テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

4-23

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城下町を守る大門、その付近に連なる建物の屋根にマントを靡かせた男が立ち上がる。


カスパルはマントを目深に被り、その隙間から大門を見下ろした。

この大門外直ぐに遺体集積所が仮設されている。
普段稼働している死体集積所ではこの度の暴動で発生した死体を捌ききれないため、王族私軍少数が臨時で割り当てられて仮設された集積所。
大門外にあるためもちろん一般市民は立ち寄ることができない。

カスパルは登った時と同様に、窓の柵に手を掛け屋根から地面へと音を立てずに飛び降りる。

マントを整えて大門の前まで歩いた。


(大門の辺りは物騒な気配がするな)

マントの中から辺りをそれとなく観察しながら大門の前まで行くと、浮浪者達がうろうろと徘徊している者、大きな壁に寄りかかり項垂れている者など、まともな状態の者は近くにいないようだった。

その者達も見慣れないマントを着た男を警戒するかのように、それでいて何か金目の物を身につけていやしないかと観察するじめっとした視線をカスパルに寄越してきていた。

こんな所にシムが行ってしまったらと考えるだけでカスパルは居ても立っても居られない。

しかし今はカスパル一人。
護身から武術の一通りは並より秀でているカスパルにとって身の危険は感じる程ではない。


徘徊する者達が、そろそろとじっくりカスパルへと距離を詰め始めた頃合いで、カスパルも徐ろに腰に差している長剣を鞘ごと見せつけるようにマントから取り出した。

金属が打つかる硬質な音を立てて現れた長剣は厳格で品のある雰囲気を放つ。
その無骨な剣を腰に納める人間がどの様な人間であるかを自ずと見せ、無用な接触を避けるべく牽制した。
徘徊していた者達も明らかに一般人ではない長剣を所持している男には太刀打ち出来ないと分かった途端、バツが悪そうに急ぎ後ずさっていく音がした。


「……」


カスパルはその足音が消え、背後の人の気配が消えるまでじっと息を殺し耳を澄ませた。

もう大丈夫だろうという頃合いでその剣を鞘ごと大門に数回当てた。
ゴンゴンと音を立てて木製の大門に振動として伝わる。


ノックをして暫くすると、門に備え付けられた後小さな扉が開いた。

その扉は大門の繋ぎ目や木目を巧妙に活用した非常用の隠し扉だった。
門の向こうで遺体集積所の警備をしていた私軍の一人が硬い表情で顔を出した。

「何用だ!
…ご、護衛軍の統括長殿ですか…!」


厳しく言い放った後にカスパルが内部の人間である事に気付き些か動揺した表情だカスパルを見た。
カスパルもマントのフードを外し顔を見せた。


「護衛軍のカスパル・ラザフォードだ。
警備中すまない、遺体集積所の死体を少し調べさせてほしい。」


私軍の男は目の前のカスパルの風貌を見る。
私服にマントと如何にもお忍びで来ているのは明らかである。堂々と護衛軍の部下を引き連れて来ない何かしらの理由があるのだろうかと察し、軽く敬礼してみせた。

「勿論です。
こちらに。」

私軍の男が顔を出していた扉から顔を引っ込めカスパルを誘導する。カスパルももう一度マントを被り直し誰もいない事を再度確認した後、門を潜り抜けた。






門を潜ると其処は何度も目にして来た大きな道と、その脇の林に若干土の掘られ木の柵で隠された広い場所が作られていた。
其処が遺体集積所である事は明白で、その柵を見つめながら私軍の男に問いかける。


「もう遺体は集め終わったのか?」

「はい、もう屋敷跡に転がっていた遺体も集め終わっております。」


カスパルはそうか、とだけ短く答え柵の横に設けられた小さな扉を開けた。
私軍の男は小さな扉を潜る事はせず、扉の前で警備にあたる姿勢で構えた。

扉の先に広がる光景は悍ましい光景だった。

「……」

カスパルはマントで自分の鼻を覆い、顔を歪める。

遺体集積所その名の通り遺体が列を成している。
時には折り重なって安置されていた。

此処は故人を悼む者も立ち入りが禁止されており、国の監視下に置かれている為遺体を隠す布さえも掛けられていないそのままの状態で置かれている。

ある者はコック服を、そしてある者は礼服やメイド服を着ている者もいた。
分かりやすい格好を身につけている遺体が然程多い訳でもなく、至って普通の市民と変わらない服を着た者や、高い階級の服は高く売れるとして剥がされた者もいたのだろう、全裸の者も多く安置されていた。


