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Episode13 愛声

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 一通り泣き、泣き腫らした顔のまま、スマホに打った長文を見せる。

『僕はね。喘ぎ声を出せないんだ。それがすごく不安なんだ。幻滅されちゃうんじゃないかって。さっきだって本当はすぐに【抱いていいよ】【僕も抱いてほしい】って、言いたかった。でも僕はどうしたって声を出せないから、伝えたくても伝えられなかった。ごめんね。佐々。大好きなのに、大好きだって、声にして伝えてあげられなくて』

 ベッドに座り、差し出された画面を見て、フリーズした佐々の横顔を眺める。

(僕が頭の中で思ってることが、佐々にそのまま届けばいいのにな)

 しばらくして、佐々の身体が左隣にいる、僕の方へと振り返った。

 長く逞しい腕が伸びて来て、僕の両手は、佐々の手の中にすっぽりと収まった。

「?」

 首を傾げる。

「俺はいま。自分にも、秋にも怒ってる」
「!」

 なぜだろう?

 こんな大事なことを黙っていた僕にはともかく。

 なぜ佐々は、自分自身にも怒っているのだろうか。

 眉間に寄せられた佐々の皺を見る。

 心の中の傷が、そこへ滲み出てきているような気がして、そっと額にキスを落とした。

「!!秋、いま大事な話を」

(解ってる。解ってはいるんだけど……)

 片手を佐々の手の中から抜き取り、スマホを打つ。

『佐々の怒りが薄まったらいいって思ったんだ』
「はぁ……もう参いるな。大事な話、しようとしてたのに」

 目の前で苦笑して、佐々が後頭部を掻いた。

(いつだったか。前にも参ったって言ってたような……)

 僕が口付けたせいで、すっかり柔らかくなった空気の中で、佐々はゆっくりと話し出した。

「なぁ、秋?俺は他の誰かじゃなく、秋を抱きたいんだ」
『でも一度抱いて違ったら?喘ぎ声が』
「声が出せないからって、俺は秋を抱いたらいけないのか?こんなにずっと好きでいるのに?俺たち両想いだろ?」

 被さるようにして告げられた、佐々の言葉に涙を拭う手が止まる。

「……………………」
「それに。喘げばいいってもんでもなくね?」
「?!」
「その顔!いま秋なんも声なんて出してねぇけど、驚いてんなぁ~って、俺解るよ?」

 言いながら、佐々がグッと伸びをした。

「俺は秋がほしい。でもそれは男だからでも、声が出ねーからでもない。ただ秋だから、抱きたいんだ。で、そのことを秋に伝えきれてなかった。自分自身にさっき苛ついた」
「!……」

 ゆっくりと押し倒される。

「声が出せてもさ。こうやって相手に伝わらないこともあるんだ」

 体勢が瞬く間に、僕が下、佐々が上へと変わっていく。

「そんで、不安だってことをひた隠しにしてた誰かさんに、俺はいま怒ってたわけなんだが……」

 僕の真横に手を突いた、佐々の顔面が、至近距離へ迫ってきた。

「抱いてほしいって言ってくれたから、もういいわ」

 はにかむようにして微笑んだ、その笑顔に見惚れていたら、

「っ!…………っ………………」
「んっ………っ……んっ………」

 薄く開いた僕の唇に、佐々の唇が触れた。

 深く、けれど甘く優しい口付けが続く。

 ずっと焦らされていたからか。

 僕の太腿へ、洋服越しに熱を持ったものが当たる。

 言葉にせずとも感じられる。何よりの証拠に思えて嬉しかった。

(当たってるよ?)

 僕の視線の先を追った佐々が、

「大事に抱きたいから、我慢してんの。あんま見んな」
「!!!」

 そう言って、額をくっ付けて、さらに深く口付けてきた。

「っ………………っ…………」
「んっ………ふっ…………」

(もう……駄目……蕩けそう) 

 互いの舌が厭らしく音を立て、その音だけが部屋へ響く。

 どちらのものか解らない唾液を飲み込む。

 擦れるようにして互いの身体が触れ、布を纏っているのさえ煩わしい。

 濡れるはずは決してない。けれど身体の奥の方が、佐々がほしいと叫んでる。

(佐々、触れて)

「っ…………っ……………」
「はっ……っは…………」

 離れたばかりの口元から、お互いの吐息がかかる。

 一度身体が離れ、呼吸を整えていると、気が付いたら、佐々が服を脱いでいた。

 筋肉質でしなやかなその身体を見て、この人がこれから僕を抱くのかと思ったら、下腹部がキュッと疼いた。

 ゆっくりと佐々の手が、僕のシャツのボタンを外していく。

「怖かったら、殴っていいから」

(殴るなんて、絶対ないのに)

