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成長、彼の情
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しおりを挟む時は少し遡り。
煌びやかなパーティー会場で、セスは警備に当たっていたテラスの前で背伸びをしながら見渡した。
「あれ?隊長は?」
先程無礼を承知で話しかけた時はいたのに、カスパルがいつの間にか会場からいなくなっていた。
「先輩、隊長がいなくなりました!」
近くに居た護衛軍の一人にセスは威勢良く報告する。
先輩と呼ばれた男はそんな報告などどうでもいいかのように、面倒そうに答える。
「あぁ?外の空気でも吸いたくなたんじゃないのか?
まあ護衛軍の数人が宮廷内の巡回もしてるみたいだし、そっち見に行ったのかもなぁ。」
面倒そうに答える男の表情は見なかったことにして、セスは納得した様に何度か頷いた。
セスは護衛軍に入隊して日は浅いものの、その上に立つカスパル・ラザフォードを心から敬愛していた。
何も知らない一般市民出の自分を優しく見守ってくれ時に厳しく指導し武術を教え導いてくれるカスパルは、まるで歳の離れた兄の様であり慕い憧れの的でもあった。
そのためカスパルが疑惑をかけられ迫害される事も内心とても許せなかったし、カスパルが偶に見せる疲弊した表情や悲しげな表情にセスはとても憂いていた。
その感情はいつしか常にカスパルの側に居て役に立つ様な事をしたいという些か行き過ぎた行動へと移り始めていた。
「そしたら自分、隊長の護衛をしてきてもいいでしょうか!!」
セスは敬礼しながらその場を後にしようとするが、先輩の男は「待て待て!」と慌てて首根っこを掴む。
「さっき隊長から持ち場を離れるなって怒られたばっかりだろうが!
また破ったら今度は本気で怒られるぞ…!」
一応はセスの身を案じて注意するもセスは再び敬礼しながら振り向いた。
「しかし隊長が一人きりなのも危険なので、向かいます!」
セスは再び会場の出口まで走り出すのを先輩は呆けながら見送り、「ったく…どうなっても知らねぇからな…」とだけ呆れた様に呟いた。
会場の外に出ると先程の活気付いた明るい雰囲気とは一変し、夜の暗闇に包まれ静まり返って居た。
「隊長ー!」
一つ声をかけながら進むも、暗い上に自分以外の足音しか響いておらず、近くにはカスパルが居ない事を察する。
隊長ならどこに向かうだろうか
セスはカスパルが行きそうな場所へ歩いた。
今まで微力ながらもカスパルの部下として手伝いをしてきたセスにとって通い詰めた執務室に向かってみることにした。
歩きながらセスは、前に執務室で書類整理の手伝いをしたことを思い出していた。
執務室でカスパルに嫌味をぶつけ続けた貴族の者をセスはまだ許せないでいる。
セスが護衛軍に入隊したのは国や貴族を守りたい訳でなく、強い男になりたいからだった。
遠くの国に出稼いで殆ど帰ってこない父と、優しい手芸好きな母の間に生まれたセスは幼い頃から家と母を父の代わりに守ると少年だったが、やはり素人の限界を感じ入隊を志願したため今はセスにとって鍛えられ心から尊敬する上司の手伝いができる事は幸せな事だった。
執務室までの道のりはやはり薄暗く人の気配はなかった。
執務室の重厚な扉を軽くノックをし「隊長!いらっしゃいますか!」と通る声で挨拶を投げかけても扉の向こうから返事は全く返ってこない。
「ここじゃないんだな…」
悩む様に頭をかきながら来た道を戻り始めた。
執務室ではないとすると他はどこがあるだろうか。
そう悩んだその時、とてつもない振動と爆発音で暗い廊下中にゴゴゴと地響きの様な音がこだました。
「…え?」
セスはあまりに突然の爆発音と体験した事のない異常な振動と不穏な音にしばらく固まり、あたりを見回した。
体験した事のない爆発はセスからしてみればごく近くの場所が爆発したかの様な迫力があり、すっかりその仮定を事実だと捉えてみるみると青ざめた。
「大変だ…大変だ…
隊長を呼ばないと…!」
セスは青ざめながら子鹿の様に軽々しい脚力で素早く走り始める。
全速力でかける廊下は爆発の後も誰一人としておらず、たった一人でその廊下を走る事にも現実味があまりにないほど恐怖で無心になっていた。
その間にも何回か爆発音が遠い場所からも付近からも鳴り響き続ける。
「ひぃっ!」
爆発音が鳴る度に、けたたましくガシャガシャと揺れる装飾品に時折軽い悲鳴を上げながらも掛ける足は止めず、一目散にカスパルの寝室へと急いだ。
パーティーで疲れたカスパルは自室で休息しているはずだ、と息を切らして辿り着いたもののノックをしても何も返答も物音さえもしない。
「隊長!いらっしゃらないんですか!!隊長!」
何度かノックの範疇を超えてどんどんと拳で叩くも結果は同じく、セスはカスパルの自室の前で気持ちが怯む思いだった。
「くそっ…どこにいるんだよ…隊長…!」
弱音を吐きながら一生懸命カスパルの行きそうな場所を行ったり来たりしながら考える。
セスに考えられる場所はもう後一ヶ所しか考えられなかった。
「はぁ…はぁ…」
幾度もの爆発音に耳を塞ぎながら走り続け、やっと辿り着いた場所は訓練場だった。
ここはセスがカスパルと手合わせした思い入れ深い場所である。
軋む音を立てて木製の扉を開けると、その広い空間は静まり返っていた。
凛とした静寂の空気にカスパルがここにも居ない事をいやでも感じ、セスは上がった息を押さえながら項垂れた。
こんなにカスパルを尊敬しているのに
こんなにカスパルを探しているのに
居るだろうと自分の検討する場所にはどこにもいない。
自身がカスパルの事を何も分かっていないことと同義である。
そしてセスに見せていない一面が、カスパルにはまだ沢山あるのだろう事実も浮き彫りになる。
こんなに俺は、隊長のことを考えているのに…
セスは下を向きながら一応訓練場に足を踏み入れ、見渡す。
「隊長…いらっしゃらないんですか…」
すっかり覇気を無くしたセスの言葉は、いとも簡単に爆発音にかき消される。
しかしこの訓練場には装飾品は一切ない為、振動で余計に響く耳障りな雑音はなかった。
「…?」
セスは床に模擬刀が数本散らばっていることに気付いた。
「あれ…?
俺が毎日壁にかけてるのに…」
その模擬刀は訓練が終了すると下っ端であるセスが備品庫の壁に立てかけているものだ。
その模擬刀が全て床に散らばっている。
セスは不思議そうに拾い集めていった。
「この爆発音で倒れたのか…」
今はこんなことをしている場合ではないのに、とため息を吐きながら急いで集めて備品庫に向かう。
そこで備品庫の扉がうっすらと空いていることに気づき、セスは一気に緊張を顔に走らせる。
「…!」
なぜ開いている?
セスは途端に歩みを止め、音を立てない様に模擬刀を床に降ろした。
腰にさしてある細剣に手を添える。
備品庫の施錠も下っ端であるセスの仕事、本日も変わらず施錠して出た事を確かに記憶している。
それが開いているとなると、考えられる限り誰かが再度侵入したか、しているかは確実だ。
何のために。
備品庫の中から物音はないが、セスはゆっくりと近づく。
「おい…誰か居るのか…」
セスは備品庫の目の前まで行くと、薄く開いている隙間から慎重に覗き見るがとても暗く中は伺えない。
添えていた手で細剣を強く握りしめ、片足を掛ける様にして備品庫の扉を勢いよく開けた。
セスは緊張で足が震えるのを押さえ勢いよく剣を構える。
「おい…!!誰だ!!」
その威勢の良い声に備品庫の中で初めて物音の様な布の擦れるわずかな音が響いた。
「…!?」
布の擦れる音がした方に急いで剣を向け暗く何も見えない方にセスは必死に目を凝らす。
暗がりにはほんのうっすらと人間が横たわって居る事が分かり、そしてその人間が誰かうっすらと漏れる光で見えてしまい、セスは強張り青ざめた。
「…セス…か…?」
セスは顔を引き攣らせて剣を床に落とした。
この男を知っている。
知っているどころか、頼れる優しい先輩の、…だってこの間だってジェーン様の部屋を一緒に片付けた……
「モール先輩…?
どうしてそんな所で
倒れてるんですか……」
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