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無力の力
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しおりを挟む図書館にやって来たシムは、先程共に歩いていた時よりも少し不安げな様子に変わっていた。
シムの視線は気まずげにカスパルから外されていた。
その態度に驚いたのはカスパルで、きょとんと不思議そうにシムを見やった後「シム?」と控えめに声をかけた。
「どうかしたのか?
こっちにおいで。」
手招きをしてもシムは挙動が不審なまま頷いて、カスパルのいる場所まで辿々しく近づいてくる。
しかしカスパルを一向に直視しないシムに、何かがあったことは明白だった。
「とりあえず椅子にかけるか。」
声を掛け、その辺りの適当な椅子にシムを座らせカスパルも腰かけた。
ここで何があったのかを問いただしても恐らくシムの性格上挙動不審が増すばかりで素直に語ることはないだろう。
あえて自然な態度で今日の街であった話に焦点を当てることにした。
「今日、遺体集積所に行ってきたよ。」
そう切り出したカスパルの言葉にシムはぎょっと驚愕し、漸くカスパルの目を直視した。
「い、遺体…!?」
遺体という単語に明らかに同様するシムは、心なしか顔も青白くなり最悪の想像が無理やり頭の中で再生しているようだった。
カスパルは優し気に目を細め言葉を続けた。
「一応報告だが、小風の遺体はなかったよ。」
小風の遺体はなかったよ。
その一言ではりつめていたシムの全身が一気に解けたように力を失い、シムは震える両手を顔の前まで持っていき、強く握った。
「よかった……。」
それだけ呟きシムは目を閉じた。
そんなシムを見て、どんなに心配でもそれを表面に出さない様に努めているのだろうか、とカスパルはシムという男の一面をまた知った様な気持ちでシムを見つめた。
「ああ。
だが小風を探しに行ったんじゃなく、元々別の様で行ったんだけどな。
あいつは強いし、そんなに心配はしていない。」
カスパルも努めて不安なことは言わず、そっとシムを穏やかに見守った。
シムもカスパルの心配していないと言う言葉で、不思議と少し安堵し、漸く小さい微笑みが表れ始めた。
「…そうですね…」
「わざわざ、確認しに行ってくれて、教えてくれて、有難うございます。
そんな場所に、カスパルさんばかり、行かせてしまって、すみません。」
そう言って申し訳なさそうに頭を下げるシムを見たカスパルは、初めて遺体集積所に言った自分が労われるような事をしたのかと知り少々心の中で驚いた。
カスパルの中では、遺体を直視するなどすっかり大した事ではなくなっていたが、やはりあまりいいものではないし見ないに越したことはない。
しかしそれさえも目の前の問題にばかり注視していたばかりに忘れていたカスパルは、そのシムの優しさのこもった労いの言葉に頬を緩める。
「ありがとう。
シムにそう言って貰えるだけでもう十分だ。」
ところで、とカスパルは言葉を続けた。
「シムは今日はどうだった?
街での出来事は。」
シムは次は自分の番であることに気付き「あ!」と短く答えるも、何処から話せばいいのか一度押し黙る。
「……ええと、さっきも話した、ことですけど
初めて街に行った時、危険なところを助けてくれた、兄弟がいたんです。
心配してくれたから、お礼に花を渡しに行きました。
街の外れの、ゴミ山の方なんで、時間が掛かってしまいました。」
カスパルはシムの報告を聞きながら、シムの話すゴミ山というものがごみ集積所で問題なければ案外お互い同じようなエリアに居たことになるなと、カスパルはやはりどこかで馬でも借りれば良かったと小さく後悔した。
「そうか、そんなに遠くまで行っていたのか…。
やはり心配だから付いて行けば良かった。」
カスパルの言葉にシムは申し訳無さそうに眉を下げ、どの様に心配させまいかと考えている様だった。
その手に取るように分かるシムの表情をどこか愛しそうに眺めるカスパルもまた楽しそうに目を細めていた。
「心配は、大丈夫です。
カスパルさんの迷惑に、なる訳にはいきません…。
あ!それに、その兄弟から、これを貰ったので、大丈夫なんです!」
シムは何かを思い出した表情で自分のポケットからとある紙を取り出し広げて見せた。
「!
……これは…。」
カスパルは一度目を見開き、難しそうに目を細めてその紙を凝視した。
「治安の良し悪しを、書き記しているんだな…?」
その地図は細かい指示はないものの何処に行くべきではないのか何処ならば安全なのか分かりやすく記されており、これは今の政府にとっても喉から手が出る程欲しい情報であった。
「はい!お兄さんの方の、レイン君という人が、書いてくれて、このお陰でとても、歩きやすくなりました。」
「確かに、これは分かりやすいな…。
この一際大きな×印はまさか……」
「あ、ここは政府を良く…思っていない人の、会合場所だと言っていて、日中も此処は近づくなと…。」
その兄弟の兄はそんな所まで把握しているのか。
いや馬鹿のように無知なのは宮廷の中の人達だけであって、街の皆は知っていて当然の話なのかもしれない。
治安の良し悪しを把握していないと生活に支障が出るのだろう。
しかしそれをいとも簡単にシムに渡すとは、何処に行ってもつくづく警戒を解く男だと感心する。
カスパルは凡その位置を頭に叩き込み、そっと地図をシムに返した。
「見せてくれて有難う。
これは必ずシムの命を守るものになる。
大切に持っておくといい。」
地図には街を覆う壁は総じて×が付けられていた。そこまで軍の警備が行き届いていない事が丸わかりだ、その事を住民達も分かっている。
これではただでさえ貴族による反感もある中で軍人としての面目丸潰れである。
この情報を陛下に、政府に伝える事が得策なのか判断が付かず痛む頭を抑えるように片手を頭に添える。
「この情報が確かなら…反政府はもう暴れる市民ではなく、統率の取れた組織になっていても不思議じゃない、いや確実になっているのだろう。」
難しそうに唸るカスパルをシムは心配そうに見上げる。
思い詰める時、カスパルはよく眉間にしわを寄せる。
その癖をシムは気づいていた。
「カスパルさん、…俺にできることであれば、何でも言ってください。」
ないと思いますけど…。
と消えそうな言葉で終わらせた。
難しい顔をしていたカスパルはシムを取り残し考えに耽っていた事に気付き、直ぐに笑顔を浮かべた。
「あぁ、勿論だ。
いざとなったら頼らせて貰う。」
シムはそのカスパルに遠慮がちに微笑んで返した。
「そんな事より、シム。」
がらりと雰囲気を変え、カスパルはシムを強く見つめる。
その眼差しにシムは驚き上半身だけ後ずさりつつも不思議そうに首を傾けた。
「なんでしょう…?」
「さっき、ここに入って来た時元気がなさそうだったが、一体何を考えていたんだ?」
その言葉にシムは固まり、再び訪れた時と同じ様にゆるゆるとカスパルから視線を外しだした。
「……、」
非常に言いづらい話なのだろう、その口はとても強く結ばれている。
「俺に言えないことなのか?」
シムはカスパルのその問いに慌てて首を振りながらも下を向く。
これを言う事で幻滅させてしまうかもしれない、しかしやはり挙動不審になってしまっていたのかと中々感情を隠せない自分自身にも嫌気がさす。
カスパルが最初から気を使ってくれていたと分かったからには、やはり正直に話した方がいいのかもしれない。
シムは重い口を静かに開いた。
「……実は、」
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