29 / 39
【偲愛】-ヨーコ=マサキ-
【偲愛】第六話「誰かに話したかっただけ」
しおりを挟む
「はぁ!? 好きな娘ができたじゃとぉ!?」
ワシは小僧との定期連絡で思わず大きな声が出てしまった。
幸い、拠点としている家はそれなりの広さがあるのと、近所の家まで距離がある好立地であるため、周りの家にまで声が届くことは無かろう。
『あー、いや、そういうわけじゃないんだけどね……』
「あーもー、駄目じゃ駄目じゃ、電話じゃ埒が明かん。軸ずらしの術でこっちに来い」
『はい……わかりました……』
珍しく小僧が従順じゃったから拍子抜けじゃった。
部屋に青白い光の円が出来ると、そこから小僧が現れた。
「来ました……」
小僧はしょぼくれて、叱られた猫のように背中を丸めておる。
「で? どういうことだか、最初から改めて説明してもらおうかのう」
ワシが小僧を蹴ってから椅子に座ると、小僧はフローリングに正座をして話し始めた。
「いや、なんというか……。アパートの隣に住んでいる娘がすごく良い子でね……。それで話しているうちに情が湧いてしまって……」
「なんじゃ、人間関係は割り切っておるお主にしては珍しいのう」
「うーん、僕としても意外だなと思っててね。色んな並行世界を巡って、様々な出会いをしてきたけど、ここまで一人の人間に気持ちが囚われたことなんて久しぶりだったからね」
本人自身も驚いているようだったが、正直なところ顔には出しておらぬがワシも結構驚いておる。
ワシも小僧も世界を渡る者として、人間関係は常に深めないように接しておる。例え気に入ったものがおったとしても、心は許さないのが我々の努めじゃ。
それは己のためでもあるし、相手のためでもある。ワシらは必ず別の並行世界へ行くことになる。二度と会うことが叶わぬ間柄じゃからな。
「それで、お主はどうしたいんじゃ」
「うーん……彼女のことが好きかどうかと言われたらもちろん好きだよ、恐らく今までに出会った誰よりも。ただ、もちろん彼女とこれ以上は仲を深めるつもりはない。そうだね、結論は最初から決まっていたんだから、正直なところ誰かに話したかっただけ――なのかもしれないね……」
小僧は少し落ち込んだ様子じゃった。なんだかんだで飄々とした態度を取っている輩なだけあって、このような姿を見るのは少し意外じゃった。
「その小娘の詳しい話はまた後で聞くとして、とりあえず、お前さんはすぐにでもこっちに来るがよい。日本でその小娘と共に過ごすのはお主に取っても小娘に取っても良くないじゃろう。何かの間違いでワシらのやる事に関わってしまってもいかんしな」
正直、ワシはほんの少しじゃったが焦燥感に駆られた。
ワシが小僧と出会う前のことは知らぬが、少なくともワシと旅を始めてから小僧が特定の娘に入れ込むということは今まで一度も無かった。
だからこそ、今回のことがどれほど異常事態であるかということか、本人には思ったより自覚がないのじゃろう。
ワシはあくまで小僧の手伝いとして世界を渡っておるが、小僧がもしこの世界に留まることにしたらワシはどうなってしまうのか……?