安置されている遺体はどれも損傷が激しく、殆ど無抵抗で嬲り殺されるか逃げ場のない場で焼死しただろう事が伺えた。

その者達の苦しみを考えるとカスパルは胸が締め付けられる気持ちだった。

遺体が集まる場所特有の饐えた激臭がカスパルの鼻を刺激する。

事件が起きてからもう既に数日経過している為、そろそろ火葬なり土葬なり措置を行わなければ、この臭いはより悲惨なものへとなってゆくだろう。

並べられた遺体の隅を辿る様に見て回り始める。


「まるで戦場の景色だな…」

この様な悍ましい光景で懐かしみを覚えたくもないカスパルだが、自嘲気味に口角を少しだけ上げた。













「色々迷惑かけたな、すまなかった。」

「いえ、とんでも御座いません。
宮廷までお気をつけください。」

私軍の男は夕焼けに染まり始めた空を背に、カスパルに姿勢良く敬礼をする。
カスパルもその敬礼に礼を返し先程通り抜けた非常用の扉に手を掛けた。

小さく開けるとその隙間から周辺を伺い、人が居ない事を確認して風が通り抜ける様に素早く潜り抜けそっと扉を閉める。


時は夕刻、シムと約束した時刻に近づいていた。

カスパルはマントを深く被り、今度は屋根に登らずに微かに見えている時計塔の方へと足早に歩き始めた。







先程拝見した遺体集積所で、カスパルは目的を二つ完遂出来た。

一つは見つけておきたかった遺体の確認。
二つは見つかって欲しくない小風の遺体は見つけられなかったこと。


目的の一つであったモールの遺体は、他の遺体と同様に布も掛けられず無造作に安置されていた。
そして亡くなった当時のままの私服を見に纏っていた。

死亡から数日経ったモールの顔色は腐敗が始まっていて紫にも緑にも見える不気味な色に変わっていた。

しかし仰向けに寝かされた遺体は他の遺体と比べれば損傷が著しく少なかった。


イリスという者がとんでもない手練れで、手合わせした末に命を落としたならば前に損傷が殆どないのは不自然である。

仮に背後から斬りかかられても貫通する程の一撃を心臓か首に食らわない限りは死ぬまで数日かかる。

しかしイリスが自身以上の手練れであることは考えにくい。
カスパルは暫し考えた後に、片足でモールの遺体をうつ伏せに体制を変える。


「……これは……」


カスパルは一度静かに目を強く瞑る。

ああ、俺の予想は的中だろうか。

モールの遺体は前面は無傷に近かったものの、背面はほぼ全面火傷の上に爆発物か何かにより肉が削られていた。
肌の原型は勿論、筋肉や骨が見えている部分さえあった。

この死に際はさぞ痛みを伴っただろう傷口を見下ろしながら、モールの身につけている私服まで吹っ飛んでいる形跡があり、爆発現場のごく近くにいた事を示唆している。

万が一、敵側に護衛軍の軍服を剥ぎ取られた場合は下着の様な薄いシャツとパンツの様な格好になってしまうだろう。
しかしモールは茶の綿のベストを羽織ったまま損傷を受けているため、当時は最初から私服であった事が伺える。

万が一敵側から何かしらの理由で軍服を脱がされたとして、その後ゆっくり私服を取りに行って着替え直している暇などあの夜になかったはず。


"モールは、訓練場で死んでました…。
自分の血で、犯人の名前が書かれてました。
その名前は捕らえた反政府組織からも割らせた、先導者の名前でした…。
恐らく…その先導者が犯人です、隊長。"


カスパルが目覚めた時、部下の一人がそう口にしていた。


死亡当時モールは私服で、敵と剣を交えた形跡も無く、爆発物の様なもので背中の肉が吹き飛んだことによる出血多量での死亡、イリスという名前を知っていたという事実。


カスパルの頭の奥ではもう嫌と言う程に答えに行き着いている。

しかし今、国の状況や宮廷内、軍内にこの内容を報告すれば今度は内通者を尋問で探し出すことに時間を割かなければならなくなり、今でも十分に不安定な治安にトドメを刺すことになるだろう。
しかしモールという死亡者を出してしまった以上、統括長として見過ごす事は出来ない。


一刻を争うこの現状で、綺麗事ばかりは言っていられない。
何処かで誰かが必ず泥を被る必要がある。
統括長として、命を賭しても仁義を果たす時が必ず訪れるだろう。


カスパルはその時が忍び寄ってくる足音を感じた。
しかしその心は既に覚悟を決めていた。








 


 
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