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第1章
1話 予言
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村のはずれにある小さな家。その庭で大男が大剣を掲げ、地面すれすれのところまで刃を振り下ろす。その素振りを黙って見ている青年は、不思議そうに首を傾げていた。
「なんだバル。いたのか」
「なあ父さん。なんで今どき大剣なんて使ってんだよ。でかい武器のほうが強いなんて時代はもう終わったんだろ?」
バルの父親、グランは大剣を物置に立てかけると、笑いながらバルの横に腰かけた。
「確かに、トロールなんかはほぼ絶滅状態だし、人間同士の戦いじゃ大剣は不利だ。速さを実現できない。だけどな、俺はこいつに何度も命を助けられたんだ。だから一生こいつと戦い続けたいって思ってる」
「ふぅ……まっ、父さんが時代遅れなのはその大剣だけじゃないけどな」
バルは軽く息を吐いて、庭に散らかっている防具を指差す。
「ははっ。思い出なんだ。勘弁してくれ」
そう言って、グランは再び大剣を振るのだった。
『戦い続けたい』と彼はそう言ったが、今この時代で大きな戦争は起きていない。ドラゴンは絶滅危惧種と呼ばれるようになるまでに減り、脅威ではなくなった。エルフもドワーフもその他の部族も、平和なこの時代に面倒な争いを起こそうなんて微塵も考えていない。
グランはそれをわかっていながら、今でも鍛錬は欠かさないのだ。
いつどこが戦場になるか、そんなことは神にしか予言できないということをよく知っているから――。
バルが18年過ごしたこの村にはハームレストという名前がある。旅人と情報が集まる場所とも呼ばれていた。村の大半が大樹に囲まれ、植物も豊富に生息していることから、旅の休息に訪れる者が多く、夜は酒場で情報交換が行われるのだ。
幼い頃から旅人の武勇伝を聞いて育ったバルは、いつか自分も、と常に剣術の鍛錬は怠らなかった。道場に通っているのはそれが一番の理由だ。
「おい聞いたか? 先生、錬金術使えるんだってな。なんで今まで言ってくれなかったんだか」
道場の教室で、シルバは机から身を乗り出してバルの顔を覗き込んでいた。
「でもさ、錬金術って武器錬成できるようになるまでは結構な鍛錬が必要なんだろ?」
「なんだよ、バルは錬金術を使ってみたいとか思わないのか?」
「あんまり――」
「こらこら、いつまで教室に残っているんですか」
「あ、エクトル先生、まだいたんですね……」
「それはこちらの台詞ですよ……」
エクトルは小さくため息をつくと、バルたちの方へやってくる。
「錬金術は確かに、使いこなすには多くの鍛錬が必要です。しかし、一種類だけの武器であれば錬成できるようになるまでそう苦労はしませんよ」
シルバは驚きに目を見張った。
「それって、例えば俺にも簡単にできるってことですか!?」
「簡単とは言ってません。一種類だけなら大変なことではないということです。武器の持ち運びをしなくていい、という理由で錬金術を覚える人もいるくらいですからね」
「そっか……一種類だけなら……って、あれ。バルがいない」
「彼なら今出ていきましたよ。錬金術には興味がないみたいですね」
「はぁ、よくわかんないやつだな」
その日の晩、村の酒場はいつもと空気が違った。
店主の娘であるユリナは、突然騒ぎ出した老人への対処で苛立ちを募らせていた。
「ああもう! おじいさん!? 注文もせず騒ぐだけなら出て行ってもらえますか! ほら、暴れるから床が麦酒でべっとべと!」
こういった変わり者が客として訪れることは珍しくない。とはいえ、こうも混雑している日に限って……。
ユリナは毒づきながら床を拭いた。今夜の仕事は長引きそうだ。
「わしは嘘などついておらん! ストームは近々出現する!」
酔った若者たちは笑いながら酒を傾けている。
「あの何十年か前にでっかい竜巻が現れて戦争が始まったってやつか? そんなん誰も信じちゃいねーよ」
「そもそも竜巻と戦争、何の関係があるんだって話だよな」
老人は唇を震わせながら、窓の外を見つめた。
「悪魔たちの襲来か、あるいは悪のドラゴンの群れか……いずれにせよ、第二次ストーム戦争の勃発は免れまい……」
神がわしにそう告げておるのじゃ。
老人は最後にそう呟いた――。
「なんだバル。いたのか」
「なあ父さん。なんで今どき大剣なんて使ってんだよ。でかい武器のほうが強いなんて時代はもう終わったんだろ?」
バルの父親、グランは大剣を物置に立てかけると、笑いながらバルの横に腰かけた。
「確かに、トロールなんかはほぼ絶滅状態だし、人間同士の戦いじゃ大剣は不利だ。速さを実現できない。だけどな、俺はこいつに何度も命を助けられたんだ。だから一生こいつと戦い続けたいって思ってる」
「ふぅ……まっ、父さんが時代遅れなのはその大剣だけじゃないけどな」
バルは軽く息を吐いて、庭に散らかっている防具を指差す。
「ははっ。思い出なんだ。勘弁してくれ」
そう言って、グランは再び大剣を振るのだった。
『戦い続けたい』と彼はそう言ったが、今この時代で大きな戦争は起きていない。ドラゴンは絶滅危惧種と呼ばれるようになるまでに減り、脅威ではなくなった。エルフもドワーフもその他の部族も、平和なこの時代に面倒な争いを起こそうなんて微塵も考えていない。
グランはそれをわかっていながら、今でも鍛錬は欠かさないのだ。
いつどこが戦場になるか、そんなことは神にしか予言できないということをよく知っているから――。
バルが18年過ごしたこの村にはハームレストという名前がある。旅人と情報が集まる場所とも呼ばれていた。村の大半が大樹に囲まれ、植物も豊富に生息していることから、旅の休息に訪れる者が多く、夜は酒場で情報交換が行われるのだ。
幼い頃から旅人の武勇伝を聞いて育ったバルは、いつか自分も、と常に剣術の鍛錬は怠らなかった。道場に通っているのはそれが一番の理由だ。
「おい聞いたか? 先生、錬金術使えるんだってな。なんで今まで言ってくれなかったんだか」
道場の教室で、シルバは机から身を乗り出してバルの顔を覗き込んでいた。
「でもさ、錬金術って武器錬成できるようになるまでは結構な鍛錬が必要なんだろ?」
「なんだよ、バルは錬金術を使ってみたいとか思わないのか?」
「あんまり――」
「こらこら、いつまで教室に残っているんですか」
「あ、エクトル先生、まだいたんですね……」
「それはこちらの台詞ですよ……」
エクトルは小さくため息をつくと、バルたちの方へやってくる。
「錬金術は確かに、使いこなすには多くの鍛錬が必要です。しかし、一種類だけの武器であれば錬成できるようになるまでそう苦労はしませんよ」
シルバは驚きに目を見張った。
「それって、例えば俺にも簡単にできるってことですか!?」
「簡単とは言ってません。一種類だけなら大変なことではないということです。武器の持ち運びをしなくていい、という理由で錬金術を覚える人もいるくらいですからね」
「そっか……一種類だけなら……って、あれ。バルがいない」
「彼なら今出ていきましたよ。錬金術には興味がないみたいですね」
「はぁ、よくわかんないやつだな」
その日の晩、村の酒場はいつもと空気が違った。
店主の娘であるユリナは、突然騒ぎ出した老人への対処で苛立ちを募らせていた。
「ああもう! おじいさん!? 注文もせず騒ぐだけなら出て行ってもらえますか! ほら、暴れるから床が麦酒でべっとべと!」
こういった変わり者が客として訪れることは珍しくない。とはいえ、こうも混雑している日に限って……。
ユリナは毒づきながら床を拭いた。今夜の仕事は長引きそうだ。
「わしは嘘などついておらん! ストームは近々出現する!」
酔った若者たちは笑いながら酒を傾けている。
「あの何十年か前にでっかい竜巻が現れて戦争が始まったってやつか? そんなん誰も信じちゃいねーよ」
「そもそも竜巻と戦争、何の関係があるんだって話だよな」
老人は唇を震わせながら、窓の外を見つめた。
「悪魔たちの襲来か、あるいは悪のドラゴンの群れか……いずれにせよ、第二次ストーム戦争の勃発は免れまい……」
神がわしにそう告げておるのじゃ。
老人は最後にそう呟いた――。
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