129 / 168
愛について
5-5
しおりを挟むカスパルが護衛軍を辞めさせられた。
その情報が出回ってから1ヶ月が経とうとしていた。
号外でカスパルの護衛軍辞職及び権限剥奪の報せを知った護衛軍の部下たちは酷く悲しみ、それ以外はやはりスパイだったのだと噂話の材料として消化されていった。
残された護衛軍の部下達は立ち上がり、嘆願書に直談判あらゆる接触を国王に試みたがカスパルの情報はおろか国王からの返事も帰って来ないまま冷戦状態が続いていた。
「おい!さっき廊下で隊長見かけた奴いたらしい!!」
大声で駆け込んで来たのは護衛軍の臙脂色の軍服を来た一人で、声をかけた先も数人の護衛軍の男達だった。
大声を出して入って来たのは宮廷の従者達が使うことの出来る大きな食堂で、交代で見回りをする少しの間にこうして皆集まって食事を取っていたた。
「本当か!?」
食事を取っていた男達は勢い良く立ち上がり、宮廷の方へ全速力で向かう。
しかし見かけたらしいという場所にカスパルの姿はなく、代わりに同じ様な話を聞いて集まって来た巡回中の同僚が佇んでいた。
「この廊下を通って、向こうの私軍預かりのエリアに姿を消してったんだよ!」
「まあ…そう簡単に会える訳ないよな…。」
護衛軍の者達は突然カスパルが消え、自分達の隊長ではなくなった事はカスパル以外の力が働いた結果である事は重々理解していた。
しかし皆が心配していたのは、カスパルがこのまま一人で何か重い物を背負い続けてやしないかということだった。
護衛軍から手を引く事で、被害をこちらにやらない様にしているのではないかと皆感じていた。
これまでの沢山の感謝と、もう少し頼って欲しい事を皆伝えたかった。
それが叶うまではやはり仕事も手につかない程不安で、それは他の者も同じであると容易に表情で察し合った。
「…隊長、俺達の軍服はもう着ていなかった…。
あれは見た事のないやつだった。」
「まあそうだろう。
もう俺達の隊長じゃないんだから…」
「あれは黒っぽい、かなり黒に近い紫の服だった。
黒の憲兵でも私軍の白でもない。
なんか…」
恐ろしげな色だった…。
その言葉で廊下に立ち竦んだ護衛軍の者達は、感じ取る凶兆に皆口を閉じた。
「それは至極色(しごく)と言うんだ。」
その言葉は護衛軍達の背後から聞こえてくる。
全く馴染みのない男の声だった。
「…!?」
護衛軍の者達は一斉に振り返ると、そこには白髪にも関わらず若々しい顔立ちの不思議な印象の男が立っていた。
貴族達の護衛巡回を日々こなして来た護衛軍は、それが誰なのか瞬時に分かり慌てて敬礼をする。
「…オーデッツ様…!」
オーデッツ卿は片手で静かに敬礼を止める様制した。
その表情は薄い微笑みを乗せていた。
「すまないね、少し話が聞こえてきてしまって。
君達は執務室に謁見も難しい身分だろうし、…何より君達の隊長さんは息子の大切な友達でもある。
…少し協力させてくれないか。」
「それで意味の無い嘆願書を何枚も何枚もよこして、いらん手間を毎日よくやる。
馬鹿の考える事は所詮馬鹿な事なんだなぁ、カスパルよ。」
手を叩きながら笑う国王の少し後ろには、黒紫の服を着たカスパルがいた。
そして国王の前には年老いた医者と、もうじき生まれるだろう大きな腹のジェーンがベッドにいた。
ここはジェーンの寝室だった。
最近国王にとって愉快だった出来事をジェーンに話しているつもりだったが、この場で愉快そうに笑っているのは国王ただ一人だった。
ジェーンは先程からずっとカスパルを睨み続け、国王の話など聞いてはいなかった。
この世界で一番憎い男のことを、何故そんな喪服の様な軍服を着て守っているのだ。
テューリンゲンでジェーンに忠告してくれた時や、ここに顔を出してくれた時とは大きく雰囲気を変わっている。
無表情でそこに佇むカスパルは魂でも抜けた亡霊の様だった。
何て怖い顔して立ってるのよ。
「…ジェーン様は順調に悪阻も終え、もうじき産まれるとは思いますが。
如何せん母体がまだ幼い故、早産や出血多量…様々な可能性が考えられます。
このままここでの絶対安静は必須です。
引き続き様子を見て出産に備えましょう。」
医者が国王の話が落ち着くのを待ってから、ジェーンの経過を報告する。
嬉しそうにジェーンに近寄った。
「おぉ…、もうすぐ我が子がこの腹から出て来るのだな…。
この子は間違いなく男の子だろう…。
これからも沢山私とお前との子を
「行きましょう、時間です。」
国王が話を続けようとした時、カスパルは国王の手に自身の手を乗せて制する。
その手はジェーンの大きな腹を撫でようと途中で伸ばされたものだった。
国王はこの後疎開案について貴族達と会議をする予定があった。
「…ふん。離せ、犬め。」
気分を酷く害した国王は、大人気なくカスパルの腕を払い苛立たしげに立ち上がった。
「また来る、良い子にしているのだぞ。」
それだけ言うと医者に挨拶もせず部屋の出口へと長いマントを引き摺らせて向かった。
それをカスパルも後ろから着いて行く。
ジェーンは咄嗟に声を荒げた。
「犬なんて…!
あんたは犬なの?!
こんな男に言われて悔しく無いの?」
ジェーンはカスパルを初めて心配した。
一体何があったんだろう。
シムも全然姿を表さないし、久しぶりに見たカスパルはまるで全く別の人間の様だ。
自分がここに閉じ込められている間どんな事が起きているのかこれっぽっちも理解が出来なかった。
「……。」
カスパルは後ろを向いたまま反応を示さなかったが、国王はとても嬉しそうな顔で振り返った。
「その威勢の良さ、本当に可愛いお前は。
こいつが犬になると誓ったのだ。
私との約束でな。」
国王はそれだけ言うとカスパルを連れて退出した。
ジェーンは自身の重いお腹に手を添えながら去った後の扉を見つめる。
「…何のつもりなの……。」
53
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
幼い竜は何もかも奪われた。勇者を名乗る人族に、ただ一人の肉親である父を殺される。慈しみ大切にしてくれた魔王も……すべてを奪われた黒竜は次の魔王となった。神の名づけにより力を得た彼は、魔族を従えて人間への復讐を始める。奪われた痛みを乗り越えるために。
だが、人族にも魔族を攻撃した理由があった。滅ぼされた村や町、殺された家族、奪われる数多の命。復讐は連鎖する。
互いの譲れない正義と復讐がぶつかり合う世界で、神は何を望み、幼竜に力と名を与えたのか。復讐を終えるとき、ガブリエルは何を思うだろうか。
ハッピーエンド
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/03/02……完結
2023/12/21……エブリスタ、トレンド#ファンタジー 1位
2023/12/20……アルファポリス、男性向けHOT 20位
2023/12/19……連載開始
六日の菖蒲
あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。
落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。
▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。
▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず)
▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。
▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。
▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。
▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

白銀オメガに草原で愛を
phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。
己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。
「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」
「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」
キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。
無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ
※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる