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無力の力
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しおりを挟む「ゴミが、お金になるの?」
シムは窓の先を見つめながら首を傾げる。
先程近くで見た時もゴミはゴミでしかなかったので、どう金になるのかなかなか想像が出来ない。
「ああ、鉄屑拾ってその手の奴に売ると結構貰える。
それで俺とラナダは暮らせてる。」
ラナダを守りながら生計を立てているレイン、とても強い人間だとシムは尊敬の眼差しでレインを見た。
「ちょっと待ってろ。」
レインはそう言うと窓を離れてベッドの側で屈み、ベッドの下の箱から紙の端きれと小さい鉛筆を取り出しテーブルに置いた。
ささっと何の迷いも無く地図を書き始めて行く。
持参している絵本よりも簡略化された図だが十分活用できる正確なものであり、それだけでレインがこの街を良く知っているのだと察する。
「俺、字書けないから記号でポイント書くからな。」
直ぐに書いた街の通りの辺りを新しい線で囲い丸やバツを書いて行った。
「壁の周りや門の辺りはは基本全部危険。
北の方も大通りだからと言ってあまり夜までいない方がいいぜ。
それでこの場所はここらへん。」
レインとラナダの家を星マークで分かりやすく記す。
次に何重にも線を引き、濃くバツを書いた部分を鉛筆でとんとんと指した。
「ここら辺は反政府の奴らが集まる通り。
ここで宮廷から来た事がばれたらすぐ殺されちまう。
俺達も近づかない様にしてるから気をつけろ。ほら。」
それを最後にシムに伝えると書いた地図をシムに押し付ける。
シムは地図を受け取り、この短時間にしては完成度の高い地図に目を輝かせる。
「わぁ、凄いね!
活用させてもらうよ。」
シムの褒める言葉に照れ臭そうに頬をかきながら、レインはベッドに腰掛けつつ、同じくベッドで遊んでいたラナダを引き寄せた。
「実は俺達も人探してんだ。」
シムは咄嗟にレインに目を向ける。
恐らく先程の少年達の前では言えなかった内容か外では言えない内容なのかと察し、静かに口を開いた。
「君達の探している人も、行方が分から、ないんだね。」
常に不安な気持ちを抱える辛さを知るシムは、その辛さを弟を抱えながら受け止めるレインの身を案じた。
しかしレインはずっと大人びており、しおらしい雰囲気で話している様子ではなかった。
「ああ、俺達の親父。
普段秘密にしてるけど、親父は貴族の屋敷に勤めてたんだ。
あの暴動で行方が分からなくなった。
噂では従者は全員殺されたって聞いたけど。」
こんな事を飄々と語るレインの表情はちっとも変わっておらず、寧ろ不自然な程にいつも通りの口調だ。
「でも…暴動もしょうがねぇ。
皆の怒りもすげえ分かるよ。
王族も貴族も自分達だけ良い暮らしして、大嫌いだ。
だから親父の事もずっと馬鹿だと思ってるよ。」
「レイン君…」
余りに衝撃的な話を何ともないように語るレインを、心配げに見つめる。
その言葉達を堂々と話すにはレインはまだあまりに成熟していない。
「でも死体だけでも探して。
弔ってやりたいとは思っててさ…。」
シムはラナダとレインが座るベッドの反対側にそっと腰を下ろす。
「無事に見つかるよ、きっと。」
シムは太陽の日差しの様な暖かい微笑みを向けた。
その笑顔はミシアから貰った笑顔だった。
レインもその笑顔に殺伐とし緊迫していた父への思いを溶かされた様な思いで、目を見開きつつシムを見つめる。
本当は生きていてほしいに決まっているが、しかし殺されたって仕方がない。
その狭間で無意識のうちに苦しんでいたレインは、誰かから大丈夫と言われる心強さを全身で感じた。
「はぁ……お前ってお人好し過ぎて、凄く心配だ……」
絞り出す様にそらだけ言うと項垂れる様に下を向いて顔で手を覆う。
それは嬉しくて緩んだ頬を見せたくない為だった。
知る由もないシムは頭をかきながら困った様に笑った。
「気をつけるね。」
シムは立ち上がり先程受け取った地図を大切そうに一度見た後、綺麗に折りたたんでバッグに仕舞った。
「それじゃあ、…」
帰るね、と続けようとした時、シムの後ろにある玄関の扉の外からバタバタと降りて行く慌ただしい音が響き出す。
「ーーー!!」
「ー…ー!」
外で何かを忙しなく話し合っている様だった。
レインも直ぐに立ち上がりシムを押しのけ玄関の扉に耳をつけた。
「なんか外が普通じゃないな……」
警戒した様に言いながら耳を研ぎ澄まして外の音を聞こうと試みる。
先程駆け下りて行った音を立てた者達がまた上階へと向かっている音が聞こえ始めレインはそのままの姿勢で静かに聞いた。
「また号外だ…。
また増税なんて、気が狂っているとしか思えない。」
「楯突いて捕まりたくなかったけど、もう耐えられない……
私も次の暴動に参加するわ。」
「ああ、吊し上げて処刑してやる」
シムも扉の直ぐ付近にいた為、扉の外の者達の会話が聞こえた。
号外?昨日の号外ではなく新しい号外がまた発行されたと言うのか。
国民の怒りが増税に起因するものだとミシアから教えて貰ったが、何故そこでまた増税をするのだろうか。
シムは信じられない気持ちで扉を見つめる。
確実に悪い方向に進展した会話にレインも難しい顔をして扉を見つめた。
「お前、今日ここに泊まってった方がいいんじゃないか?
増税だってさ。
きっと皆怒り狂って無事に帰れるかわからないぞ。」
レインは心配そうにシムに提案するも、シムは首を横に振って返答した。
「いや、折角だけど、帰るよ。」
シムは今夜図書館に絵本を返さなければならない。
カスパルの新たな報せがもしあったときも、聞き逃したくなかった。
「じゃあ途中まで送って行く。
ラナダはお留守番な。
出来るよな!」
後ろに声をかける様にラナダを見るとベッドで遊んでいたラナダが元気よく手を挙げた。
「できるよ!いえまもる!」
よし、とレインは頷き「行こうぜ。」とシムを見た。
しかしシムを送ると言うのはレインにも同じ危険な目に合わせると言うこと、シムは困惑した様に眉を寄せる。
「危険なんでしょう?
それならレイン君は、ラナダ君と居てほしい。
嬉しいけど、一人で帰るよ。」
シムはレインの肩に手を置き扉から離れさせる。レインは絶対提案に乗ると思っていた為「いや!」とたじろぐ。
「危ないぜ!お前トロそうだし…!」
既に扉のドアノブに手を掛け開けようとしたところで振り返る。
「教えて貰った通り、走るよ。
君達のお父さんのお名前、聞いてもいい?
何かを聞いたら分かる様に。」
レインの言葉には答えずシムは問いかける。
絶対に行かせたくない様だとレインも流石に察し、腑に落ちないながらもここで言い合って時間が過ぎるのも得策ではないと、不貞腐れた顔をした。
「…名前はリゲルだよ。
建物出て目の前の道を左に行けば、宮廷へ向かう大通りに戻れる。
気をつけて帰れよ、シム」
初めて名前を呼んだレインにシムは嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあ、またね。」
それだけ言って今度こそ扉を開く。
扉が閉じた後レインはその場で立ち尽くした。
弱いのが強いのか分からない。
大人の癖にぼけぼけしているかと思えば、大丈夫と寄り添ってくれる。
ラナダもいつの間にかベッドから降りレインの袖を掴んでいた。
「すきになったでしょ?
にいちゃやさしいでしょ?」
レインは心配そうに扉をまだ見つめながらラナダの頭を撫でた。
元々世話焼きな性格のせいで、子供達が集まって来てしまい、いつもいるグループでも世話を焼いているレインも、ずっと歳上のシムにはいつもよりも世話を焼きたくてあたふたとしてしまった。
「ああ…」
またね、と言う言葉を頭でもう一度思い出し少し微笑む。
危険な街な上に宮廷からここまで何度も行き来が出来るかなんてまるで予想が出来ない。
いや、不可能に等しい。
しかしレインもラナダもシムとまた会いたいと心の中で思ったのだった。
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