ワシが小僧にとっての一番と思ってはおらぬし、ワシも小僧が一番とは思っておらん。
ワシらはただ気が合って旅をするだけの仲間に過ぎぬ――はずじゃ……。
じゃが、ワシだけがまた一人になってしまうという、唐突に訪れる孤独感。千年前まで当たり前だった日々を恐れてしまう……。
「そうだね、僕としても結論は出ていたんだ。近々こちらに移ることにするよ」
「そうじゃな、きっちり清算しておいた方がよいぞ。中途半端な別れは尾を引くからのう」
「あぁ、数日もらえないかな。荷物だけでも先行してこちらに移しておくよ」
レイラフォードがイギリスにいると判明してから、かなり広めの拠点を確保しておいたから、小僧の荷物が増えたところで大して支障はないだろう。荷物の搬入も小僧一人でやらせれば良いしな。
「こちらに来たら、お前さんも一度レイラフォードと交友関係を持っておくと良いな。ワシが既に数ヶ月付き合って良好な交友関係を結んでおるしのう」
「僕のおかげでね」
「やかましい、この流れで言えたことか」
小僧は少し気が抜けたのか破顔しておった。此奴にとっても小娘のことはかなりの心労だったのだろう。
「うーん……。しかし、ワシもこの流れで言うのが少し難儀なのじゃが、今アジア方面に飛ばしておる八本の矢印のうち、お前さんが来る直前に日本でルーラシードの反応があったんじゃ」
低速で飛ばしている矢印は対象の近くを通った瞬間に反応を感じ取る事が出来る。今回の速度では『日本のどこかにいるだろう』という程度の結果じゃった。
そのため次は更に速度を犠牲にし、高精度探索を行って絞り込む必要がある。
「今はそのまま日本に絞って尾っぽを飛ばしているのかい?」
「あぁ、じゃが高精度探索だとどうしても時間がかかるから、まだ当分は反応待ちの状況じゃろうな」
「僕が日本から去るタイミングってのは、確かに調査としては良くないかもしれないけど、見つかったらヨーコが日本に行ってもいいし、僕も今の居所から遠ければ僕が行くのもやぶさかではないし」
「お主に何もなければ今日の定期連絡で伝えようと思っておったのじゃがな。まぁ、事情が事情じゃ、仕方あるまい」
「迷惑をかけてしまってすまないね」
「今更なにを言う、慣れっこじゃわい」
ワシも少し気が抜けたようで微笑んでしまっておった。
「さて、件の惚れた小娘について、どういう娘なのか詳しく聞こうかのう――」
「お、お手柔らかに……」
ワシは己がニヤニヤしていることがわかるくらい楽しんでおった。
この世界の調査を開始してから二年余り。普段の調査ではかなり早い進捗じゃったから、ワシも気が抜けておったのかもしれん。
ワシは小僧との定期連絡で思わず大きな声が出てしまった。
幸い、拠点としている家はそれなりの広さがあるのと、近所の家まで距離がある好立地であるため、周りの家にまで声が届くことは無かろう。
『あー、いや、そういうわけじゃないんだけどね……』
「あーもー、駄目じゃ駄目じゃ、電話じゃ埒が明かん。軸ずらしの術でこっちに来い」
『はい……わかりました……』
珍しく小僧が従順じゃったから拍子抜けじゃった。
部屋に青白い光の円が出来ると、そこから小僧が現れた。
「来ました……」
小僧はしょぼくれて、叱られた猫のように背中を丸めておる。
「で? どういうことだか、最初から改めて説明してもらおうかのう」
ワシが小僧を蹴ってから椅子に座ると、小僧はフローリングに正座をして話し始めた。
「いや、なんというか……。アパートの隣に住んでいる娘がすごく良い子でね……。それで話しているうちに情が湧いてしまって……」
「なんじゃ、人間関係は割り切っておるお主にしては珍しいのう」
「うーん、僕としても意外だなと思っててね。色んな並行世界を巡って、様々な出会いをしてきたけど、ここまで一人の人間に気持ちが囚われたことなんて久しぶりだったからね」
本人自身も驚いているようだったが、正直なところ顔には出しておらぬがワシも結構驚いておる。
ワシも小僧も世界を渡る者として、人間関係は常に深めないように接しておる。例え気に入ったものがおったとしても、心は許さないのが我々の努めじゃ。
それは己のためでもあるし、相手のためでもある。ワシらは必ず別の並行世界へ行くことになる。二度と会うことが叶わぬ間柄じゃからな。
「それで、お主はどうしたいんじゃ」
「うーん……彼女のことが好きかどうかと言われたらもちろん好きだよ、恐らく今までに出会った誰よりも。ただ、もちろん彼女とこれ以上は仲を深めるつもりはない。そうだね、結論は最初から決まっていたんだから、正直なところ誰かに話したかっただけ――なのかもしれないね……」
小僧は少し落ち込んだ様子じゃった。なんだかんだで飄々とした態度を取っている輩なだけあって、このような姿を見るのは少し意外じゃった。
「その小娘の詳しい話はまた後で聞くとして、とりあえず、お前さんはすぐにでもこっちに来るがよい。日本でその小娘と共に過ごすのはお主に取っても小娘に取っても良くないじゃろう。何かの間違いでワシらのやる事に関わってしまってもいかんしな」
正直、ワシはほんの少しじゃったが焦燥感に駆られた。
ワシが小僧と出会う前のことは知らぬが、少なくともワシと旅を始めてから小僧が特定の娘に入れ込むということは今まで一度も無かった。
だからこそ、今回のことがどれほど異常事態であるかということか、本人には思ったより自覚がないのじゃろう。
ワシはあくまで小僧の手伝いとして世界を渡っておるが、小僧がもしこの世界に留まることにしたらワシはどうなってしまうのか……?
