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【偲愛】-ヨーコ=マサキ-
【偲愛】第十話「眠り姫のようじゃな」
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あれ以来、ワシはずっと小僧のデートを監視しておった。
本来、レイラフォードとルーラシードは出会った瞬間に赤い糸で結ばれ、その時点で『愛』のエネルギーが生み出される。
それはすなわちワシらの使命の終わりでもあるのじゃが……。この世界では小僧が抵抗しておるからか、出会っただけでは『愛』のエネルギーが生み出されなかった。
気は進まぬが、レイラフォードとルーラシードの安否を確認するという最低限の責務だけはやらねばならぬ。万が一事故にでもあって、命を落とすようなことがあってはならんからな。
しかし、それ以外は何もせず怠惰に過ごしておった。
小僧とも碌に会話はしておらん。食事の準備をしてもらうだけじゃ。
今のワシは自分が何をしたいのか、全くわからなくなっていたからじゃ。
元々は妖狐と呼ばれ神山に住み、その並行世界では神にも等しい存在として畏怖されておった。しかし、一人で暮らすのが退屈だった故に、適当な小娘に化けて外界へ降りて様々な体験をして退屈を凌いでいた。
人々に畏怖されることには満足していた。しかし、一人で過ごすことの快適さと孤独感は天秤で測りきれない部分があった。
じゃから、小僧がワシの世界に来た時は心が躍った。小僧の話には見たことない景色が数多にあり、そこには世界や景色の数だけ人の営みがあった。ワシが見たかったものを、小僧は既に見ていたのじゃった。
最初こそ、小僧の使命などあまり手伝う気など無かったが、気がつけば仕事量だけならワシの方が多くなっておる。
探索に費やす時間が増えれば増えるほど、ワシが世界を周り、様々な景色を見る時間は減ってしまった。じゃが、別にそれは苦痛でもなかったし、特に気にもならんかった。
ワシはいつの間に小僧に絆されてしまっていたのじゃろう。
隣を歩くスピード、少し空いた距離感、心地よいテンポ、同じ場所で笑いあい、時には悲しむ。
もう千年もこの関係で過ごしてきた。隣にいて当たり前の存在。それが【ルーラシード】という男じゃ。
自分でも気が付かぬうちに、いつの間にか隣を歩くのが当然になっておった。
そして、小僧のやりたい事が、いつの間にかワシのやりたい事にもなっておったのじゃ。
◇ ◇ ◇
窓の外を見るといつの間にか夜じゃった。
自室のベッドに腰掛けて窓越しに月夜を眺める。
怠惰な生活を過ごした末にこの事態に対する結論が見えてきた。
◆ ◆ ◆
一つは、小僧に発現している症状を治し、再び共に旅をすること。
一つは、小僧の意思を尊重しつつ、使命を果たすこと。
一つは、小僧の意思とは関係なく、使命を果たすこと。
◆ ◆ ◆
ワシに今考えられる選択肢はこの三つだけじゃった。
一つ目は元通りに戻すということじゃ。ただし、治し方など検討も付かぬ……。
二つ目と三つ目は結果は同じじゃ、レイラフォードであるレイラと、ルーラシードである小僧を運命の出会いとして、このまま最後まで見届けるというものじゃ。
しかし、小僧は未だ世界に対して抵抗しておる。
確かにそれは偽りの運命であることを知っているからなのかもしれない。だが、小僧はいずれその偽りをも受け入れるだろう、奴はそういう男だ……。
小僧が抵抗していることが偽りの運命であることだけなら良いが、ワシはそうとは思っておらん。
何か世界に抵抗するほどの『心残り』がある。小僧自身が抱えるその心残りを解消してから使命を果たす。それが二つ目の方法じゃ。
そして、三つ目の方法はそんな『心残り』すら無視して無理やり赤い糸を紡ぐという方法じゃ。しかし、こんな強硬手段は取りとうない。
恥を捨てて言えば、ワシが一番望んでいるのは一つ目の選択肢じゃろう。
何もなかったようにまた元通り二人で世界を旅がしたい……。ただそれだけじゃ……。
しかし、それは恐らく叶わぬ……。
それ故、ワシが選ばなければならぬのは必然的に二つ目の選択肢となる。
並行世界を渡ってきた小僧の終着点がこの世界じゃというなら、それを受け入れ、例え世界に反しようとも小僧の心ゆくまで好きに過ごしてもらいたい……。
そして、最後にはレイラフォードと添い遂げてもらおうではないか。
今までの世界では個人の意思など無視して世界を分岐させてきておいて、今更個人の意思を尊重したいなど、ワシのエゴと言われたらそれまでかもしれんがのう……。
◇ ◇ ◇
ワシは自室を出て、小僧が眠る寝室へとやってきた。
まさかワシがこやつを『偲ぶ』日がくるとはな。
そういえば、小僧が引っ越して来てから、殆どこの部屋に入ることは無かったかもしれぬ。無意識のうちに遠慮しておったのかもしれぬな。
窓から差し込む月光が、眠る小僧の身体を照らしておる。
「せっかく用意してやったのに、カーテンも付けておらぬのか……。全く、無精者とは思っておったがここまでとはな」
部屋の装飾品は好みもあると思い、複数用意しておいたのだが、どれも触れた様子がない。床には脱ぎ散らかした衣類やら運んできたままの荷物やらで散らかっていた。
「自分のテリトリーでない場所は整理整頓して丁寧に扱うが、自身に関しては無頓着な輩はこれだから……」
ワシは床に散らばった衣類を避けながら歩き、小僧が眠るベッドに腰掛けた。
「まさかお主との旅に終わりが来るとは思わなかったのう……。お主がここでレイラフォードと添い遂げたら、ワシはどうしようかのう……。この世界に残るのは未練がましいし、ちと痛みはあるが幽霊にでもなって、また独りで世界を渡る旅にでも出ようかのう……」
ワシは窓の外にくっきりと輝く月を見つめながら、本来の妖狐の姿へ戻った。
白銀の長髪。狐の耳と九つの尾。ヨーコであった時よりも少し小さい体躯。巫女服のような赤と白の和装。
小さな箱を取り出し、きらりと光る耳飾りをつける。
完全に本来の姿に戻ったのは本当にいつ以来じゃろうか……。
「この世界が最後の仕事じゃ、なるべくお主のやりたいようにやるがよい……。ワシはそれを手伝うし、お主の使命もワシがきちんと最後まで果たしてみせよう。隣を歩んできた者としてな……」
微動だにせず眠る【ルーラシード】の顔はとてつもなく穏やかで、死んでいると言われても信じてしまう。
本来の姿の幼い手で【ルーラシード】の頬をそっと撫でる。
「ふふっ、まるで永遠の眠りの呪いをかけられた眠り姫のようじゃな……」
獣の耳が生え、長髪となった顔を【ルーラシード】に近づける。
眼を瞑り、ゆっくりと顔を近づけると【ルーラシード】の吐息が感じられた。
そのまま、お互いの額と鼻の先をそっと少しだけ触れると、思わず溜め息が出てしまった。
「眠り姫は王子様の口づけで目覚めるそうじゃが……。お前さんはワシからの口づけで目覚めるほど殊勝な男ではないじゃろうからな……」
顔を離して、改めて【ルーラシード】の顔を見つめる。
右手の人差し指で【ルーラシード】の唇にそっと触れ、その指をそのまま自らの唇へ触れさせる。
カーテンの付いていない窓の外には、輝く月が滲んで見えた……。
本来、レイラフォードとルーラシードは出会った瞬間に赤い糸で結ばれ、その時点で『愛』のエネルギーが生み出される。
それはすなわちワシらの使命の終わりでもあるのじゃが……。この世界では小僧が抵抗しておるからか、出会っただけでは『愛』のエネルギーが生み出されなかった。
気は進まぬが、レイラフォードとルーラシードの安否を確認するという最低限の責務だけはやらねばならぬ。万が一事故にでもあって、命を落とすようなことがあってはならんからな。
しかし、それ以外は何もせず怠惰に過ごしておった。
小僧とも碌に会話はしておらん。食事の準備をしてもらうだけじゃ。
今のワシは自分が何をしたいのか、全くわからなくなっていたからじゃ。
元々は妖狐と呼ばれ神山に住み、その並行世界では神にも等しい存在として畏怖されておった。しかし、一人で暮らすのが退屈だった故に、適当な小娘に化けて外界へ降りて様々な体験をして退屈を凌いでいた。
人々に畏怖されることには満足していた。しかし、一人で過ごすことの快適さと孤独感は天秤で測りきれない部分があった。
じゃから、小僧がワシの世界に来た時は心が躍った。小僧の話には見たことない景色が数多にあり、そこには世界や景色の数だけ人の営みがあった。ワシが見たかったものを、小僧は既に見ていたのじゃった。
最初こそ、小僧の使命などあまり手伝う気など無かったが、気がつけば仕事量だけならワシの方が多くなっておる。
探索に費やす時間が増えれば増えるほど、ワシが世界を周り、様々な景色を見る時間は減ってしまった。じゃが、別にそれは苦痛でもなかったし、特に気にもならんかった。
ワシはいつの間に小僧に絆されてしまっていたのじゃろう。
隣を歩くスピード、少し空いた距離感、心地よいテンポ、同じ場所で笑いあい、時には悲しむ。
もう千年もこの関係で過ごしてきた。隣にいて当たり前の存在。それが【ルーラシード】という男じゃ。
自分でも気が付かぬうちに、いつの間にか隣を歩くのが当然になっておった。
そして、小僧のやりたい事が、いつの間にかワシのやりたい事にもなっておったのじゃ。
◇ ◇ ◇
窓の外を見るといつの間にか夜じゃった。
