テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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無力の力

4-8

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「がはっ!」


その呻き声の様な音に、シムは咄嗟に上を向いていた顔を前に戻す。
そこにはパイプの様な棒がシムの目前の浮浪者の頭に直撃し、浮浪者が後ろに仰け反る姿だった。

シムは今の今まで自分が圧倒的に不利であった状況にも関わらず、肩を掴んできた男が倒れて行く姿を目を見開き驚愕した表情で見上げる。


「?!」

何が起こっているのか頭が追いつかず、棒が直撃して倒れこむ男をまじまじと見るシムに、後ろから物凄い力で引っ張られる様に服を掴まれた。

「早く来い鈍間!!」


直ぐ後ろから聞こえた声にシムは振り返ろうとしたが服を掴まれる力が思ったよりも強く、転げそうになりながらも立ち上がり、その言葉に従った。



立ち上がり後ろを向くと先程の数人は子供だったことが分かったが、自分の服を引っ張る子供はその中でも幾分歳上だろう、殆どシムと同じ様な背丈の年長の少年がシムを誘導してくれていた。


「有難う…!」

シムは引っ張らたまま走りつつこの状況を転じてくれた目の前の少年に礼を述べる。

「……」
しかし少年はシムの礼を気持ちがいい程に無視し、服を引っ張ったまま走り続けた。





シムの目の前を走る子供達は、大人には真似の出来ない素早さでするすると道から小道へと曲がってゆく。
シムも引っ張られるままにそのルートを走った。


少年に引っ張られながらも後ろを向くと、もうあっという間に先ほどの道は見えなくなり、集まってきた浮浪者も誰一人として追い付いてきている気配はなかった。


「もう着いてきて、ないみたい、だよ!」

シムは引っ張ってくれている少年に声をかけた。
助けてもらいここまで遠ざけてくれた少年達に申し訳なく、声も少し強めになる。

しかし引っ張る力も弱まらず、走る足も止まる気配はない。
少年は走りながら振り向いた。

シムはその少年を見つめるも、少年は直ぐに前に向き直る。
少年は焦げ茶の髪を短く整えた吊り目が印象的だった。
既に不自然なほどに大人びた眼差しをしていた。


「いいから着いて来い!」

少年はそのきつい目つきを向けながら、シムよりもずっと強い口調でシムに言い放った。









小道を幾度もすいすいと通り過ぎて行き、既にシムは何処をどの様に通ってきたのか今どの辺りなのか全く把握出来ず、すっかり頭が真っ白になっていた。

背の高い木の柵の劣化した隙間から皆が体を縦にしてすり抜けてゆく。
シムの目の前の少年も他の少年達と同じ様に体を縦にしてすり抜け、シムの服は引っ張ったままだったためシムも慌てて体を縦にしてすり抜けようとしたが俊敏に動く事に長けていないシムは若干引っかかりながらも何とか通過した。

「はぁ…はぁ…ここは…!」


柵に引っかかりつつ通過すると、そこは巨大なゴミの山がそびえ立っていた。

大小様々なゴミが無造作に積まれていたが、その中で特に目立つのは使用されなくなったであろう古びたワイン樽が積まれていた。


「ラナダくん、丸いのって…この事だったのかぁ」


ワイン樽の丸い底が何個も積まれている山を目の前に、漸く丸いものと言う意味を理解する事が出来、思わず安堵した様に微笑む。

「にいちゃーー!」


誰かの肩に担がれていたのか、辿り着いたゴミ山にはラナダもきちんと到達しており、すっかりシムに懐いたのだろう嬉しそうに下半身に抱きついてくる。

シムはくすりと微笑みながら抱き締め返そうとしたが、目の前の少年の鋭い目つきに気づき、はっと前を見た。


そこには先程まで引っ張り続けてくれた少年が吊り目の瞳をシムに向け、より一層きつめに睨みつけていた。
しかしシムは危機を救ってくれここまで連れてきてくれた少年に感謝の意を込めて微笑みながら頭を下げた。

「助けてくれて、本当に有難う。」

シムと同じほどの身長の少年はシムの感謝の言葉が癇に障ったのか、一度不快そうに眉をひそめて声を荒げた。

「お前壁沿いは危ねー奴らが住んでるってのに何であんな所でちんたらしてたんだよ!
俺らが居なかったらお前は身ぐるみ剥がされるとこだったんだぞ?!」

物凄い剣幕で怒鳴り立てられシムは顔を上げて呆気に取られる。
しかしその少年の表情はキツイながらも心配故に怒る風貌で、本当にどうなるか分からない状況な中を案じてくれていた故の言葉である事にシムは勝手に胸が暖かくなる。

「ごめんなさい、俺ももっと、気をつける、べきだった。」


シムも真剣に少年の言葉を受け止め言葉を返す。
「ならなんでもっと上手く逃げれないんだ!!」
と少年が立て続けに声を上げた瞬間、シムの下半身にぎゅうと抱きついていたラナダが少年に向かって睨み上げた。

「にいちゃをいじめるなよ!いじわるだよ!」


「ラナダ?」
「ラナダ君…?」

突然間に入って来たラナダにシムも少年も驚愕した様にラナダを見下ろす。

ラナダはシムを見上げ悲しそうに眉を下げると抱き着いたまま少年の方を指を指す。

「にいちゃ、ごめんね?
にいはラナダのにいなんだよ。」

「ラナダ君の、にい?」

シムはラナダ君の頭を優しく撫でながら首を傾げる。
シムの目の前の少年はその言葉にバツが悪そうに頭をかきながら先程の怒りが鎮火した様に唇を尖らせた。


「こいつの兄だ。
レインだ。」












 

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