 カチャカチャと前を寛げる音がして、恥ずかしくなって足を閉じた。

「ほんっと、可愛すぎ」 

 甘い声が、僕の腰辺りから聞こえてきて、それだけでもう全身が熱を帯びていく。

「優しくする。秋」
「!」

 ゆっくりと首筋から喉へと、身体の線に添うようにして口付けられる。

 震えない僕の声帯までも、愛していると、伝えてくれているように感じて、喉の奥がキュッと一瞬引き締まった。 

「っ!」

 佐々の息が胸の突起にふいにかかり、そこを撫でるようにして舌先で舐められる。

 僕へ佐々が触れる度に、ゾワゾワとした快感が身体中を駆け巡るから、思わずシーツを両手で掴んだ。

「っ…………」

 知らなかった。こんなにも、好きな人に触れられるだけで、全身が心臓に成り代わってしまったみたいに、ドキドキして、ゾクゾクして。恥ずかしさでいたたまれなく、なるなんて。

「すげー可愛い」
「!」

 熱を孕んだ眼差しが、僕をじっと見つめたまま捕らえて離さない。

 再び佐々が、ぼくの身体へ口付け始めた。

 指の先の一本一本を丁寧に咥えられ、そのまま手のひらから腕、肩、胸と。順番に身体中のありとあらゆるところへ舌が這う。

「っ………………っっ…………」

 喘げないと知っていてもなお、僕の全身を愛撫するのを、佐々は決して止めなかった。

 ふわふわとした夢のような心地の中で、佐々の背を撫でる。

「っ…………」

(愛してる)

 こんなにも強く思うのに。

 やっぱり僕は声を出せない。

 喘ぐことはもちろん。

【愛してる】と音にして伝えることすらもできない。

 その事実が歯痒くて、それなのに。

 あまりに佐々が、僕の全身の至るところに口付けるものだから、幸福感に包まれて、卑屈な気持ちまでもが、やがて優しく溶けていった。

 一体どれくらいの間。全身にキスを落とされていたのだろう。

 ぽーっとした頭で、僕の左手に頬擦りをしている佐々をじっと眺める。

「秋の中に……触れていいか?」
 
 熱を孕んだ視線を送られ、佐々の手の甲へとキスを一つ返した。

 触れていい。

 触れてほしい。

 佐々だから、ほしいんだ。

 トロトロしたものを纏った佐々の指が、僕の中へと入ってきた。

「痛くないか?」

 耳元で囁かれ、コクコクと二回頷く。

「っ………っ!……っっ………」

 擦れるような感覚が、下腹部から拡がっていく。

 次第にその感覚が快感へと変わり始めた。

 いつの間にか二本に増えていた指が、僕の中を拡げるようにして、優しく何度も出し入れされる。

 形を確かめるように中を動き回る指先に合わせ、クチュクチュと水音が鳴って、腰がだらしなく動いてしまう。 

「挿れるからっ……秋。力っ、抜いてな?」

 余裕がなさそうな表情と触れた箇所から伝わる湿り気で、

(佐々も感じてくれてる……)

 言わずとも伝わる感情に、身体中が熱くなって、僕らの間の僅かな隙間さえも惜しく感じた。

 ゆっくりと指が抜き取られ、お尻を撫でられほんの少し腰が浮く。

 僕のために、用意してくれていたのだろう。佐々が避妊具を装着するのが見えた。

「っっっ!!」

 瞬く間に、目がチカチカするような、たとえようのない圧迫感が僕の下腹部を埋め尽くす。

 染み入るような痛みから、どうしようもなく愛おしさを感じて、僕の涙腺は再び崩壊しそうになった。

「秋の中……気持ちよ過ぎて、俺あんまし長く保たねーかもっ……」
「っ!……」

 佐々の言葉に、蜜を滴らせた僕の竿がピクリと反応する。

 僕のを見た佐々が、嬉しそうに呟いた。

「前も後ろもとっとろ、秋」
「!!」

 根本から優しく指を充てられ、佐々の親指が、真っ赤に腫れた竿の頭を執拗なほど撫で回す。

(あっ!……んっ、それっ……気持ちっいいっ…………)

 僕の頭の中の喘ぎ声が、佐々に届くことはないはずなのに。

 やがてゆるゆるとした佐々の手の動きに合わせて、繋がった腰の動きも律動し始める。

(んっ!……あっ……んんっ……佐々っ!)

 次第に速くなるその刺激に、全身が汗ばむのを感じながら、縋るようにして佐々を求めた。

「っっ!」

 前後からの止めどない激しい快感に、僕の身体が大きくのけ反る。

「秋っ!!…………っーー………………」

 僕を呼ぶ声を最後に、僕の一番奥を幾度となく堪能した佐々の動きが、緩やかになって止まった。

「はっ……はっ…………っ……」
「っ…………っっ……っ………」

 ドクドクと脈打つ佐々を、達したばかりで痙攣する僕の中が、キュウキュウと、最後の一滴まで搾り取ろうとするかのように締め付ける。

「もっ……秋っ……そんなに俺のが欲しかった?」

 首筋から滴る綺麗な汗を流し、僕の上で佐々が微笑んだ。

 果てた刺激に震える手で、スマホを掴む。

『欲しいに決まってるでしょ?』

 はふはふ息する口元を隠すようにして、画面を見せた。

(あっ、いま中で)

 画面を佐々が見た瞬間。

 まだ僕の中にいる佐々のが、ほんの少し硬さを取り戻したのが解った。

(もう……佐々ったら)

『いま硬くなった?』

 今日何度目かの、額を合わせる。佐々の長い睫毛と凛々しい瞳に見惚れて、顔が綻ぶ。

 吐息のかかるその距離で、佐々が頬を膨らませた。

「訊くなっ……、そういうの。つーか、まだ抜いてねぇのに煽んなよな」
『嫌だった?』

 わざとらしく、口を尖らせて訊いてみる。

「そんなわけないだろ。でも続きは明日の朝にしよう。秋の身体が心配だから」

(優しいなぁ……ってか、明日の朝もしてくれるんだ)

 ゆっくりと佐々のが抜かれ、離れて行く。

「っっ…………」

 それすらも感じてしまい、僕の口から、息が詰まるような音がする。

 汗で額に張り付いた僕の前髪を、佐々が手で払ってくれた。

『もったいないね。すぐ抜いちゃうの』
「まーた、秋はそういうことを笑いながら言う」
『言ってないよ。打ってるだけで』
「そういうの。屁理屈って言うんだぞ?秋」
『だって、佐々とやっと一つになれたのに』

 ふいに薄く綺麗な唇が、押し黙る。

 澄み切った爽やかな瞳が離れ、不貞腐れるようにして呟かれた。

「名前。呼んでくれないのか?」
「!」

(そうか、僕……)

 知り合ってから約十ヶ月。付き合ってからだって、あとちょっとでその半分になるのに。

 まだ一度だって、佐々の下の名前を呼んでなかった。

(どうしてだろう……?)

 僕の身体を拭ってくれる佐々を、ぼーっとした頭で眺めながら、その答えにたどり着いた。

 下の名前を呼ぶくらい、親しくなった頃。

 もし佐々が、僕のもとを去ったなら、僕はどうしたらいいんだろう。

 そんなことを。漠然と考えて、呼ぶのを躊躇っていた自分の存在に、気が付いた。

 ならいまは、どうだろう?

 僕は佐々が、離れて行く恐怖を感じているだろうか。

 抱かれるまで、全身から止めどなく溢れてきていた不安は、いまはない。

 そのことを佐々にきちんと伝えるべきだ。

 そう思って、文字を打つ。

 打ち終えて、佐々をそっと手招きした。

「ん?何?呼んでくれる気になった?」

 佐々の顔が、スマホの明かりに照らされる。

『名前を呼ぶくらい佐々のことが大事になったらね。離れた時どうしたらいいのかって考えちゃってたみたい。でも今はね。もう大丈夫。声以外の心と身体全部でね、きょうが大好きって教えてくれたから』
「…………………………」

(どうしちゃったんだろう?)

 画面を見たまま、京が固まっちゃった。

 心配になって、すぐそばで手を振ってみる。

 けれどやっぱり京は、画面から目を離さない。

「なぁ、秋?」
「?」

 首を傾げて答える。

 潤む瞳が、僕を捉えた。

 これまでに幾度となく目にしてきた、柔らかな笑顔へとその表情が変わっていく。

 京は楽しそうに肩をすくめた。

「それ遠回しに【また抱いて】って言ってるぞ?」
「!!」

(あっ。たしかにこれじゃ、不安になる度抱いてくれって言ってるみたいだ……)

「絶対、気付いてなかったろ?んーー?」

 クラシックホールで以前されたように、両頬を摘まれる。

 にやにやとした表情で、顔を覗き込まれ、照れ笑いする。

(夢みたい)

 大好きなヒトと触れ合って、感じたことのない幸福感に包まれて。

 こんな体験は、僕の人生にはないものだと、心のどこかで決め付けてた。

 どこまでも晴れやかで、爽やかなその笑顔を見て、僕はこの日、改めて告げた。


『ねぇ、京。僕と出逢ってくれて、ありがとう』


             Fin.
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