91 / 168
無力の力
4-9
しおりを挟むレインと名乗った目の前の少年の他に、ラナダを含め少年達が6人は居た。
背丈も風貌も皆バラバラだが、ラナダとレインは確かに顔立ちが似ている様な気がした。
「お兄さん、だったんだね。
俺はシム、さっきは本当に、有難う。」
シムは頭を改めて下げる。少年達はそれを面白そうにゴミ山のあちこちによじ登り座りながら見ていた。
「レイン、許してやりなよ。」
「すげーノロマそうだけどさ、おかげでラナダ見つかったんだから良かったじゃん」
まだ怒り足りない様に腕を組んでいたレインに対して、後ろの少年達が宥める。
レインも少年達や目の前のシムに何かを諦めたのか溜息を吐いた後頭に手をあてた。
「お前世間知らずにも程があるぞ。
今ここら辺は危ないんだから、危ないと思ったら早歩きなんかじゃなくて全力で走るべきだ。」
溜息を吐きながらどうすれば良かったのかをレインはシムに語る。その声色にはもう怒気は無く、無知なまでに何も出来なかったシムに同情している様だった。
シムは弟思いで仲間思い、おまけに見ず知らずの自身にも不器用な言葉をかけてくれたレインに出会えて良かったと胸が暖かくなった。
「肝に銘じるよ。
有難う。」
レインはあまりに自身の言葉を受け止め、頬を緩ませるシムに呆気にとられつつも、右手で拳を作りシムに抱き着くラナダの頭を殴った。
「つーかラナダてめぇ!
勝手にはぐれるなって言ったのにこの馬鹿野郎!」
「いってー!!」
ラナダは殴られた場所を両手で抑えながら涙目でレインを睨む。レインは吊り目をさらに吊り目にしてラナダを叱り飛ばした。
「お前みたいなチビだってな、一人で歩いてたらすぐ攫われるぞ!
こんな人の良さそうな奴が偶々一緒にいてくれてたけど、お前一人じゃ絶対俺達には会えなかったんだからな?!」
レインのあまりの剣幕に抱き着かれているシムも一度二度瞬きする。
しかしその説教にラナダは慣れており、頭を抑えつつ「ごべんなさいいい」と返していた。
周りの少年達もその兄弟のやり取りがいつもの事なのだろう、お互い全く関係ない話題で盛り上がってレインの怒りが終わるのを待っている様だった。
レインは自分で説教した内容にシムの事を人の良さそうな、と言ってしまったことに気が付き口に手をあてて非常に気まずそうに口を閉ざす。
ラナダは口を閉ざしたレインを見てすかさずシムから離れラナダの腰に抱き着いた。
「にいちゃ、とてもいいやつだ!
おんぶしてくれたんだよ。」
まるで人を見る能力がきちんとあるぞと主張する様に、いかに自身が縋った相手が良い人物だったのかラナダは涙目で抱き着いたまま力説する。
「そう言う問題じゃなくて…!」と直ぐに言葉を返すが、確かに目の前のシムが悪そうな事をやらかしそうにはあまりに見えないので子供ながらの勘がない訳ではないのだろうと考える。
「ラナダ君、良いお兄さんがいて、良かったね。
じゃあ俺は戻るね。有難う、じそれじゃあ。」
シムは微笑ましい兄弟のやり取りを眺め、もう自分のやるべきことは終えたと判断し少年達に礼を言って先程すり抜け侵入した柵の隙間へと向かった。
「え…!」
ラナダをずっと守ってきたにも関わらずこちらに見返りも求めず、レインに怒られだけ怒られしかも満足げな表情で帰る目の前の青年に少年達はたじろぐ。
「レイン、行っちゃうぞいいのか…?」
「あいつ一人で出たら気をつけるって言ってても、ノロマだぞ。
いいのか…?」
流石の少年達もゴミ山から飛び降りレインに駆け寄る。
この中で最も信じられない大人を見る眼差しで、レインはシムの背中を見ていた。
「あんなぼけぼけした奴、初めて見た……。
さ、作戦会議だ!」
レインが周りにそう掛け声、慣れた様子で皆が頭をくっつけ顔を下に向け肩を組む。
ラナダは小さいのでその中心で皆を見上げる。
「あいつに一応ラナダを届けてくれた恩は返したい。
でもあいつは大人だ、信用出来ると思うか?」
「できるよ。にいちゃ、いいやつだから」
「ああ、悪い事考える器用さはないだろう。」
「もし何かあれば俺達があいつの身ぐるみ俺らが剥がせばいいんだ。」
「よし。」
レインが招集した作戦会議と言う名のヒソヒソ話はレインの一言で閉幕し、レインは急いで去って行くシムの元まで走った。
「おい、お前。
その無防備さ、街の奴じゃないだろう。
どこから来た。」
シムは直ぐ後ろで聞こえたレインの声に驚きながら振り向いた。
「宮廷からだよ。
最近まで、北の、テューリンゲンに居たけど。」
少年達は駆け寄るも宮廷と言う言葉にどよめく。
まさに火中の栗を拾う可能性がある為、詮索する様にシムをじろりと見た。
「きき、宮廷…?!
今そんな事、街で知れたら本当に殺されるぞ…!
何でわざわざ宮廷からこんな所まで来たんだよ。」
助けてくれた少年達に嘘をつきたくなかったので、シムは宮廷と言った事でこの様な反応が返ってくることは承知の上だった。
じろりと見られても動じはしない、先程にはなかった強い光がシムの目には宿っていた。
「大切な、友人を、探しているんだ。」
「……大切な…?」
少年達は今まで芯の無さそうな青年の以外にも強い眼差しに呆気に取られる。
それはレインも例外ではなく、どきりと心臓が鳴るのが聞こえた。
「うん、何処にいるか、分からないんだ。
でも色々街を歩けて、勉強になったよ。」
シムは素直に思った事を述べる。
この街を歩いて危ない場面や人も拝見し身を以って体験もしたが、自身を救った少年達は元気にこの街にいるだけで、まだ街に健全な血が通っているんだと感じる事が出来た。
「にい、たいせつなひとだって」
ラナダはレインの袖を引っ張る。
眼差しは何処か寂しそうであり、そのラナダをレインも同じ様な寂しげな眼差しで見下ろした。
「お前にはラナダを届けてくれた恩がある。
探すにしてもこの調子じゃあまた痛い目見るのは目に見えてる…。
仕方がないから、特別に俺がこの街の危ない場所教えてやるよ。」
「本当?」
レインは腕を組みながら、照れを隠すように不服そうな表情を浮かべている。
少年達はレインが照れを感じていることは手に取るようにわかる為、後ろで二人を見上げながらこそこそと笑い合う。
シムは、目の前のレインが少年ながらに義理を通そうとする姿に、やはり良い人である事をひしひしと感じ、嬉しくなり笑顔で頷いた。
「うん!とっても助かるよ。」
シムの嬉しそうな笑顔にほんの少し頬を染めたレインはバツが悪そうに目をそらした。
連れて来た時よりかは幾分力を和らげてシムの服を掴んだ。
「じゃあ俺ん家に来い。紙と鉛筆があるから。」
少年達は笑いながらレインを見る雰囲気で、ラナダも嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ俺達も帰るわ、もう夜になるし」
「じゃあな~レイン、ラナダ」
レインは手を振りながら去り出す少年達に軽く手を振り返しながら、ラナダの手を取る。
ラナダとレインの家はゴミ山から目と鼻の先にある古びた茶色い石造りの集合住宅の一角だった。
ゴミ山から数分もしない距離を歩くと、集合住宅の玄関に到着した。
小さなポストは皆一様に手入れがされていないのか錆びかかった鉄の扉が開きかかっていたら凹んでいたりと雑多なものだった。
石造りの為、内階段と内廊下はがっしりとした印象だが、その石自体が既に建って何年も経過している様に劣化している様だった。
内階段の手すりに手を置きながらシムはレインとラナダの後ろを着いて行く。
螺旋状になっているうち階段から上へ見上げると、中心はとても天井が高い。
下を見ると階段もあまり掃除が行き届いておらず、塵やらボロボロの新聞などが捨てられていた。
ギシギシと音を立てて登りながら、シムは今までの自身の境遇を省みる。
今まで贅沢な暮らしとは無縁な人生を歩んで来たが、それでも幸運なことにテューリンゲンの屋敷や宮廷などいつも裕福な人達の側で仕事をして来れた。
そのお陰で幼少期以降は住む場所には困らずに仕事が出来た。
しかし王政の税金徴収なども原因なのだろう、生活が出来ない人達を今日沢山見て来た。
そう言った貧困の苦しみが、子供達にも影響が出ているのだろうかと考えると胸が締め付けられる思いだった。
「着いたぜ。」
3人は4回程階段をぐるぐると登り辿り着いた扉の鍵を開けた。
ラナダは開いた瞬間部屋の中に掛けて入って行き、シムもレインに促さられるままに入室する。
そこは一つの部屋に大きめなベッドが一台と丸いテーブル、生活感のある台所のあるシンプルな部屋だった。
その部屋に一つだけある大きな窓からは先程皆でいたゴミの山が一望出来た。
シムは入室し、窓のそばまで歩み寄るとそのゴミの山を見つめた。
自分がいた世界は温かく優しく光しかなかった。
治安の良し悪しや王政の不満もそうだが、そのゴミの山を見ていると随分前から世界はおかしなことになっていたのではないかと、シムは鳥肌を立たせ立ち竦んだ。
レインがシムに並び一緒に窓を見る。
「すげーゴミだろ。
でもこのゴミ山、俺達の大事な遊び場だし結構金にもなるんだぜ。」
20
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
幼い竜は何もかも奪われた。勇者を名乗る人族に、ただ一人の肉親である父を殺される。慈しみ大切にしてくれた魔王も……すべてを奪われた黒竜は次の魔王となった。神の名づけにより力を得た彼は、魔族を従えて人間への復讐を始める。奪われた痛みを乗り越えるために。
だが、人族にも魔族を攻撃した理由があった。滅ぼされた村や町、殺された家族、奪われる数多の命。復讐は連鎖する。
互いの譲れない正義と復讐がぶつかり合う世界で、神は何を望み、幼竜に力と名を与えたのか。復讐を終えるとき、ガブリエルは何を思うだろうか。
ハッピーエンド
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/03/02……完結
2023/12/21……エブリスタ、トレンド#ファンタジー 1位
2023/12/20……アルファポリス、男性向けHOT 20位
2023/12/19……連載開始
六日の菖蒲
あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。
落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。
▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。
▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず)
▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。
▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。
▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。
▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

白銀オメガに草原で愛を
phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。
己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。
「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」
「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」
キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。
無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ
※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる