テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-20

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俺達の父さんも捕まってたんだよ!父さんはどこだよ!?」
「うるせえ餓鬼だなぁ、捕虜はもうこれで全部だよ!」

「そんな筈ないんだ…!
俺の父さんは屋敷でコックをしていた、父さんを返してくれよ!」



捕虜を解放していた反政府の者達に飛び付いて叫ぶ少年に気付いたのは、その場にいた小風だけではなかった。



「何だよキンキンと。
うっせえなぁ…。」


その広場を迂回する様に馬車を引く卸しの男は、煙たい顔をしながら側を通りかかる。

卸市場が生業の男は、今日捕虜が解放される日であることを知っていた。
街が混み合うだろうと予測していつも使う道とは違うルートを選んだものの結局どこも同じで、ごった返す時計塔の広場を横目に些か苛々とした顔をしていた。

横目で見る限りキンキンと叫ぶ子供は小さな子供の手を取り、もう片方の手にはさらに小さな赤ん坊を抱き抱えていた。

早いところ不便な道を通過したいと馬車を進めていた時不意にキンキン喚く子供の隣にいた子供の泣き声が飛び込んできたのだった。


「父さんは戻ってこないの…?
そんなのいやだよぉ!ふぇっ、ふ…」

啜り泣く様に涙を零す子供は弱々しい声で兄らしい隣の子供に訴える。


「みんなっ…いなくなるね、…にいちゃも会いにきてくれないしっ…大好きなひとみんないなくなる!」

「ラナダ泣くな、父さんは絶対何かの間違いだ。
この街にいればきっとすぐ会えるから……シムだってまた会える。な?」

「やだぁ!!シムにいちゃにあいたいぃっ…!!」

そう言ってほぼ絶叫に近い声で泣き叫び出す子供に反政府の者達も解放された者達も怪訝な目を向け始めた。

卸屋の男は"シム"という名前だけに即座に反応し、反射的に馬車を急停車させる。


「…シムって、まさかあいつのことじゃねえよな?」

あんなに叫んでるとただでさえ悪目立ちが過ぎる為、とてもではないが卸屋の男は近寄るのを躊躇う。

しかしあんな場所で叫んでいたら反政府の者達にシムという名前が変な印象を持って覚えられてしまわないか心配だ。
しかもこの子供達もこののまま騒ぎ続けていれば、どんな手を使ってその場から退かされるか分からない。

卸屋の男の少しばかりの良心も痛む。


そんな事を思案している間にも子供達を囲う様に、ガラの悪い男達が寄り始めてきていた。

「うるせぇ餓鬼だな?
おい、親がいねえならとっと去りな。」

「乞食なら他でやりな。」

その言葉に腹を立てた赤ん坊を抱いた子供が弟の手を離し男達の胸倉を掴んだ。

「乞食だと…?
もう一度言ってみろよこの野郎…!
俺達の父さんを迎えにきただけで何でテメェらにそんな事言われなきゃならねえんだ?!」


啖呵を切る子供の側に、ふらりと灰色のマントを被ったもう一人の男が近づいてくるのが、遠くから見ていた卸屋の男の目が捉える。

あ、やべぇ…!

あの音を消して歩く動作は普通の市民の動きではない。
今子供達を囲っている男達とは訳が違う、手を下す側の鍛錬を積んでいる動きだった。


ただの柄の悪い奴らであれば傍観を決め込もうとしていた卸屋の男は、その灰色を視界に入れた瞬間。

咄嗟に乗っていた馬車から飛び降り駆け出していた。


「お、おおー!お前達こんな所に!いたのか!」

突然その場にいなかった誰の知り合いでもない大柄な男の登場に、その場にいた皆一様にじろりと怪しげに視線を寄越す。

「全くおじさん探したぞー。
さぁ…帰ろう!」

卸屋の男は全く慣れていない手つきで子供達の背を促す様に叩く。

「はぁ?」

赤ん坊を抱いた少年が警戒心丸出しで眉をひそめてくるも、当たり前の反応だと何度か頷きながらせっせと馬車の方へ背中をグイグイ押し続けた。

「いやあ、ははは。
危ない危ない。
身内がすみませんね」

卸屋の男の言葉に周りにいた男達も決着が着いたと言わんばかりに肩を竦めてシッシと手を振って追い出す素振りを見せる。

「とっととそのうるせぇ餓鬼連れて帰りな。」


そう言って再びばらける男達にすんませんともう一度口に出して子供達を馬車に乗せた。
その間も灰色のマントはこちらを気にしている様子で一定の距離を以ってこちらを見ている。

「にい、このおじさんだれ…?」

ぐすぐすとベソをかきながら卸屋の男を見上げる。
幼い子供の目には些か怖い風貌に見える様だった。

「誰だてめぇ?
邪魔すんな離せ!」

押されている背中の手を剥ぎ取る様に身をよじるも大の成人男性の強さには敵わず、あっという間に馬車の前まで辿り着いた。


「馬鹿お前ら…!
あんな反政府がうじゃうじゃいる所で喚いてたら命幾つあっても足りねえ。」

先程のへらへらとした態度から打って変わり卸屋の男本来の声色で叱咤すると、赤ん坊を抱いた少年は自分の兄妹を危険に晒したことに気づき、気まずそうに口を噤んだ。


「…だって俺達の父さんが…」

先程と同じ言い分を不貞腐れた声色で返す子供に、男は頭を豪快にかきながら答えた。


「お前達の父ちゃんについては悪いが興味無えんだが。
その…シムって奴が俺の知り合いかも知れなくてな。
もしシムの知り合いならあそこで痛い目に合わす訳には行かないだろう…?」


「……、」

卸屋の男の言葉に少年は些か警戒した目を向けた。


「………お前が誰なのか知らねえが、多分おっさんの知り合いじゃあねえぞ。
ここらに住んでる奴とは違う事情の奴だから。」

卸しの男は警戒心を露わにされていることをひしひしと感じつつも、先程から離れた所で視線を送ってくる灰色のマントも忘れていなかった。


男は急いで弟らしい子供を抱き上げて馬車に乗せた。


「じゃあ多分そいつで間違いない。
取り敢えずここを出よう。
俺の知ってるシムの所まで馬車で連れてってやる。」


そう言いながら赤ん坊も少年も後ろに強引に乗せ、灰色のマントから逃げる様に慌てて馬の手綱を握り振るった。










 

 

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