自室のベッドに腰掛けて窓越しに月夜を眺める。
怠惰な生活を過ごした末にこの事態に対する結論が見えてきた。
◆ ◆ ◆
一つは、小僧に発現している症状を治し、再び共に旅をすること。
一つは、小僧の意思を尊重しつつ、使命を果たすこと。
一つは、小僧の意思とは関係なく、使命を果たすこと。
◆ ◆ ◆
ワシに今考えられる選択肢はこの三つだけじゃった。
一つ目は元通りに戻すということじゃ。ただし、治し方など検討も付かぬ……。
二つ目と三つ目は結果は同じじゃ、レイラフォードであるレイラと、ルーラシードである小僧を運命の出会いとして、このまま最後まで見届けるというものじゃ。
しかし、小僧は未だ世界に対して抵抗しておる。
確かにそれは偽りの運命であることを知っているからなのかもしれない。だが、小僧はいずれその偽りをも受け入れるだろう、奴はそういう男だ……。
小僧が抵抗していることが偽りの運命であることだけなら良いが、ワシはそうとは思っておらん。
何か世界に抵抗するほどの『心残り』がある。小僧自身が抱えるその心残りを解消してから使命を果たす。それが二つ目の方法じゃ。
そして、三つ目の方法はそんな『心残り』すら無視して無理やり赤い糸を紡ぐという方法じゃ。しかし、こんな強硬手段は取りとうない。
恥を捨てて言えば、ワシが一番望んでいるのは一つ目の選択肢じゃろう。
何もなかったようにまた元通り二人で世界を旅がしたい……。ただそれだけじゃ……。
しかし、それは恐らく叶わぬ……。
それ故、ワシが選ばなければならぬのは必然的に二つ目の選択肢となる。
並行世界を渡ってきた小僧の終着点がこの世界じゃというなら、それを受け入れ、例え世界に反しようとも小僧の心ゆくまで好きに過ごしてもらいたい……。
そして、最後にはレイラフォードと添い遂げてもらおうではないか。
今までの世界では個人の意思など無視して世界を分岐させてきておいて、今更個人の意思を尊重したいなど、ワシのエゴと言われたらそれまでかもしれんがのう……。
◇ ◇ ◇
ワシは自室を出て、小僧が眠る寝室へとやってきた。
まさかワシがこやつを『偲ぶ』日がくるとはな。
そういえば、小僧が引っ越して来てから、殆どこの部屋に入ることは無かったかもしれぬ。無意識のうちに遠慮しておったのかもしれぬな。
窓から差し込む月光が、眠る小僧の身体を照らしておる。
「せっかく用意してやったのに、カーテンも付けておらぬのか……。全く、無精者とは思っておったがここまでとはな」
部屋の装飾品は好みもあると思い、複数用意しておいたのだが、どれも触れた様子がない。床には脱ぎ散らかした衣類やら運んできたままの荷物やらで散らかっていた。
「自分のテリトリーでない場所は整理整頓して丁寧に扱うが、自身に関しては無頓着な輩はこれだから……」
ワシは床に散らばった衣類を避けながら歩き、小僧が眠るベッドに腰掛けた。
「まさかお主との旅に終わりが来るとは思わなかったのう……。お主がここでレイラフォードと添い遂げたら、ワシはどうしようかのう……。この世界に残るのは未練がましいし、ちと痛みはあるが幽霊にでもなって、また独りで世界を渡る旅にでも出ようかのう……」
ワシは窓の外にくっきりと輝く月を見つめながら、本来の妖狐の姿へ戻った。
白銀の長髪。狐の耳と九つの尾。ヨーコであった時よりも少し小さい体躯。巫女服のような赤と白の和装。
小さな箱を取り出し、きらりと光る耳飾りをつける。
完全に本来の姿に戻ったのは本当にいつ以来じゃろうか……。
「この世界が最後の仕事じゃ、なるべくお主のやりたいようにやるがよい……。ワシはそれを手伝うし、お主の使命もワシがきちんと最後まで果たしてみせよう。隣を歩んできた者としてな……」
微動だにせず眠る【ルーラシード】の顔はとてつもなく穏やかで、死んでいると言われても信じてしまう。
本来の姿の幼い手で【ルーラシード】の頬をそっと撫でる。
「ふふっ、まるで永遠の眠りの呪いをかけられた眠り姫のようじゃな……」
獣の耳が生え、長髪となった顔を【ルーラシード】に近づける。
眼を瞑り、ゆっくりと顔を近づけると【ルーラシード】の吐息が感じられた。
そのまま、お互いの額と鼻の先をそっと少しだけ触れると、思わず溜め息が出てしまった。
「眠り姫は王子様の口づけで目覚めるそうじゃが……。お前さんはワシからの口づけで目覚めるほど殊勝な男ではないじゃろうからな……」
顔を離して、改めて【ルーラシード】の顔を見つめる。
右手の人差し指で【ルーラシード】の唇にそっと触れ、その指をそのまま自らの唇へ触れさせる。
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