テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-27

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「ん…、」

カスパルが部屋から去った後、シムはもう一度起き上がろうと身じろいだ。

慎重に行けば立てない訳ではない。
しかし腰はびりびりと痺れた様に不思議な感覚が残っており、いつ身体の痛みとその痺れが引き金となってへたり込んでしまうか予測出来ない不安定さであった。


足を震わせながら立ち上がると、改めて着せられていたカスパルのシャツが笑える程に自分のものよりも大きい事が分かった。


その広すぎる襟からは昨日愛撫されたシムの胸がちらりと覗いて見える。

そこには何箇所にもわたってカスパルが昨夜つけた跡が散りばめられており、シムは思わずギョッと目を見開いた。

「な、なっ……!」


茹で上がったタコのように顔を真っ赤に染めると、勢いよくシャツを強く引き寄せて身体を隠した。


カスパルのゴツゴツとした手の平、
熱い唇にそこから覗く赤い舌、
押し付けられた硬い胸板、
低い声と息遣い、

そして発情した様な濡れた瞳。


全ての自分の為に施された一つ一つに幸せを噛み締め、そして例え難いほど膨れたカスパルへの激情は、あの晩シムの抑制された理性の箍を壊した。

恐らくシムもまた同じ様に濡れた目をしていたのかもしれない、
カスパルは情事の最中、何度もシムの顔を食い入る様に見つめている瞬間があった。


"可愛い俺のシム"

"心から愛している"


カスパルは大切なことの様に、何度も何度もその言葉を口遊みながらシムに快感を与えた。

シムはその言葉を聞く事で精一杯で、口からはしたない声が漏れるばかりだった。


あまりに恥ずかしい、乱れた自分の姿。
自分は好きな者から与えられる快楽に身を委ねるとああなってしまうのかと頭を抱える。

しかし、目覚めた後も優しく抱き締めるカスパルを見上げてシムは確信した。

恐らく自分のどの様な姿を見せてもカスパルはきっとこの世界で唯一受け入れてくれる人間なのだと。
そして自分もまた然り、カスパルのどんな姿もきっと受け止めることができるのだろうと。



昨日の夜の出来事はこの国にとっては恥ずべき罪の行いかもしれないが、シムにとっては大きな大きな愛を受け取る行為であった。

カスパルが与えてくれた大きな愛があるだけで、シムは今後いくらでも強くなれる気がした。

強い男であろう。
自分に正直に、そしてカスパルに正直な人間であろう。


「……よし、」

シムは今も胸に残る暖かい温もりを感じつつ着せてもらった服を脱いだ。

傍らに置かれたソファにはシムが昨日着ていたシャツが畳まれており、それに手を掛ける。

不意にソファの後ろに黒いものが落ちている事に気が付き、シムはボタンを止めながら首を傾げた。

「…?」


シムはまだ震える腰でゆっくりとソファの後ろに回ると、そこには漆黒の布が落ちていた。

カスパルの着ていた黒紫の服と言い、最近のカスパルの身の回りのものは夜の様な色が多いなと思いつつ、その布を拾い上げてみた。


目の前で広げてみるとシムは何とも言えない既視感を覚える。



「ん…?
このマント…俺知ってる……?」


見た事がある、それも極近くで見た事がある。
あまりに真っ黒なマント、黒い人、


シムはその瞬間瞠目し息を飲んだ。



このマントを知っている。

歓楽街でよろけそうになった自分を支えてくれ、酔っ払いを引き剥がした男が被っていたマントと同じ。



「…なんだ、……はは、殺さないで、なんて」


シムはマントを抱き締めながら可笑しそうに笑った。

マントの男はカスパルだったのかもしれない。


宮廷から自分を探しに来てくれたのだろうか。
しかしカスパルは驚く程慎重に、シムに危険が及ばない様にする癖がある。

きっとあの時も自分である事を告げることで危険に巻き込むのではないかと推測して名乗らず消えたのだろうか。

カスパルはあんなに大きく強いのに、時に回りくどい事をしてしまう癖があることをシムはもう理解している。



何だか不思議な程にカスパルの気持ちが手に取る様に連想出来てしまい、シムは嬉しい気持ちが溢れて笑顔を止める事が出来なかった。

「見つけてくれて有難う。
カスパルさん…」


ああ、やはり貴方が好きだ。
貴方が好き。


その感情だけがシムを包み温める。


しかし見守られてばかりではいられない。
シムは強い眼差しで前を向き、服を着終えてマントをソファに置いた。



"迎えに行く"


カスパルはシムにこの部屋から出るなという牽制を言葉にしている。

「ごめんなさい、カスパルさん」

ここでただ待つことはできない。


シムは、妹の様に想うジェーンを救うことを諦めていない。

その為には付け焼き刃だとしても妊婦の身体の事を少しは理解する必要があるのだ。

そして有事の際、ジェーンの身体を重んじて動かなければならない。
その為には調べに行く必要がある。



カスパルの匂いのする部屋を後にするのが堪らなくシムを寂しい気持ちにさせたが、与えられた暖かい愛を胸に一つ頷き扉に手を掛けた。

























「あ…、は…ああ、誰か!だれかぁっ!」


その頃、宮廷の一室、ジェーンの居る部屋にはジェーンの悲痛な叫びが木霊していた。

ジェーンは昨日から続く鈍痛からは比べ物にならない痛みが押し寄せてきていた。
その頻度にジェーンの顔には玉の汗が浮かんでいる。

手をブルブルと震わせながら肌が白くなるまで力一杯シーツを握り締めていないと死んでしまいそうだった。


痛い、痛い、痛い、痛い、

それ以外考えられない頭の中で必死に穏やかに笑いかけてくれるシムを思い浮かべる。


「痛い、シムぅ!シム来てぇ…!
ひとりにしないで…怖い、怖いよぉ…!
誰かぁッ!」

ジェーンは経験した事のない激痛と自分の身体が砕け散りそうな不安に加え、たった一人と言う恐怖の中で崩壊した様にぼろぼろと涙を零し天井を見上げた。


「誰か来てぇ…!!」










 
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