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愛について
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しおりを挟むカスパルは廊下を走りながら、答えの出ない思考を張り巡らせた。
一体シムに何が起きたのだろう。
自分から会わずにしておきながら、何か自分のことで危険に晒してしまったのだろうか。
執事が何か仕出かしたのか。
執事が国王に話したのか。
街の何かに巻き込まれたか。
宮廷にいないという事は王都のどこかにいる筈。
今すぐにも探しに行かなければならない。
カスパルは自室に急いで戻り、黒いマントを抱えて飛び出した。
しかし従業員用の出入り口の手前で不意に立ち止まる。
自分がこんな深夜に探し歩いているのを宮廷の人間に知られたらシムの事も嗅ぎつけられる可能性がある。
宮廷内でまずは情報を集めてどこに行ったか検討をして…
誰かに捜索させるか?
しかしもう護衛軍は皆退廷していった。
今の自分に動かせる人員はいない。
しかし、
…そんな事は関係ない。
愛する者に危険が及んでいるならば答えはひとつだ。
カスパルは勢い良く駆け出し黒いマントを深く被った。
「な、何者だ…!?」
出入り口を見張っていた門番の私軍の男はカスパルに気付き、動揺した様に剣に手を添えた。
カスパルは剣を引き抜かれる前に軽く地を蹴り、そのまま状態を捻り首に蹴りを入れる。
「がはぁっ…!」
その衝撃で地面に倒れた門番はそのまま失神する。
カスパルはその門番を飛び越え深夜の街へと繰り出した。
「おぎゃあっ、ぎゃあ!」
赤ん坊の夜泣きでラナダとレインは慌てて起き、蝋燭に火を灯した。
ラナダとレインの年期の入ったボロボロのベッドの中心に寝かせている赤ん坊の存在感は凄まじく、こうして夜泣きが一度始まれば、両脇で一緒に眠るラナダとレインは叩き起こされた。
「もうこれで今日3回目だぜ。
勘弁してくれよ…。」
レインもラナダも目の下に隈を作り、傾きそうな身体をなんとか支えながら赤ん坊を抱きかかえて揺れる。
「ほおらあかちゃーん。
よしよしだよ。」
欠伸をしながらラナダはパジャマ姿で一緒になってあやした。
街で拾った、髪飾りを持った赤ん坊を二人で育ててはいるが、この生命力と鳴き声にレインはとても参っていた。
レインはラナダが赤ん坊の頃よくお世話していたとしても、この状況で新たな赤ん坊を育てるには色々なものが心もとなすぎる。
「…今度教会にでも行って援助してもらえねえか言ってみようかな…」
そう言いながら背中をさするも、赤ん坊は中々泣き止まず一向に眠りにありつけない。
こういう時は寒い外の空気を吸わせるところんと寝てくれる時もある。
「おいラナダ、ちょっと外の空気吸わせてくるわ。
お前は寝てろ。」
そう言ってパジャマにボロボロのコートを羽織り、髪飾りを付けた赤ん坊をだっこ紐で固定させて扉を開けた。
「あ!ラナダもいくー!」
そういってラナダも急いで子供用の羽織を身に纏って一緒に階段を降りた。
「ひゃー!さむいね!」
「冬だからな、もうすぐ雪が降るぞこりゃ」
階段を降り地上に立った二人は寒い寒いと体を震わせた。
「あぅ、やぃあ」
赤ん坊もいつの間にか泣き止みすっかり上機嫌な笑顔をしている。
「何だこいつ。
人の苦労も知らないで笑ってやがる。」
ラナダも釣られて赤ん坊の様に笑った。
「ほんとだ!かわいいねぇ」
不意に黒い何かが視界に入り、レインは直ぐに視線を赤ん坊から真っ暗闇の街に移す。
「今…何か……」
レインは警戒する様にラナダの手を握りしめ暗闇に目を凝らす。
するとその先に、闇に紛れながら漆黒のマントを深く被って歩いてくる男を見つけた。
こんな真夜中に顔も見えない程深くマントを被る人間などまともな事情ではない。
「にい、あれ…」
ラナダもマントの男に気付いたのか大きく指を指した。
「馬鹿やめろっ!」
レインが慌ててその指を降ろさせ自分の背中にラナダを隠した。
マントの男はきょろきょろと辺りを見渡しながら近づいてくる。
レインはラナダと赤ん坊を庇いながら警戒する。
子供を攫う人買いならば一人では来ない、閉じ込める荷馬車も近くにはない。
この男は何の用があってこんな所を彷徨いているのか見当がつかない。
マントの男はレイン達の前まで辺りを見渡しながら歩み寄り、少しマントのフードをおろし顔を見せた。
体格も良く背も高い。
端正な顔立ちではあるが何とも言えない不安定な雰囲気を漂わせる男だった。
「…すまない。少し聞きたい事があるんだがいいか?」
レインは噛み付かんばかりマントの男に怒鳴った。
「ここに何の用だてめぇ!何者だ。」
レインの怒号に、ラナダも警戒する様にレインのコートの裾をぎゅっと握った。
「この辺りに…これくらいの背丈の細身の青年で、髪は栗色で…
…革の手袋をはめた、優しい顔立ちの男は見かけなかっただろうか。」
レインはどきりとした。
思い当たる人物が頭に浮かんだからだ。
しかし、あいつはこんな怪しい男につけ狙われる様な奴ではないとレインは頭を振った。
「知るか!
このエリアにはいねえよ。
さっさと行けよ!」
威嚇するレインに、マントの男は表情に影を落とした。
「…そうだな。
以前ここら辺に用があると言っていたから、もしかしたらと思ったんだ。
夜にすまなかった。」
そう言ってマントを被り去ろうと踵を返した時ラナダがレインのコートを引っ張った。
「ねえねえ、いまのシムにいちゃのことだよね?」
まずい!
レインは慌ててラナダの口を塞いだ。
しかし既にマントの男はラナダの言葉を聞き、いささか驚いた様に口を少し開けて振り返っていた。
そしてラナダに近寄り再びフードを外し腰を落とす。
その姿勢にレインは驚きマントの男を見ると、とても心配そうな表情をしていた。
レインは目を見開いた。
「そう、そうだ…。
シムは今どこにいるか分かるか?」
ラナダは困った様にレインのコートを引っ張りもじもじと視線を彷徨わせる。
大柄な男にいきなり詰め寄られどうしていいか分からないと顔に書いてある様だった。
このマントの男はシムと面識があるだろうとレインは察し、先程の警戒を些か解きつつもラナダを男から離し守った。
「…シムとどういう関係か知らねえけど、今どこにいるかは俺達も分からねえよ。
お前みたいな余所者が彷徨くとここの住民も騒つくんだ。
帰ってくれよ。」
マントの男はレインの言葉を受け止め、「そうか…」と今度こそ諦めた様に呟き立ち上がった。
その時ラナダが引っ張ったコートから赤ん坊が露出しその頭に付けられた髪飾りも露わになる。
マントの男は目を見開きそっと赤ん坊の髪飾りに触れるが、レインがハッとしてその手を払いのけた。
「触るな!!」
男はまだその髪飾りを見つめたまま目を見開き続けている。
「その髪飾りは、何処で…。
なぜここに。」
呟く男にレインはバツが悪そうに赤ん坊ごとコートに隠した。
「なんだよ、街でこの赤ん坊ごと拾ったんだよ!
俺たちは盗ってねえぞ…!」
「………そうか。」
そう言ってマントの男はほんの少しだけ微笑んだ。
「有難う。」
それだけ言うとマントを被り、今度こそ足早に立ち去り闇夜に姿を消した。
その感謝の言葉が何に対しての感謝の言葉だったのか、レインもラナダも分かりはしなかった。
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