸いだったが、そんなことをカミラは考えたこともないのだろう。

 そして、同じ水色の瞳でも、彼女はいつも伏目がちなため、長い前髪と長いまつ毛にそれは隠されていた。そして、陽に当たらずに生活をしていたせいで、あまりに青白い肌。本当にお前たちは双子だというのに……と、この一か月、何度も何度も言われ続けてきた言葉。結局、アメリアはカミラのような華やかな美貌に近づくことすら出来なかったが、それも仕方がないことだ。

 そう。あれは一か月前のこと。アメリアは離れの一室に住んでおり、いつもそこで一人で食事をとっていた。だが、その日は突然「ご当主様がお食事を共に、とのことです」と言われ、恐る恐る本館にある食事の間に足を運んだ。

 ドアを開ければ、大きなテーブルに大量の料理が並んでおり、そこには父、母、そしてカミラが座っている。一体どこに自分が座れば良いのか、それもわからないアメリアはおどおどする。

「座りなさい」

 父であるヒルシュ子爵が声をかける。アメリアは「どこに座れば良いでしょうか」と尋ねた。

 すると、カミラが「食事の準備がされている場所に決まっているじゃない?」と呆れたように言う。なるほど、確かによく見れば、シルバーを置いてある場所がある。それは、3人から離れた、出入口に近い角の席だった。そこに座ろうとすれば、給仕の者が椅子を引く。一体何をされるのかと、不安で見上げるアメリアに

「腰をかけてください」

と彼は小声で言った。不安でいっぱいだったが、なんとか椅子に座らせてもらい、アメリアは食事と向かい合う。

(こんなたくさんのもの、食べられない……それに、何が何だかよくわからないんですもの……)

 そのことをきっと両親もわかっているはずだ、と思う。そして、アメリアが食べられなくとも、彼らはなんとも思わないのだと。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

【完】嫁き遅れの伯爵令嬢は逃げられ公爵に熱愛される

えとう蜜夏☆コミカライズ中
恋愛
 リリエラは母を亡くし弟の養育や領地の執務の手伝いをしていて貴族令嬢としての適齢期をやや逃してしまっていた。ところが弟の成人と婚約を機に家を追い出されることになり、住み込みの働き口を探していたところ教会のシスターから公爵との契約婚を勧められた。  お相手は公爵家当主となったばかりで、さらに彼は婚約者に立て続けに逃げられるといういわくつきの物件だったのだ。  少し辛辣なところがあるもののお人好しでお節介なリリエラに公爵も心惹かれていて……。  22.4.7女性向けホットランキングに入っておりました。ありがとうございます 22.4.9.9位,4.10.5位,4.11.3位,4.12.2位  Unauthorized duplication is a violation of applicable laws.  ⓒえとう蜜夏(無断転載等はご遠慮ください)

完結 愚王の側妃として嫁ぐはずの姉が逃げました

らむ
恋愛
とある国に食欲に色欲に娯楽に遊び呆け果てには金にもがめついと噂の、見た目も醜い王がいる。 そんな愚王の側妃として嫁ぐのは姉のはずだったのに、失踪したために代わりに嫁ぐことになった妹の私。 しかしいざ対面してみると、なんだか噂とは違うような… 完結決定済み

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

【完結】何故こうなったのでしょう? きれいな姉を押しのけブスな私が王子様の婚約者!!!

りまり
恋愛
きれいなお姉さまが最優先される実家で、ひっそりと別宅で生活していた。 食事も自分で用意しなければならないぐらい私は差別されていたのだ。 だから毎日アルバイトしてお金を稼いだ。 食べるものや着る物を買うために……パン屋さんで働かせてもらった。 パン屋さんは家の事情を知っていて、毎日余ったパンをくれたのでそれは感謝している。 そんな時お姉さまはこの国の第一王子さまに恋をしてしまった。 王子さまに自分を売り込むために、私は王子付きの侍女にされてしまったのだ。 そんなの自分でしろ!!!!!

魅了が解けた貴男から私へ

砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。 彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。 そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。 しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。 男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。 元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。 しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。 三話完結です。

処理中です...