テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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成長、彼の情

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カスパルの表情から笑顔が消えた。


「シム…。」


シムの放った言葉にカスパルは目を見開く。


その一瞬の時間の中でカスパルは瞬く間に思考を巡らせた。

神父の事とは辞職し退廷した事を既に知っているのか。
しかしその事を既に知っているならば改宗の事も既に知っているということだろうか。
街のこととは、恐らく反政府の動きを知っているのだろうか。
情報経路は小風か、従者の間での噂か。

そして何よりジェーンの事。

ジェーンについては貴族にも正式な事は伝えていない機密事項の筈である。

貴族達はあくまで噂を伝達し合っているに過ぎないが、シムがそれを偶々聞いたと言うのだろうか。
もしそうだとしても他人の噂で”知っている”とシムは断言する男だろうか。

ジェーンの事を把握している内部の者が情報を外に対して漏洩させているのだろうか。
だとしたらそれは一体誰だ。

順を追って確認しなければと思いつつも、やはり未だに信じられない気持ちを抱きながら口を開いた。


「……まさか、そんなにシムが知っていたとはな…。
神父とジェーンについては誰かが情報を漏らしていないか…役職上確認しておきたいんが質問してもいいか?」


そう言いにくそうに話すカスパルに、シムが今度は少し目を見開いた後少しだけ困ったように笑って肩を上げてみせる。

「誰かから聞いた、話ではないです。
…俺から、話していいですか?」


神父は人に見送られながら退廷している訳でもない。
ジェーンに至っては自由が許されていない。

シムは暗い色を目に讃え静かに話し始めた。
その表情には未だ残る悲しみが滲み出ている。


「神父様の事は、さっき知りました。
…最近お見かけ、しなかったので、教会に行ったら、女神像も…神父様もいなかった。」

教会の方に顔を向けながらシムの寂しげな瞳は月の光で涙の様に光っている。

「庭を、ちゃんと完成した庭を、見せたかった。
とても悲しいけれど、きっと一番辛いのは、神父様、なのでは、ないでしょうか。
荷出しを手伝ったのも、護衛軍の人達だって、厨房の方、から聞きました。」


突然何の知らせもなく姿を消した神父に対しての悲しみや寂しさと葛藤しながらも神父を想うシムに、カスパルは胸が締め付けられた。


「…神父についてはシムに関係する話なのに、話すことが出来ずすまなかった。」


シムは慌てて首を横に振り心配そうにカスパルを見上げる。
「責めてる訳じゃ、ないんです、カスパルさん。」

困った顔にカスパルは少し微笑んで見せる。

「神父の事は俺も何とかしたかったんだが国の大きな動きの前にもうどうにもならなかった…。
だからせめて荷出しはこっちでやると願い出たんだ。
だが…それも俺は今立場があまり芳しくないせいで神父の荷出しを直接は手伝えなかった。
だから俺の部下が荷出しを全部したんだ。」

俺が直接手伝いたかったんだが、と呟きカスパルはあらぬ方向を見つめた。

あらぬ方向を見つめるのはカスパルが自身を責めている時に無意識にする癖の様なものだった。


シムはそのカスパルの横顔を見上げ、シムも同じく胸がぎゅっと締め付けられ痛んでいた。

この人は今、自分を責めている。
シムもまた無意識にカスパルの癖を見抜いていた。



男に好意を抱くと言うことがこの国でいかに罪深いことなのか、それを密やかに自覚してしまっている自分の取る行動や言動でどんな影響が起こるのか、シムは何度も考えて何度もこの気持ちをしまっておこうと決意していた。

しかし今、不思議と全て頭から抜け落ちていく。
気がつけばシムはカスパルの方へ手を伸ばしていた。

シムの手はカスパルの袖を掴み、自分に引き寄せる様にして抱き寄せた。

カスパルさん、そんな顔しないで。


その想いだけが頭を占領する。
カスパルに抱きついている事を理解しないまま、シムは反射的にカスパルの引き締まった胸に頭を埋めた。


「神父様のこと、悲しいけど、いいんです。
それで、俺が誰かを、責める事はできない。
ジェーン様のことも、たまたま、宮廷内で会ったのを、部屋まで、送ったことがありました。
その時、色々聞いて、驚いたし、怒りが湧いたけど、ジェーン様の気持ちを知ることが、出来た。
カスパルさんはそうやって、沢山の事を一人で秘密にしてくれて、いたんですよね。
凄く、苦しかった、ですよね。」


きつく抱きつくシムに、カスパルは呆然と目を見開いた。

自身の胸に埋まるシムの身体は暖かく、カスパルの心を優しく優しく包み込んでいく。


カスパルはシムが自分の味方でいてくれる限り、大丈夫だと思えた。
どんな過酷な道になろうと、例え悪者になろうと、シムをこの手で大切にしたい。

それ程にシムのことを、


「苦しんだって構わない…シムが俺の側に居てくれる限り。」

カスパルは堪らず抱き着いてくるシムの身体を、シムよりもずっと大きな腕で抱き込んだ。

抱き込んで分かるシムの暖かさを全身で味わった。
この世界が万が一ひっくり返り、自分が目の前の人間に愛を唱えても許される世界が来たら、カスパルはシムに毎日だってしつこい程に愛を唱えたい。

カスパルは抱き締める事でより一層堪らない感情が溢れ出た。

「か、カスパルさん…?!」

今度はシムが目を見開く番だった。


シムは抱きしめ返された事で、初めて自らカスパルに抱き着いた事に気付き即座に硬直する。

自分は何てことをしてしまったんだろう。
男が抱き着くなど、優しいカスパルではなかった場合払い飛ばされていたっておかしくない。
ただただその苦しそうな顔を安心させたいと一心で抱きついたことを今更とんでもないことをしてしまったと目を白黒させる。


それなのに目の前のカスパルは強くシムを抱きしめ返してくれている。
混乱し過ぎたシムには、すぐには理解し難い事態であった。








 
 
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