76 / 168
成長、彼の情
3-36
しおりを挟むカスパルの表情から笑顔が消えた。
「シム…。」
シムの放った言葉にカスパルは目を見開く。
その一瞬の時間の中でカスパルは瞬く間に思考を巡らせた。
神父の事とは辞職し退廷した事を既に知っているのか。
しかしその事を既に知っているならば改宗の事も既に知っているということだろうか。
街のこととは、恐らく反政府の動きを知っているのだろうか。
情報経路は小風か、従者の間での噂か。
そして何よりジェーンの事。
ジェーンについては貴族にも正式な事は伝えていない機密事項の筈である。
貴族達はあくまで噂を伝達し合っているに過ぎないが、シムがそれを偶々聞いたと言うのだろうか。
もしそうだとしても他人の噂で”知っている”とシムは断言する男だろうか。
ジェーンの事を把握している内部の者が情報を外に対して漏洩させているのだろうか。
だとしたらそれは一体誰だ。
順を追って確認しなければと思いつつも、やはり未だに信じられない気持ちを抱きながら口を開いた。
「……まさか、そんなにシムが知っていたとはな…。
神父とジェーンについては誰かが情報を漏らしていないか…役職上確認しておきたいんが質問してもいいか?」
そう言いにくそうに話すカスパルに、シムが今度は少し目を見開いた後少しだけ困ったように笑って肩を上げてみせる。
「誰かから聞いた、話ではないです。
…俺から、話していいですか?」
神父は人に見送られながら退廷している訳でもない。
ジェーンに至っては自由が許されていない。
シムは暗い色を目に讃え静かに話し始めた。
その表情には未だ残る悲しみが滲み出ている。
「神父様の事は、さっき知りました。
…最近お見かけ、しなかったので、教会に行ったら、女神像も…神父様もいなかった。」
教会の方に顔を向けながらシムの寂しげな瞳は月の光で涙の様に光っている。
「庭を、ちゃんと完成した庭を、見せたかった。
とても悲しいけれど、きっと一番辛いのは、神父様、なのでは、ないでしょうか。
荷出しを手伝ったのも、護衛軍の人達だって、厨房の方、から聞きました。」
突然何の知らせもなく姿を消した神父に対しての悲しみや寂しさと葛藤しながらも神父を想うシムに、カスパルは胸が締め付けられた。
「…神父についてはシムに関係する話なのに、話すことが出来ずすまなかった。」
シムは慌てて首を横に振り心配そうにカスパルを見上げる。
「責めてる訳じゃ、ないんです、カスパルさん。」
困った顔にカスパルは少し微笑んで見せる。
「神父の事は俺も何とかしたかったんだが国の大きな動きの前にもうどうにもならなかった…。
だからせめて荷出しはこっちでやると願い出たんだ。
だが…それも俺は今立場があまり芳しくないせいで神父の荷出しを直接は手伝えなかった。
だから俺の部下が荷出しを全部したんだ。」
俺が直接手伝いたかったんだが、と呟きカスパルはあらぬ方向を見つめた。
あらぬ方向を見つめるのはカスパルが自身を責めている時に無意識にする癖の様なものだった。
シムはそのカスパルの横顔を見上げ、シムも同じく胸がぎゅっと締め付けられ痛んでいた。
この人は今、自分を責めている。
シムもまた無意識にカスパルの癖を見抜いていた。
男に好意を抱くと言うことがこの国でいかに罪深いことなのか、それを密やかに自覚してしまっている自分の取る行動や言動でどんな影響が起こるのか、シムは何度も考えて何度もこの気持ちをしまっておこうと決意していた。
しかし今、不思議と全て頭から抜け落ちていく。
気がつけばシムはカスパルの方へ手を伸ばしていた。
シムの手はカスパルの袖を掴み、自分に引き寄せる様にして抱き寄せた。
カスパルさん、そんな顔しないで。
その想いだけが頭を占領する。
カスパルに抱きついている事を理解しないまま、シムは反射的にカスパルの引き締まった胸に頭を埋めた。
「神父様のこと、悲しいけど、いいんです。
それで、俺が誰かを、責める事はできない。
ジェーン様のことも、たまたま、宮廷内で会ったのを、部屋まで、送ったことがありました。
その時、色々聞いて、驚いたし、怒りが湧いたけど、ジェーン様の気持ちを知ることが、出来た。
カスパルさんはそうやって、沢山の事を一人で秘密にしてくれて、いたんですよね。
凄く、苦しかった、ですよね。」
きつく抱きつくシムに、カスパルは呆然と目を見開いた。
自身の胸に埋まるシムの身体は暖かく、カスパルの心を優しく優しく包み込んでいく。
カスパルはシムが自分の味方でいてくれる限り、大丈夫だと思えた。
どんな過酷な道になろうと、例え悪者になろうと、シムをこの手で大切にしたい。
それ程にシムのことを、
「苦しんだって構わない…シムが俺の側に居てくれる限り。」
カスパルは堪らず抱き着いてくるシムの身体を、シムよりもずっと大きな腕で抱き込んだ。
抱き込んで分かるシムの暖かさを全身で味わった。
この世界が万が一ひっくり返り、自分が目の前の人間に愛を唱えても許される世界が来たら、カスパルはシムに毎日だってしつこい程に愛を唱えたい。
カスパルは抱き締める事でより一層堪らない感情が溢れ出た。
「か、カスパルさん…?!」
今度はシムが目を見開く番だった。
シムは抱きしめ返された事で、初めて自らカスパルに抱き着いた事に気付き即座に硬直する。
自分は何てことをしてしまったんだろう。
男が抱き着くなど、優しいカスパルではなかった場合払い飛ばされていたっておかしくない。
ただただその苦しそうな顔を安心させたいと一心で抱きついたことを今更とんでもないことをしてしまったと目を白黒させる。
それなのに目の前のカスパルは強くシムを抱きしめ返してくれている。
混乱し過ぎたシムには、すぐには理解し難い事態であった。
39
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
【完結】魔王を殺された黒竜は勇者を許さない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
幼い竜は何もかも奪われた。勇者を名乗る人族に、ただ一人の肉親である父を殺される。慈しみ大切にしてくれた魔王も……すべてを奪われた黒竜は次の魔王となった。神の名づけにより力を得た彼は、魔族を従えて人間への復讐を始める。奪われた痛みを乗り越えるために。
だが、人族にも魔族を攻撃した理由があった。滅ぼされた村や町、殺された家族、奪われる数多の命。復讐は連鎖する。
互いの譲れない正義と復讐がぶつかり合う世界で、神は何を望み、幼竜に力と名を与えたのか。復讐を終えるとき、ガブリエルは何を思うだろうか。
ハッピーエンド
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/03/02……完結
2023/12/21……エブリスタ、トレンド#ファンタジー 1位
2023/12/20……アルファポリス、男性向けHOT 20位
2023/12/19……連載開始
六日の菖蒲
あこ
BL
突然一方的に別れを告げられた紫はその後、理由を目の当たりにする。
落ち込んで行く紫を見ていた萌葱は、図らずも自分と向き合う事になった。
▷ 王道?全寮制学園ものっぽい学園が舞台です。
▷ 同室の紫と萌葱を中心にその脇でアンチ王道な展開ですが、アンチの影は薄め(のはず)
▷ 身代わりにされてた受けが幸せになるまで、が目標。
▷ 見た目不良な萌葱は不良ではありません。見た目だけ。そして世話焼き(紫限定)です。
▷ 紫はのほほん健気な普通顔です。でも雰囲気補正でちょっと可愛く見えます。
▷ 章や作品タイトルの頭に『★』があるものは、個人サイトでリクエストしていただいたものです。こちらではいただいたリクエスト内容やお礼などの後書きを省略させていただいています。
うちの冷蔵庫がダンジョンになった
空志戸レミ
ファンタジー
一二三大賞3:コミカライズ賞受賞
ある日の事、突然世界中にモンスターの跋扈するダンジョンが現れたことで人々は戦慄。
そんななかしがないサラリーマンの住むアパートに置かれた古びた2ドア冷蔵庫もまた、なぜかダンジョンと繋がってしまう。部屋の借主である男は酷く困惑しつつもその魔性に惹かれ、このひとりしか知らないダンジョンの攻略に乗り出すのだった…。
【完結】相談する相手を、間違えました
ryon*
BL
長い間片想いしていた幼なじみの結婚を知らされ、30歳の誕生日前日に失恋した大晴。
自棄になり訪れた結婚相談所で、高校時代の同級生にして学内のカースト最上位に君臨していた男、早乙女 遼河と再会して・・・
***
執着系美形攻めに、あっさりカラダから堕とされる自称平凡地味陰キャ受けを書きたかった。
ただ、それだけです。
***
他サイトにも、掲載しています。
てんぱる1様の、フリー素材を表紙にお借りしています。
***
エブリスタで2022/5/6~5/11、BLトレンドランキング1位を獲得しました。
ありがとうございました。
***
閲覧への感謝の気持ちをこめて、5/8 遼河視点のSSを追加しました。
ちょっと闇深い感じですが、楽しんで頂けたら幸いです(*´ω`*)
***
2022/5/14 エブリスタで保存したデータが飛ぶという不具合が出ているみたいで、ちょっとこわいのであちらに置いていたSSを念のためこちらにも転載しておきます。

消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

白銀オメガに草原で愛を
phyr
BL
草原の国ヨラガンのユクガは、攻め落とした城の隠し部屋で美しいオメガの子どもを見つけた。
己の年も、名前も、昼と夜の区別も知らずに生きてきたらしい彼を置いていけず、連れ帰ってともに暮らすことになる。
「私は、ユクガ様のお嫁さんになりたいです」
「ヒートが来るようになったとき、まだお前にその気があったらな」
キアラと名づけた少年と暮らすうちにユクガにも情が芽生えるが、キアラには自分も知らない大きな秘密があって……。
無意識溺愛系アルファ×一途で健気なオメガ
※このお話はムーンライトノベルズ様にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる