テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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成長、彼の情

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シムとカスパルは一瞬の間、お互いにひんやりと澄んだ暗闇の中で見つめ合った。

それはまるでテューリンゲンの屋敷で、初めてきちんと会話をしたあの夜の様でもあり、懐かしい気持ちをシムもカスパルも感じていた。



しかし今晩のカスパルは護衛軍統括に相応しい、勲章に飾られた軍服を凛々しく着こなしており、同じ男ながらにシムはカスパルの男らしい姿に目を奪われた。

「カ、カスパルさん、パーティーにいるんじゃ…」


シムは首を傾げながら正装のカスパルに問いかける。

目を奪われていた事がバレない様、ごく自然に振る舞いたかったシムは、不自然にならないように緊張して口を開いたものの声が上擦ってしまい結局ぎこちないものになった。


カスパルはシムの言葉に少しだけ苦笑し、シムの元へと近づきながら頭をかいた。


「やはり俺には、パーティーは向いてないみたいだ。」

困った様に笑いつつシムに向けるカスパルの眼差しは優しさと暖かさに溢れている。


シムはその言葉を聞きながらいつかの小風が発した言葉を頭の中で思い出した。

"あいつは女好きだ。"


小風は直ぐに嘘であると訂正していたし、その言動が小風のただの悪戯である事もカスパルの人柄から十分に推測できる。

しかしやはりパーティーとは女性が着飾り男女交えて会話やお酒を楽しむ社交の場である事ぐらいはシムでも知識はある。
シムも男なので女性が着飾っていれば美しいと思うが、カスパルもそう思うのだろうかと考えたところで自分の感情ではないような気持ちがざわざわと心を震わせた。


「パーティーにはあまり、いなかったん、でしょうか?」


カスパルはシムの問いに一つ頷いてから口を開きかけ、口をつぐんだ。

カスパルがパーティーで感じた嫌悪感をシムに共有したところで、シムを余計なところで心配させてしまうのではないかと思い、もう一度苦笑して見せる。


「…疲れた心をシムの作った庭を眺めて和らげようと思って会場から出たんだ。
だから会えて嬉しいよ、シム。」



カスパルの言動には以前までは形のなかった感情が確かな形を得て溢れていた。
既にシムを“なんとなく気に入っている”感情とは別物である事もカスパルは理解していた。

だが自身の置かれている状況も十分理解しているカスパルはシムを手に入れたいと言う欲望には鍵をかけ、少しでもシムと会う選択を選んでいた。

会えて嬉しい、と言われたシムは賺さず恥ずかしさに顔を赤らめ目線を逸らす。
 

「そんな…
俺も、嬉しいです。」


あからさまに照れた後、やっと出た言葉にカスパルはくすりと笑った。
シムの吃る言葉も声も、一生懸命さも愚直さも全てがすっかりカスパルにとっては愛しいと思える要素だった。



「シムの庭はもう直ぐ完成の時期だろうか。
案内してくれないか?」

初めての花の説明を優しく聞いたあの時と全く同じ優しい表情でシムに問う。

シムもその表情を暗闇の中にも関わらず、眩しそうに目を細めて見つめる。

「はい、勿論です。」








庭までの道をシムはカスパルとともに歩く。
シムよりかも身長の高いカスパルの歩幅はもちろん大きく、直ぐにシムを追い抜かしてしまいそうなところを敢えてゆっくりと歩きシムの速度に合わせていた。

庭までの道が終わると次は教会までの道を庭が囲む様になり、シムはその庭への入り口で歩みを止めた。


先程よりも月は高い位置に移動しより一層月の光を柔らかく反射するその庭は、形容し難い幻想的な雰囲気に包まれていた。



「…見事だな…。」


カスパルは目を幾分か見開き、ため息を溢す様に静かに賞賛を口にする。
直ぐ側にいる青年がこの庭を一から造り上げた事がいささか信じ難い程に神聖な空気を感じた。

本当に神が宿っているかの様に綺麗だ。


パーティーで固まり窒息しかけていた心がシムに会って解れ、そして庭を眺めてより柔らかく治っていくのを感じた。

「あ、ありがとう、ございます。
…草木たちの、お陰です。
立派に根付き、始めた、この子達の生命力は、すごいんです。」


褒められた嬉しさと草木への感謝の念にシムは下を向きながら頭をかく。

カスパルはそんなシムと庭を交互に見つめ胸を撫で下ろした。


「シムとシムの庭のおかげで俺は元気が戻ってきた。」

カスパルの言葉にシムは不意にカスパルを見上げた。
下から見上げるカスパルは確かに言われた通り、少し疲弊の色が見て取れる様な気がした。

前にも図書館でカスパルの話を聞いた事を思い出す。

あの時も何の役にも立ってはいなかったが、いつ何時もカスパルの力になりたいと言う気持ちは強くある。


「俺に、何でも、話してください。
あなたの、力になりたいと、前も今も、思ってます。」


シムはゆっくりと吃りながらも何とか自身の言いたかった言葉を口にする。
それを同じくゆっくりと受け止めるカスパルは、以前図書館でも同じ様な事を言われたなと思い出し、守りたいのに結局シムに言葉で救われてしまう自身の不甲斐なさに苦笑しながらシムを見つめた。


「有難う、シム。」


カスパル自身、どんな仕事で抱えた秘密も重積も一人だけで抱え込む部分があることを自覚している。
しかしそれも度重なればカスパルを縛り付けるしがらみとなった。
その固く閉ざされたカスパルの扉を開ける事が出来る唯一の人物はシムなのかもしれない。
そう思ってしまう程シムの言葉はカスパルの中で暖かいミルクのように優しく浸透していく。


シムに対して嘘も隠し事もしないで済むならそれに越したことはない。
しかしカスパルは今の状況下で、口に出せる量よりも遥かに多くのことを抱え込み過ぎているため、シムにそれを共有することで様々な事に巻き込んでしまう事は恐怖以外の何物でもなかった。

ジェーンのこと。
王と王妃のこと。
神父のこと。
改宗のこと。
近隣諸国のこと。
自身に掛けられている疑いのこと。
そして反政府のこと。


シムに伝えるべきではないと判断し続けた先で、カスパルに待ち受けていたのは苦しみと孤独だけだった。
しかしその苦しみさえも今のカスパルには認知する余裕がなかった。

「……そうだな。
…何処から話せばいいか、俺にも判断がつかない。」


可笑しいだろ?と自身を責める様に苦笑して肩を上げて見せるカスパルにシムは胸がツキンと痛んだ。

苦しんでいる、辛そうな笑い方に堪らなく感情が溢れ出てきてしまいそうだった。

そんな顔しないで。
拳をぎゅっと握りながらカスパルの痛々しい疲れた笑顔を見つめた。


「それなら、俺から、話しても、いいですか…?」


意を決した様に口を開くシムに、カスパルは不思議そうな表情で見下ろす。
「ん?」

カスパルが口に出すことが辛いならば。
幾らでも自身が代わりに言葉にてもいい。
少しでもあなたの肩の荷を一緒に背負えるならば。


「ジェーン様の事も、神父様の事も、街が今、大変な事も…少しは知って、いるつもりです。
だから、俺を心配して、隠し事は、しなくて、いいんです。」






 
 
 
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