ワシが小僧にとっての一番と思ってはおらぬし、ワシも小僧が一番とは思っておらん。
ワシらはただ気が合って旅をするだけの仲間に過ぎぬ――はずじゃ……。
じゃが、ワシだけがまた一人になってしまうという、唐突に訪れる孤独感。千年前まで当たり前だった日々を恐れてしまう……。
「そうだね、僕としても結論は出ていたんだ。近々こちらに移ることにするよ」
「そうじゃな、きっちり清算しておいた方がよいぞ。中途半端な別れは尾を引くからのう」
「あぁ、数日もらえないかな。荷物だけでも先行してこちらに移しておくよ」
レイラフォードがイギリスにいると判明してから、かなり広めの拠点を確保しておいたから、小僧の荷物が増えたところで大して支障はないだろう。荷物の搬入も小僧一人でやらせれば良いしな。
「こちらに来たら、お前さんも一度レイラフォードと交友関係を持っておくと良いな。ワシが既に数ヶ月付き合って良好な交友関係を結んでおるしのう」
「僕のおかげでね」
「やかましい、この流れで言えたことか」
小僧は少し気が抜けたのか破顔しておった。此奴にとっても小娘のことはかなりの心労だったのだろう。
「うーん……。しかし、ワシもこの流れで言うのが少し難儀なのじゃが、今アジア方面に飛ばしておる八本の矢印のうち、お前さんが来る直前に日本でルーラシードの反応があったんじゃ」
低速で飛ばしている矢印は対象の近くを通った瞬間に反応を感じ取る事が出来る。今回の速度では『日本のどこかにいるだろう』という程度の結果じゃった。
そのため次は更に速度を犠牲にし、高精度探索を行って絞り込む必要がある。
「今はそのまま日本に絞って尾っぽを飛ばしているのかい?」
「あぁ、じゃが高精度探索だとどうしても時間がかかるから、まだ当分は反応待ちの状況じゃろうな」
「僕が日本から去るタイミングってのは、確かに調査としては良くないかもしれないけど、見つかったらヨーコが日本に行ってもいいし、僕も今の居所から遠ければ僕が行くのもやぶさかではないし」
「お主に何もなければ今日の定期連絡で伝えようと思っておったのじゃがな。まぁ、事情が事情じゃ、仕方あるまい」
「迷惑をかけてしまってすまないね」
「今更なにを言う、慣れっこじゃわい」
ワシも少し気が抜けたようで微笑んでしまっておった。
「さて、件の惚れた小娘について、どういう娘なのか詳しく聞こうかのう――」
「お、お手柔らかに……」
ワシは己がニヤニヤしていることがわかるくらい楽しんでおった。
この世界の調査を開始してから二年余り。普段の調査ではかなり早い進捗じゃったから、ワシも気が抜けておったのかもしれん。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
【R18完結】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
王太子の子を孕まされてました
杏仁豆腐
恋愛
遊び人の王太子に無理やり犯され『私の子を孕んでくれ』と言われ……。しかし王太子には既に婚約者が……侍女だった私がその後執拗な虐めを受けるので、仕返しをしたいと思っています。
※不定期更新予定です。一話完結型です。苛め、暴力表現、性描写の表現がありますのでR指定しました。宜しくお願い致します。ノリノリの場合は大量更新したいなと思っております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる