テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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愛について

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カスパルが護衛軍を辞めさせられた。

その情報が出回ってから1ヶ月が経とうとしていた。




号外でカスパルの護衛軍辞職及び権限剥奪の報せを知った護衛軍の部下たちは酷く悲しみ、それ以外はやはりスパイだったのだと噂話の材料として消化されていった。

残された護衛軍の部下達は立ち上がり、嘆願書に直談判あらゆる接触を国王に試みたがカスパルの情報はおろか国王からの返事も帰って来ないまま冷戦状態が続いていた。




「おい!さっき廊下で隊長見かけた奴いたらしい!!」


大声で駆け込んで来たのは護衛軍の臙脂色の軍服を来た一人で、声をかけた先も数人の護衛軍の男達だった。

大声を出して入って来たのは宮廷の従者達が使うことの出来る大きな食堂で、交代で見回りをする少しの間にこうして皆集まって食事を取っていたた。


「本当か!?」

食事を取っていた男達は勢い良く立ち上がり、宮廷の方へ全速力で向かう。

しかし見かけたらしいという場所にカスパルの姿はなく、代わりに同じ様な話を聞いて集まって来た巡回中の同僚が佇んでいた。

「この廊下を通って、向こうの私軍預かりのエリアに姿を消してったんだよ!」

「まあ…そう簡単に会える訳ないよな…。」



護衛軍の者達は突然カスパルが消え、自分達の隊長ではなくなった事はカスパル以外の力が働いた結果である事は重々理解していた。
しかし皆が心配していたのは、カスパルがこのまま一人で何か重い物を背負い続けてやしないかということだった。

護衛軍から手を引く事で、被害をこちらにやらない様にしているのではないかと皆感じていた。
これまでの沢山の感謝と、もう少し頼って欲しい事を皆伝えたかった。

それが叶うまではやはり仕事も手につかない程不安で、それは他の者も同じであると容易に表情で察し合った。



「…隊長、俺達の軍服はもう着ていなかった…。
あれは見た事のないやつだった。」


「まあそうだろう。
もう俺達の隊長じゃないんだから…」


「あれは黒っぽい、かなり黒に近い紫の服だった。
黒の憲兵でも私軍の白でもない。
なんか…」

恐ろしげな色だった…。


その言葉で廊下に立ち竦んだ護衛軍の者達は、感じ取る凶兆に皆口を閉じた。





「それは至極色(しごく)と言うんだ。」

その言葉は護衛軍達の背後から聞こえてくる。
全く馴染みのない男の声だった。


「…!?」

護衛軍の者達は一斉に振り返ると、そこには白髪にも関わらず若々しい顔立ちの不思議な印象の男が立っていた。

貴族達の護衛巡回を日々こなして来た護衛軍は、それが誰なのか瞬時に分かり慌てて敬礼をする。

「…オーデッツ様…!」


オーデッツ卿は片手で静かに敬礼を止める様制した。
その表情は薄い微笑みを乗せていた。

「すまないね、少し話が聞こえてきてしまって。
君達は執務室に謁見も難しい身分だろうし、…何より君達の隊長さんは息子の大切な友達でもある。
…少し協力させてくれないか。」













「それで意味の無い嘆願書を何枚も何枚もよこして、いらん手間を毎日よくやる。
馬鹿の考える事は所詮馬鹿な事なんだなぁ、カスパルよ。」


手を叩きながら笑う国王の少し後ろには、黒紫の服を着たカスパルがいた。
そして国王の前には年老いた医者と、もうじき生まれるだろう大きな腹のジェーンがベッドにいた。
ここはジェーンの寝室だった。


最近国王にとって愉快だった出来事をジェーンに話しているつもりだったが、この場で愉快そうに笑っているのは国王ただ一人だった。


ジェーンは先程からずっとカスパルを睨み続け、国王の話など聞いてはいなかった。


この世界で一番憎い男のことを、何故そんな喪服の様な軍服を着て守っているのだ。
テューリンゲンでジェーンに忠告してくれた時や、ここに顔を出してくれた時とは大きく雰囲気を変わっている。

無表情でそこに佇むカスパルは魂でも抜けた亡霊の様だった。


何て怖い顔して立ってるのよ。



「…ジェーン様は順調に悪阻も終え、もうじき産まれるとは思いますが。
如何せん母体がまだ幼い故、早産や出血多量…様々な可能性が考えられます。
このままここでの絶対安静は必須です。
引き続き様子を見て出産に備えましょう。」

医者が国王の話が落ち着くのを待ってから、ジェーンの経過を報告する。
嬉しそうにジェーンに近寄った。


「おぉ…、もうすぐ我が子がこの腹から出て来るのだな…。
この子は間違いなく男の子だろう…。
これからも沢山私とお前との子を

「行きましょう、時間です。」


国王が話を続けようとした時、カスパルは国王の手に自身の手を乗せて制する。
その手はジェーンの大きな腹を撫でようと途中で伸ばされたものだった。


国王はこの後疎開案について貴族達と会議をする予定があった。


「…ふん。離せ、犬め。」

気分を酷く害した国王は、大人気なくカスパルの腕を払い苛立たしげに立ち上がった。

「また来る、良い子にしているのだぞ。」

それだけ言うと医者に挨拶もせず部屋の出口へと長いマントを引き摺らせて向かった。
それをカスパルも後ろから着いて行く。


ジェーンは咄嗟に声を荒げた。


「犬なんて…!
あんたは犬なの?!
こんな男に言われて悔しく無いの?」


ジェーンはカスパルを初めて心配した。

一体何があったんだろう。
シムも全然姿を表さないし、久しぶりに見たカスパルはまるで全く別の人間の様だ。
自分がここに閉じ込められている間どんな事が起きているのかこれっぽっちも理解が出来なかった。


「……。」

カスパルは後ろを向いたまま反応を示さなかったが、国王はとても嬉しそうな顔で振り返った。

「その威勢の良さ、本当に可愛いお前は。
こいつが犬になると誓ったのだ。
私との約束でな。」


国王はそれだけ言うとカスパルを連れて退出した。


ジェーンは自身の重いお腹に手を添えながら去った後の扉を見つめる。

「…何のつもりなの……。」











 
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