テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

5-19

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宮廷の麓に広がる王都では、音を立てずに、しかし着実に心を固めた者達が集い始めていた。


その王都の大通りの先に建てられている時計塔ので人集りが出来ており、皆一様に喜んでいる様子であった。

「あぁ、本当に無事で良かったよ…!」

「最初は怖ろしかったさ。
だが途中から温かいスープも出してくれていたんだ。
だからむしろ屋敷で死ぬまで消火に当たらなきゃならない筈だった俺たちは助かったんだ。
ああ…本当に会いたかった…」

その様な会話をし抱き合う家族や夫婦。
そして恋仲同士の姿を時計塔の広場で沢山見受けられた。

皆再開に喜び合っている空気の中、イリスは帽子を深く被りながら人の間を縫う様に歩いて見て回っていた。


今のところ捕虜の解放は順調に進んでいる。

そして手酷い冷遇から終盤手厚い保護に切り替える事で憎悪を反政府に向けない様に仕向け、こちら側の味方を広げる算段も滞り無さそうであった。


「遅くなって悪い。」

その言葉が不意に右から聞こえ、イリスはそちらの方を一瞥する。

とても高価とは言えない、その街では一番良く見かける形のボロ布で作られた灰色のマントを被った小風が、いつの間にかイリスの側で同じ歩幅で歩いていた。

「また探し物かよ…。
何度も姿を眩まされてあんたの存在に気づかれたら俺が脱走を手伝ったと思われるだろうが…。」


イリスは周りには聞こえない様声を潜めて悪態を吐く。

ここ最近小風はこうして時間を見つけては熱心に北側の方角へと何かを探しに出かけている様だった。


「無事かどうか気になる知人がいてね。
でもちゃんとするべき事はしているだろう?」


イリスは小風の言葉を静かに聴きながら地下水路の片隅で血濡れになりながら鎖に繋がれている小風を思い出していた。

恐らく小風の言う知人と言うのはその時に一緒に捕らえられていた中年の男の事なのだろう。

しかしあの者は鍛えられた経験も無ければ小風の様に若い身体でもない。
小風が脱走した夜に北側へたった一人で逃したのなら恐らくもう水の下あたりで亡骸にでもおかしくない。

そう思ったがそれをそのまま口にすれば小風から凄い形相で返ってきそうだったので、イリスはそのまま黙っておくことにした。

「……まあ無事が気になるのは分かるけど。」

イリスは自分に聞かせる様に呟いた。

宮廷を去った日、動揺した自分をシムが必死に追いかけてくれたのは今思い出しても胸が熱くなると同時に懺悔で胸が痛む。

自分が、着いて来いと、一緒に生きようと手を引っ張れる気概のある男であったならどれ程良かったか。

実際はそんな事毛頭出来る器ではなく、危険な目に合わせる訳にも行かず自分のイリスという事を知っても欲しくなかった。

シムには護衛軍のセスである綺麗な自分しか見せたくない、どうしようも無く情けない自分が内に潜んでいるのである。


「そんなに考え込んでどうした?
カスパルの事か?」

小風の言葉に随分と意識が思い出のシムに飛ばされていたのか、ハッとし態とらしく咳払いする。

「いや…勿論隊長の事も心配だけど…。
宮廷に残してきた気になる人の事を…。」

「驚いた、好き子が君にもいたなんてな。」


小風の驚いたと言った反応にイリスは慌てて余裕のない表情で否定するも、宮廷にしばらく出入りしておらず街にいる事の方が多い憲兵だったこの男ならそれとなく話しても良いかもしれないという心の箍が外れかけていた。


「好きとか違うけど…!
ちょっと優しいな素敵だなって思ってただけだ!
庭師だから…宮廷から避難出来ていないだろうことが心配で。
本当に優しく介抱してもらったり話聞いてもらったり…俺の癒しだったから……」

イリスの言葉の数秒後、突然小風は黙っていたかと思いきや、それはそれはおかしそうに声を出して笑い始めた。


「なっ何だよ!
いいだろう別に気になる人がいたって!」

自分の事を笑っていると思ったイリスは声を荒げて反応するも小風の笑いは収まらず、下を向きながら笑った。

「あはは!
…はぁ。
本当に罪な男だなぁ、あいつも……」


そう呟いた瞬間小風は不意に顔を上げイリスを見た。

その瞳は熱く優しくそして寂しげであった。
まるで直面していない何かを既に諦めている様な悲しい色だった。

「当てようか。
その子の名前はシムという名だろう?」


「…えっ!
な、何でシムさんを知ってるんだよ…!」

イリスはシムという名前に大いに頬を赤らめ一歩後ずさる。

やはり少しでも情報をあげなければ良かったと後悔しつつ、小風が知っている事に不思議でたまらないと言った表情をした。

小風は一つ溜息を吐いて口を開く。


「あの子は僕の大切な友人でもあるんだ。」



「そうだったのかよ!何だよ!
じゃああんたも心配してるんだな。
シムさんの事。」

胸を撫で下ろすイリスに小風は一瞥投げつつ、首を小さく横に振った。



「……心配はしていないよ。
シムを守る絶対的な存在が既にいるからね。
君にとって、絶対に勝てない敵…と言ってもいいかな。」

まあ、僕にとってもだけどね。



小風はカスパルとシムの二人を思い出しながら最後の言葉を飲み込む。
自分があの間に入り込む事は出来ない。
二人を見ていれば分かる。

随分と鈍い二人だったが、もう気持ちは自覚したのだろうか。
気持ちは確認し合ったのだろうか。

もしもカスパルが気持ちに気づかずシムを蔑ろにする様な未来があれば、その時は小風がシムを連れ去って東洋の方へ亡命でもしようとさえ考えた事もあったがその様な事は起こらないだろう。
何故ならカスパルは自覚する云々を差し置いてもシムを大切に思っていたからである。

イリスは小風に、絶対に勝てないと言われた事が思ったよりも心外だったのか急に立ち止まり小風を強く睨みつけた。


「……絶対に勝てないって何だよ。
ただの友人の癖に…シムさんが俺にどう優しかったか、何も知らない癖に知った様な事言ってんじゃねぇよ。」

イリスのまだ17の若く青い心、その何かの逆鱗に触れたのか小風に言葉を打つけるともう小風と歩きたくないと言わんばかりに逆走して歩き去ってしまった。


「……分かるよ。
勝てないんだ。」


当て付けの様に去っていくイリスを見ながら溜息を吐いた。


子供の様な態度を取るイリスを見ると、随分と大人びている癖に中身はまだまだ子供なんだなと改めて思い知らされる。

こんな話をするために歩いていたわけでは無かった為、また時間を置いて再びイリスを探しに行こうと考えながら歩いた。

宮廷襲撃の日取り、自分の当日の動き、街の中の教会の動き。


特に教会の動きについてはなるべく早く耳に入れさせようと思っていたのに歩き去られてしまうと正直困るものがある。



思案しながら歩き続けていると、喜びに溢れる広場の一部で少しのどよめきと騒々しい子供の声で乱れている場を発見した。

小風はその方へそれとなく足を進める。

「俺達の父さんも捕まってたんだよ!父さんはどこだよ!?」
「うるせえ餓鬼だなぁ、捕虜はもうこれで全部だよ!」

「そんな筈ないんだ…!
俺の父さんは屋敷でコックをしていた、父さんを返してくれよ!」








 
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