テューリンゲンの庭師

牧ヤスキ

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エリザベスの訪問

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雲一つない快晴だった。
5月のレグランドらしいからっとした天気である。

その青色の空によく映えるように庭には白と黄色の薔薇が絶妙なバランスで咲き乱れていた。

王妃陛下はその庭を見渡し、気持ちよさそうに深呼吸をして微笑んだ。


「まあ、なんて素敵な庭なんでしょう…!」

シムはその賞賛に視線を彷徨わせたまま何と返せば分からず、結局何も黙りこくることしか出来なかった。
普段のシムならば嬉しくて顔をほころばせているところなのだが、今回ばかりは緊張で身体が言うことを聞かない。

そんなシムを気遣うように王妃陛下は言葉を続ける。

「この訪問は実は私の我侭なの、このお庭を拝見したいがためのね。
宮殿で噂なのよ、北の大地に綺麗な庭があると」

そう秘密ごとのように小声で話す王妃陛下の言葉に、思わずシムは顔を上げる。
この高貴な方は自分の育てた庭を見たいがためにわざわざ来てくれたというのか。
もしもそれが本当だったとしたら、なんて…なんて光栄なことだろう…

シムは気づけば感極まり、ありがとうございます…と震える声で呟いていた。
本来ならそんなくだけた礼など、ましてや王妃陛下に対する無礼極まりない行為だとしても、王妃陛下はその一言を受け止めるように微笑んだ。

「あなた20そこそこでしょう?
私よりも15程も若いあなたが、こんなに綺麗な花を咲かせるだなんて妬けるわね。
この薔薇はなんて言うの?」

そこからもうシムは自分の育てた愛情たっぷりの花達への説明を、どもりながらも楽しそうにゆっくりと始めていた。

「これは、グレアルという品種です!
虫に、少し弱いのですが、きちんと守ってあげると、本当に綺麗な色になります。
こっちはレグラニアガーデンで…」

一生懸命に説明するシムに王妃陛下も一生懸命に聞く、微笑ましい光景だった。
時折、これは宮殿にもあるが育ちが悪いのだ等、王妃陛下が所有されている庭の助言や情報を話し合っていた。





一方大広間では貴族の子息達や召使い、テューリンゲン夫妻が王妃陛下が中々庭から戻らないおかげで思わぬ暇を持て余していた。
子息達は元々さほど仲が良い訳ではないのか、若くは辺鄙な北の地方にこれといった興味がないのか、話に花が咲いている様子もなかった。

その中でジェーンはようやく大広間に姿を見せた。
皆の注目を集めるには十分な登場だった。

艶やかな長い髪を結って横に流し、薄い水色のドレスに身を包んだジェーンは可憐な姫君そのものである。

主人グリアムは足早にジェーンに近寄り、苛立たしげに声を荒げる。

「一体何をしていたんだ、全く。
もう皆様はとっくに到着しているのだぞ!」

ジェーンは然程気にしていない風に軽く頭を下げ申し訳御座いません、と平謝りしその姿勢のまま自分に視線を向けている子息達に会釈をした。

なんて綺麗な子だ…

子息達から思わず言葉が漏れる。こんな娘がいたとは、旅の目的地は捨てたものじゃないかもしれない。その可憐な少女に皆一様に生唾を飲み込んだ。

一方でジェーンは子息達には視線も合わせず、興味がなさそうな態度を見せ凛とした態度で席に着いた。

そんなジェーンの態度に子息達はますます興味を持つが、夫妻はジェーンの強情な側面を知っているため、どんな行動をされるか冷や冷やものであった。

魅力ある女性として振る舞えと、あの書斎で言っておいたというのに見事に強気な態度に、もはや主人はうっすら青筋を立てる。




その時、玄関の間から召使いが一人の大きな男を連れて大広間へと入ってきた。
主人グリアムに召使いがかけ寄り、「カスパル・ラザフォード様が遅れて到着されました。」と耳打ちをした。
主人は目を見開いて男を見たが、男が中に入った瞬間他の子息たちも皆目を見開いてその男を見つめた。


「ラザフォード将軍だ…」

その呟きとほぼ同時に、主人はカスパルの前に立ち敬礼をする。
カスパルもまた、軍人らしく堂々たる出立ちで敬礼を返した。

「テューリンゲン殿、突然の訪問申し訳ない。
私は護衛軍を統括するカスパル・ラザフォードと申します。
この村の2つ先で、山賊が出たため王妃陛下の帰還に同行するためこちらへ参りました。」

聡明そうな雰囲気を纏い、男らしい低く落ち着いた声で自身を名乗り上げる。
自信のようなものが男の身体から滲み出ていた。

カスパルはレグランドの同盟国であるルージッドの高名貴族ラザフォード伯爵の第一王子。戦技の才に大変恵まれていることから若くから国のために働き、レグランドの宮殿に派遣され活躍している、子息達から見れば光の存在であった。

カスパルは子息達へ顔を向け、久しいなと笑うものの子息達の顔から緊張は抜けていないようだった。
そんな微妙な会話がされている頃、ようやく庭に通じる扉が開き、外から幾らか緊張のほぐれた表情のシムと、まだ話足りなそうな王妃陛下が中へと入ってきた。




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