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エリザベスの訪問
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しおりを挟むエリザベスはふっと笑みを曇らせてカスパルを見た。
「ジェーンもよ。
ジェーンも宮廷で守ってあげてね。」
カスパルはその言葉に顔を曇らせる。
忘れていた訳では決してないが、まだまだ子供の表情をした彼女の精一杯の色仕掛けを無下にした申し訳なさは消えていない。
しかし宮廷はこのような北の地方とは訳が違う。
女性は特に裏切りや媚び、複雑に絡んでいる関係や表面に現れない心理戦が存在する。
それは同盟国から遣わされ肩身の狭い体験を沢山してきたカスパルは、痛い程理解し経験しているので、守るべき対象であることも重々承知しているつもりだ。
「そうですね…。
しかし男の私には限界があります。それでも目が届く所までは、善処はします。」
エリザベスは頷く。
エリザベスもジェーンに対して漠然とした不安を抱いていた。
身軽に動けない身であり、今回の視察は奇跡に等しいほどに自由にしてもらっている程のエリザベス。
いくら王妃の侍女として召し上げるとはいえ、水面下で何が起こっているのか時々さっぱり掴めない事だってある。
もちろん宮廷内には認めたくはないが男女関係の問題も消えない。
やはり国で一番偉大な宮廷に召し上げるからには、彼女には幸せな日々を送って欲しいと思っているが、歳の離れすぎたジェーンの心情がまるで分からずエリザベスの不安はさらなる不安を呼んだ。
書斎へと続く少し暗い廊下をテューリンゲン夫人は進む。
グリアムは結局未だに書斎から出てきていないようだ。
夫人は足を進めるごとに、何だか嫌な予感を感じていた。
このざわつきは一体何だというのだろうか。
書斎の重く古めかしい扉の取っ手に手をかけた時にその嫌な予感は的中していたことに、夫人は思い切り顔を歪めた。
「よいなジェーン。
契る相手を間違えぬようにな。
宮廷の中でとより高貴なお方を選ぶのだぞ。」
意を決して扉を開けた先には、グリアムと居ると思わなかったジェーンが立っていた。
「貴方…」
夫人はそれ以外の言葉を絞り出すことが出来なかった。
昨日のこちら側の必死な懇願は全く伝わっていなかったのである。失望というレベルを超えていた。
「来たか。
色々考えもしたが、やはり入廷させる事にした。
こんな恵まれたチャンスは今後ある保証などない。
行かなかった後悔より行った後悔と、それに賭ける事にしたのだ。」
よくもべらべらと言えたものである。
夫人は目眩を必死に抑えて、いつもより何倍もよく口の動くグリアムへ軽蔑の眼差しを向ける。
しかしジェーンは振り返ると、今にも卒倒しそうな白い顔の夫人を見て口を開いた。
「お母様、聞きました。
私の幸せのために行かせたくないと仰ったそうですね?」
ジェーンはゆっくりお母様に近づき、冷酷さが滲み出た本来の性格が反映されている醜い微笑で言葉を続ける。
母として一度も見たこともなければ、教えたこともない表情をした我が子がそこにはいた。
「私の幸せは私が決めます。
あの泥だらけの汚い男が入廷して、私が何もない田舎にずっとくすぶるなんて、考えられないわ。
お母様は私の何も分かっていない。」
「ジェーン….!」
ショックを顔にあからさまに出す夫人をジェーンはとても冷めた目で見ていたが、内心では自由になれるチャンスに心が踊っていた。
こんな田舎で両親に監視され良い様に使われる事を最もフラストレーションと感じていたジェーンにとって入廷という言葉は、14歳程度の頭では天国である。
シムが一緒に入廷することがとても嫌だったが、王妃の世話をするならば庭師はあまり会わずに済むだろう。我慢は出来る。
自分の手で最高の婿を探し、自分の輝けるステージを自分で作るのだ。
自分はまだ若い、それくらいのこと苦もなく出来る。
ジェーンはすっかり根拠の無い自信に取り憑かれていた。
「私は王妃様と共に入廷します。
早い方がきっと良いわ、」
「おおジェーン、それでこそ私の娘だ!」
グリアムは得意げに手を広げてみせる。
実際手柄を立てるのも頑張るのもジェーンだが、グリアムも根拠の無い自信に取り憑かれているようだった。
夫人はこの広い屋敷の中で誰も味方がいないような気分を噛み締めた。
何故自分のこの心配する気持ちは届かないのか、来るしく寂しい気持ちに支配される。
「シムに、…シムに伝えなければ…!」
そう震える声で再び扉に向き直り、冷えた金属の取っ手に手を乗せる。
今自分の背中に注がれている愛する家族の視線は、夫人にとって震えて歯が鳴る程冷たいものだった。
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