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Episode13 愛声
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一通り泣き、泣き腫らした顔のまま、スマホに打った長文を見せる。
『僕はね。喘ぎ声を出せないんだ。それがすごく不安なんだ。幻滅されちゃうんじゃないかって。さっきだって本当はすぐに【抱いていいよ】【僕も抱いてほしい】って、言いたかった。でも僕はどうしたって声を出せないから、伝えたくても伝えられなかった。ごめんね。佐々。大好きなのに、大好きだって、声にして伝えてあげられなくて』
ベッドに座り、差し出された画面を見て、フリーズした佐々の横顔を眺める。
(僕が頭の中で思ってることが、佐々にそのまま届けばいいのにな)
しばらくして、佐々の身体が左隣にいる、僕の方へと振り返った。
長く逞しい腕が伸びて来て、僕の両手は、佐々の手の中にすっぽりと収まった。
「?」
首を傾げる。
「俺はいま。自分にも、秋にも怒ってる」
「!」
なぜだろう?
こんな大事なことを黙っていた僕にはともかく。
なぜ佐々は、自分自身にも怒っているのだろうか。
眉間に寄せられた佐々の皺を見る。
心の中の傷が、そこへ滲み出てきているような気がして、そっと額にキスを落とした。
「!!秋、いま大事な話を」
(解ってる。解ってはいるんだけど……)
片手を佐々の手の中から抜き取り、スマホを打つ。
『佐々の怒りが薄まったらいいって思ったんだ』
「はぁ……もう参いるな。大事な話、しようとしてたのに」
目の前で苦笑して、佐々が後頭部を掻いた。
(いつだったか。前にも参ったって言ってたような……)
僕が口付けたせいで、すっかり柔らかくなった空気の中で、佐々はゆっくりと話し出した。
「なぁ、秋?俺は他の誰かじゃなく、秋を抱きたいんだ」
『でも一度抱いて違ったら?喘ぎ声が』
「声が出せないからって、俺は秋を抱いたらいけないのか?こんなにずっと好きでいるのに?俺たち両想いだろ?」
被さるようにして告げられた、佐々の言葉に涙を拭う手が止まる。
「……………………」
「それに。喘げばいいってもんでもなくね?」
「?!」
「その顔!いま秋なんも声なんて出してねぇけど、驚いてんなぁ~って、俺解るよ?」
言いながら、佐々がグッと伸びをした。
「俺は秋がほしい。でもそれは男だからでも、声が出ねーからでもない。ただ秋だから、抱きたいんだ。で、そのことを秋に伝えきれてなかった。自分自身にさっき苛ついた」
「!……」
ゆっくりと押し倒される。
「声が出せてもさ。こうやって相手に伝わらないこともあるんだ」
体勢が瞬く間に、僕が下、佐々が上へと変わっていく。
「そんで、不安だってことをひた隠しにしてた誰かさんに、俺はいま怒ってたわけなんだが……」
僕の真横に手を突いた、佐々の顔面が、至近距離へ迫ってきた。
「抱いてほしいって言ってくれたから、もういいわ」
はにかむようにして微笑んだ、その笑顔に見惚れていたら、
「っ!…………っ………………」
「んっ………っ……んっ………」
薄く開いた僕の唇に、佐々の唇が触れた。
深く、けれど甘く優しい口付けが続く。
ずっと焦らされていたからか。
僕の太腿へ、洋服越しに熱を持ったものが当たる。
言葉にせずとも感じられる。何よりの証拠に思えて嬉しかった。
(当たってるよ?)
僕の視線の先を追った佐々が、
「大事に抱きたいから、我慢してんの。あんま見んな」
「!!!」
そう言って、額をくっ付けて、さらに深く口付けてきた。
「っ………………っ…………」
「んっ………ふっ…………」
(もう……駄目……蕩けそう)
互いの舌が厭らしく音を立て、その音だけが部屋へ響く。
どちらのものか解らない唾液を飲み込む。
擦れるようにして互いの身体が触れ、布を纏っているのさえ煩わしい。
濡れるはずは決してない。けれど身体の奥の方が、佐々がほしいと叫んでる。
(佐々、触れて)
「っ…………っ……………」
「はっ……っは…………」
離れたばかりの口元から、お互いの吐息がかかる。
一度身体が離れ、呼吸を整えていると、気が付いたら、佐々が服を脱いでいた。
筋肉質でしなやかなその身体を見て、この人がこれから僕を抱くのかと思ったら、下腹部がキュッと疼いた。
ゆっくりと佐々の手が、僕のシャツのボタンを外していく。
「怖かったら、殴っていいから」
(殴るなんて、絶対ないのに)
カチャカチャと前を寛げる音がして、恥ずかしくなって足を閉じた。
「ほんっと、可愛すぎ」
甘い声が、僕の腰辺りから聞こえてきて、それだけでもう全身が熱を帯びていく。
「優しくする。秋」
「!」
ゆっくりと首筋から喉へと、身体の線に添うようにして口付けられる。
震えない僕の声帯までも、愛していると、伝えてくれているように感じて、喉の奥がキュッと一瞬引き締まった。
「っ!」
佐々の息が胸の突起にふいにかかり、そこを撫でるようにして舌先で舐められる。
僕へ佐々が触れる度に、ゾワゾワとした快感が身体中を駆け巡るから、思わずシーツを両手で掴んだ。
「っ…………」
知らなかった。こんなにも、好きな人に触れられるだけで、全身が心臓に成り代わってしまったみたいに、ドキドキして、ゾクゾクして。恥ずかしさでいたたまれなく、なるなんて。
「すげー可愛い」
「!」
熱を孕んだ眼差しが、僕をじっと見つめたまま捕らえて離さない。
再び佐々が、ぼくの身体へ口付け始めた。
指の先の一本一本を丁寧に咥えられ、そのまま手のひらから腕、肩、胸と。順番に身体中のありとあらゆるところへ舌が這う。
「っ………………っっ…………」
喘げないと知っていてもなお、僕の全身を愛撫するのを、佐々は決して止めなかった。
ふわふわとした夢のような心地の中で、佐々の背を撫でる。
「っ…………」
(愛してる)
こんなにも強く思うのに。
やっぱり僕は声を出せない。
喘ぐことはもちろん。
【愛してる】と音にして伝えることすらもできない。
その事実が歯痒くて、それなのに。
あまりに佐々が、僕の全身の至るところに口付けるものだから、幸福感に包まれて、卑屈な気持ちまでもが、やがて優しく溶けていった。
一体どれくらいの間。全身にキスを落とされていたのだろう。
ぽーっとした頭で、僕の左手に頬擦りをしている佐々をじっと眺める。
「秋の中に……触れていいか?」
熱を孕んだ視線を送られ、佐々の手の甲へとキスを一つ返した。
触れていい。
触れてほしい。
佐々だから、ほしいんだ。
トロトロしたものを纏った佐々の指が、僕の中へと入ってきた。
「痛くないか?」
耳元で囁かれ、コクコクと二回頷く。
「っ………っ!……っっ………」
擦れるような感覚が、下腹部から拡がっていく。
次第にその感覚が快感へと変わり始めた。
いつの間にか二本に増えていた指が、僕の中を拡げるようにして、優しく何度も出し入れされる。
形を確かめるように中を動き回る指先に合わせ、クチュクチュと水音が鳴って、腰がだらしなく動いてしまう。
「挿れるからっ……秋。力っ、抜いてな?」
余裕がなさそうな表情と触れた箇所から伝わる湿り気で、
(佐々も感じてくれてる……)
言わずとも伝わる感情に、身体中が熱くなって、僕らの間の僅かな隙間さえも惜しく感じた。
ゆっくりと指が抜き取られ、お尻を撫でられほんの少し腰が浮く。
僕のために、用意してくれていたのだろう。佐々が避妊具を装着するのが見えた。
「っっっ!!」
瞬く間に、目がチカチカするような、たとえようのない圧迫感が僕の下腹部を埋め尽くす。
染み入るような痛みから、どうしようもなく愛おしさを感じて、僕の涙腺は再び崩壊しそうになった。
「秋の中……気持ちよ過ぎて、俺あんまし長く保たねーかもっ……」
「っ!……」
佐々の言葉に、蜜を滴らせた僕の竿がピクリと反応する。
僕のを見た佐々が、嬉しそうに呟いた。
「前も後ろもとっとろ、秋」
「!!」
根本から優しく指を充てられ、佐々の親指が、真っ赤に腫れた竿の頭を執拗なほど撫で回す。
(あっ!……んっ、それっ……気持ちっいいっ…………)
僕の頭の中の喘ぎ声が、佐々に届くことはないはずなのに。
やがてゆるゆるとした佐々の手の動きに合わせて、繋がった腰の動きも律動し始める。
(んっ!……あっ……んんっ……佐々っ!)
次第に速くなるその刺激に、全身が汗ばむのを感じながら、縋るようにして佐々を求めた。
「っっ!」
前後からの止めどない激しい快感に、僕の身体が大きくのけ反る。
「秋っ!!…………っーー………………」
僕を呼ぶ声を最後に、僕の一番奥を幾度となく堪能した佐々の動きが、緩やかになって止まった。
「はっ……はっ…………っ……」
「っ…………っっ……っ………」
ドクドクと脈打つ佐々を、達したばかりで痙攣する僕の中が、キュウキュウと、最後の一滴まで搾り取ろうとするかのように締め付ける。
「もっ……秋っ……そんなに俺のが欲しかった?」
首筋から滴る綺麗な汗を流し、僕の上で佐々が微笑んだ。
果てた刺激に震える手で、スマホを掴む。
『欲しいに決まってるでしょ?』
はふはふ息する口元を隠すようにして、画面を見せた。
(あっ、いま中で)
画面を佐々が見た瞬間。
まだ僕の中にいる佐々のが、ほんの少し硬さを取り戻したのが解った。
(もう……佐々ったら)
『いま硬くなった?』
今日何度目かの、額を合わせる。佐々の長い睫毛と凛々しい瞳に見惚れて、顔が綻ぶ。
吐息のかかるその距離で、佐々が頬を膨らませた。
「訊くなっ……、そういうの。つーか、まだ抜いてねぇのに煽んなよな」
『嫌だった?』
わざとらしく、口を尖らせて訊いてみる。
「そんなわけないだろ。でも続きは明日の朝にしよう。秋の身体が心配だから」
(優しいなぁ……ってか、明日の朝もしてくれるんだ)
ゆっくりと佐々のが抜かれ、離れて行く。
「っっ…………」
それすらも感じてしまい、僕の口から、息が詰まるような音がする。
汗で額に張り付いた僕の前髪を、佐々が手で払ってくれた。
『もったいないね。すぐ抜いちゃうの』
「まーた、秋はそういうことを笑いながら言う」
『言ってないよ。打ってるだけで』
「そういうの。屁理屈って言うんだぞ?秋」
『だって、佐々とやっと一つになれたのに』
ふいに薄く綺麗な唇が、押し黙る。
澄み切った爽やかな瞳が離れ、不貞腐れるようにして呟かれた。
「名前。呼んでくれないのか?」
「!」
(そうか、僕……)
知り合ってから約十ヶ月。付き合ってからだって、あとちょっとでその半分になるのに。
まだ一度だって、佐々の下の名前を呼んでなかった。
(どうしてだろう……?)
僕の身体を拭ってくれる佐々を、ぼーっとした頭で眺めながら、その答えにたどり着いた。
下の名前を呼ぶくらい、親しくなった頃。
もし佐々が、僕のもとを去ったなら、僕はどうしたらいいんだろう。
そんなことを。漠然と考えて、呼ぶのを躊躇っていた自分の存在に、気が付いた。
ならいまは、どうだろう?
僕は佐々が、離れて行く恐怖を感じているだろうか。
抱かれるまで、全身から止めどなく溢れてきていた不安は、いまはない。
そのことを佐々にきちんと伝えるべきだ。
そう思って、文字を打つ。
打ち終えて、佐々をそっと手招きした。
「ん?何?呼んでくれる気になった?」
佐々の顔が、スマホの明かりに照らされる。
『名前を呼ぶくらい佐々のことが大事になったらね。離れた時どうしたらいいのかって考えちゃってたみたい。でも今はね。もう大丈夫。声以外の心と身体全部でね、京が大好きって教えてくれたから』
「…………………………」
(どうしちゃったんだろう?)
画面を見たまま、京が固まっちゃった。
心配になって、すぐそばで手を振ってみる。
けれどやっぱり京は、画面から目を離さない。
「なぁ、秋?」
「?」
首を傾げて答える。
潤む瞳が、僕を捉えた。
これまでに幾度となく目にしてきた、柔らかな笑顔へとその表情が変わっていく。
京は楽しそうに肩をすくめた。
「それ遠回しに【また抱いて】って言ってるぞ?」
「!!」
(あっ。たしかにこれじゃ、不安になる度抱いてくれって言ってるみたいだ……)
「絶対、気付いてなかったろ?んーー?」
クラシックホールで以前されたように、両頬を摘まれる。
にやにやとした表情で、顔を覗き込まれ、照れ笑いする。
(夢みたい)
大好きなヒトと触れ合って、感じたことのない幸福感に包まれて。
こんな体験は、僕の人生にはないものだと、心のどこかで決め付けてた。
どこまでも晴れやかで、爽やかなその笑顔を見て、僕はこの日、改めて告げた。
『ねぇ、京。僕と出逢ってくれて、ありがとう』
Fin.
『僕はね。喘ぎ声を出せないんだ。それがすごく不安なんだ。幻滅されちゃうんじゃないかって。さっきだって本当はすぐに【抱いていいよ】【僕も抱いてほしい】って、言いたかった。でも僕はどうしたって声を出せないから、伝えたくても伝えられなかった。ごめんね。佐々。大好きなのに、大好きだって、声にして伝えてあげられなくて』
ベッドに座り、差し出された画面を見て、フリーズした佐々の横顔を眺める。
(僕が頭の中で思ってることが、佐々にそのまま届けばいいのにな)
しばらくして、佐々の身体が左隣にいる、僕の方へと振り返った。
長く逞しい腕が伸びて来て、僕の両手は、佐々の手の中にすっぽりと収まった。
「?」
首を傾げる。
「俺はいま。自分にも、秋にも怒ってる」
「!」
なぜだろう?
こんな大事なことを黙っていた僕にはともかく。
なぜ佐々は、自分自身にも怒っているのだろうか。
眉間に寄せられた佐々の皺を見る。
心の中の傷が、そこへ滲み出てきているような気がして、そっと額にキスを落とした。
「!!秋、いま大事な話を」
(解ってる。解ってはいるんだけど……)
片手を佐々の手の中から抜き取り、スマホを打つ。
『佐々の怒りが薄まったらいいって思ったんだ』
「はぁ……もう参いるな。大事な話、しようとしてたのに」
目の前で苦笑して、佐々が後頭部を掻いた。
(いつだったか。前にも参ったって言ってたような……)
僕が口付けたせいで、すっかり柔らかくなった空気の中で、佐々はゆっくりと話し出した。
「なぁ、秋?俺は他の誰かじゃなく、秋を抱きたいんだ」
『でも一度抱いて違ったら?喘ぎ声が』
「声が出せないからって、俺は秋を抱いたらいけないのか?こんなにずっと好きでいるのに?俺たち両想いだろ?」
被さるようにして告げられた、佐々の言葉に涙を拭う手が止まる。
「……………………」
「それに。喘げばいいってもんでもなくね?」
「?!」
「その顔!いま秋なんも声なんて出してねぇけど、驚いてんなぁ~って、俺解るよ?」
言いながら、佐々がグッと伸びをした。
「俺は秋がほしい。でもそれは男だからでも、声が出ねーからでもない。ただ秋だから、抱きたいんだ。で、そのことを秋に伝えきれてなかった。自分自身にさっき苛ついた」
「!……」
ゆっくりと押し倒される。
「声が出せてもさ。こうやって相手に伝わらないこともあるんだ」
体勢が瞬く間に、僕が下、佐々が上へと変わっていく。
「そんで、不安だってことをひた隠しにしてた誰かさんに、俺はいま怒ってたわけなんだが……」
僕の真横に手を突いた、佐々の顔面が、至近距離へ迫ってきた。
「抱いてほしいって言ってくれたから、もういいわ」
はにかむようにして微笑んだ、その笑顔に見惚れていたら、
「っ!…………っ………………」
「んっ………っ……んっ………」
薄く開いた僕の唇に、佐々の唇が触れた。
深く、けれど甘く優しい口付けが続く。
ずっと焦らされていたからか。
僕の太腿へ、洋服越しに熱を持ったものが当たる。
言葉にせずとも感じられる。何よりの証拠に思えて嬉しかった。
(当たってるよ?)
僕の視線の先を追った佐々が、
「大事に抱きたいから、我慢してんの。あんま見んな」
「!!!」
そう言って、額をくっ付けて、さらに深く口付けてきた。
「っ………………っ…………」
「んっ………ふっ…………」
(もう……駄目……蕩けそう)
互いの舌が厭らしく音を立て、その音だけが部屋へ響く。
どちらのものか解らない唾液を飲み込む。
擦れるようにして互いの身体が触れ、布を纏っているのさえ煩わしい。
濡れるはずは決してない。けれど身体の奥の方が、佐々がほしいと叫んでる。
(佐々、触れて)
「っ…………っ……………」
「はっ……っは…………」
離れたばかりの口元から、お互いの吐息がかかる。
一度身体が離れ、呼吸を整えていると、気が付いたら、佐々が服を脱いでいた。
筋肉質でしなやかなその身体を見て、この人がこれから僕を抱くのかと思ったら、下腹部がキュッと疼いた。
ゆっくりと佐々の手が、僕のシャツのボタンを外していく。
「怖かったら、殴っていいから」
(殴るなんて、絶対ないのに)
カチャカチャと前を寛げる音がして、恥ずかしくなって足を閉じた。
「ほんっと、可愛すぎ」
甘い声が、僕の腰辺りから聞こえてきて、それだけでもう全身が熱を帯びていく。
「優しくする。秋」
「!」
ゆっくりと首筋から喉へと、身体の線に添うようにして口付けられる。
震えない僕の声帯までも、愛していると、伝えてくれているように感じて、喉の奥がキュッと一瞬引き締まった。
「っ!」
佐々の息が胸の突起にふいにかかり、そこを撫でるようにして舌先で舐められる。
僕へ佐々が触れる度に、ゾワゾワとした快感が身体中を駆け巡るから、思わずシーツを両手で掴んだ。
「っ…………」
知らなかった。こんなにも、好きな人に触れられるだけで、全身が心臓に成り代わってしまったみたいに、ドキドキして、ゾクゾクして。恥ずかしさでいたたまれなく、なるなんて。
「すげー可愛い」
「!」
熱を孕んだ眼差しが、僕をじっと見つめたまま捕らえて離さない。
再び佐々が、ぼくの身体へ口付け始めた。
指の先の一本一本を丁寧に咥えられ、そのまま手のひらから腕、肩、胸と。順番に身体中のありとあらゆるところへ舌が這う。
「っ………………っっ…………」
喘げないと知っていてもなお、僕の全身を愛撫するのを、佐々は決して止めなかった。
ふわふわとした夢のような心地の中で、佐々の背を撫でる。
「っ…………」
(愛してる)
こんなにも強く思うのに。
やっぱり僕は声を出せない。
喘ぐことはもちろん。
【愛してる】と音にして伝えることすらもできない。
その事実が歯痒くて、それなのに。
あまりに佐々が、僕の全身の至るところに口付けるものだから、幸福感に包まれて、卑屈な気持ちまでもが、やがて優しく溶けていった。
一体どれくらいの間。全身にキスを落とされていたのだろう。
ぽーっとした頭で、僕の左手に頬擦りをしている佐々をじっと眺める。
「秋の中に……触れていいか?」
熱を孕んだ視線を送られ、佐々の手の甲へとキスを一つ返した。
触れていい。
触れてほしい。
佐々だから、ほしいんだ。
トロトロしたものを纏った佐々の指が、僕の中へと入ってきた。
「痛くないか?」
耳元で囁かれ、コクコクと二回頷く。
「っ………っ!……っっ………」
擦れるような感覚が、下腹部から拡がっていく。
次第にその感覚が快感へと変わり始めた。
いつの間にか二本に増えていた指が、僕の中を拡げるようにして、優しく何度も出し入れされる。
形を確かめるように中を動き回る指先に合わせ、クチュクチュと水音が鳴って、腰がだらしなく動いてしまう。
「挿れるからっ……秋。力っ、抜いてな?」
余裕がなさそうな表情と触れた箇所から伝わる湿り気で、
(佐々も感じてくれてる……)
言わずとも伝わる感情に、身体中が熱くなって、僕らの間の僅かな隙間さえも惜しく感じた。
ゆっくりと指が抜き取られ、お尻を撫でられほんの少し腰が浮く。
僕のために、用意してくれていたのだろう。佐々が避妊具を装着するのが見えた。
「っっっ!!」
瞬く間に、目がチカチカするような、たとえようのない圧迫感が僕の下腹部を埋め尽くす。
染み入るような痛みから、どうしようもなく愛おしさを感じて、僕の涙腺は再び崩壊しそうになった。
「秋の中……気持ちよ過ぎて、俺あんまし長く保たねーかもっ……」
「っ!……」
佐々の言葉に、蜜を滴らせた僕の竿がピクリと反応する。
僕のを見た佐々が、嬉しそうに呟いた。
「前も後ろもとっとろ、秋」
「!!」
根本から優しく指を充てられ、佐々の親指が、真っ赤に腫れた竿の頭を執拗なほど撫で回す。
(あっ!……んっ、それっ……気持ちっいいっ…………)
僕の頭の中の喘ぎ声が、佐々に届くことはないはずなのに。
やがてゆるゆるとした佐々の手の動きに合わせて、繋がった腰の動きも律動し始める。
(んっ!……あっ……んんっ……佐々っ!)
次第に速くなるその刺激に、全身が汗ばむのを感じながら、縋るようにして佐々を求めた。
「っっ!」
前後からの止めどない激しい快感に、僕の身体が大きくのけ反る。
「秋っ!!…………っーー………………」
僕を呼ぶ声を最後に、僕の一番奥を幾度となく堪能した佐々の動きが、緩やかになって止まった。
「はっ……はっ…………っ……」
「っ…………っっ……っ………」
ドクドクと脈打つ佐々を、達したばかりで痙攣する僕の中が、キュウキュウと、最後の一滴まで搾り取ろうとするかのように締め付ける。
「もっ……秋っ……そんなに俺のが欲しかった?」
首筋から滴る綺麗な汗を流し、僕の上で佐々が微笑んだ。
果てた刺激に震える手で、スマホを掴む。
『欲しいに決まってるでしょ?』
はふはふ息する口元を隠すようにして、画面を見せた。
(あっ、いま中で)
画面を佐々が見た瞬間。
まだ僕の中にいる佐々のが、ほんの少し硬さを取り戻したのが解った。
(もう……佐々ったら)
『いま硬くなった?』
今日何度目かの、額を合わせる。佐々の長い睫毛と凛々しい瞳に見惚れて、顔が綻ぶ。
吐息のかかるその距離で、佐々が頬を膨らませた。
「訊くなっ……、そういうの。つーか、まだ抜いてねぇのに煽んなよな」
『嫌だった?』
わざとらしく、口を尖らせて訊いてみる。
「そんなわけないだろ。でも続きは明日の朝にしよう。秋の身体が心配だから」
(優しいなぁ……ってか、明日の朝もしてくれるんだ)
ゆっくりと佐々のが抜かれ、離れて行く。
「っっ…………」
それすらも感じてしまい、僕の口から、息が詰まるような音がする。
汗で額に張り付いた僕の前髪を、佐々が手で払ってくれた。
『もったいないね。すぐ抜いちゃうの』
「まーた、秋はそういうことを笑いながら言う」
『言ってないよ。打ってるだけで』
「そういうの。屁理屈って言うんだぞ?秋」
『だって、佐々とやっと一つになれたのに』
ふいに薄く綺麗な唇が、押し黙る。
澄み切った爽やかな瞳が離れ、不貞腐れるようにして呟かれた。
「名前。呼んでくれないのか?」
「!」
(そうか、僕……)
知り合ってから約十ヶ月。付き合ってからだって、あとちょっとでその半分になるのに。
まだ一度だって、佐々の下の名前を呼んでなかった。
(どうしてだろう……?)
僕の身体を拭ってくれる佐々を、ぼーっとした頭で眺めながら、その答えにたどり着いた。
下の名前を呼ぶくらい、親しくなった頃。
もし佐々が、僕のもとを去ったなら、僕はどうしたらいいんだろう。
そんなことを。漠然と考えて、呼ぶのを躊躇っていた自分の存在に、気が付いた。
ならいまは、どうだろう?
僕は佐々が、離れて行く恐怖を感じているだろうか。
抱かれるまで、全身から止めどなく溢れてきていた不安は、いまはない。
そのことを佐々にきちんと伝えるべきだ。
そう思って、文字を打つ。
打ち終えて、佐々をそっと手招きした。
「ん?何?呼んでくれる気になった?」
佐々の顔が、スマホの明かりに照らされる。
『名前を呼ぶくらい佐々のことが大事になったらね。離れた時どうしたらいいのかって考えちゃってたみたい。でも今はね。もう大丈夫。声以外の心と身体全部でね、京が大好きって教えてくれたから』
「…………………………」
(どうしちゃったんだろう?)
画面を見たまま、京が固まっちゃった。
心配になって、すぐそばで手を振ってみる。
けれどやっぱり京は、画面から目を離さない。
「なぁ、秋?」
「?」
首を傾げて答える。
潤む瞳が、僕を捉えた。
これまでに幾度となく目にしてきた、柔らかな笑顔へとその表情が変わっていく。
京は楽しそうに肩をすくめた。
「それ遠回しに【また抱いて】って言ってるぞ?」
「!!」
(あっ。たしかにこれじゃ、不安になる度抱いてくれって言ってるみたいだ……)
「絶対、気付いてなかったろ?んーー?」
クラシックホールで以前されたように、両頬を摘まれる。
にやにやとした表情で、顔を覗き込まれ、照れ笑いする。
(夢みたい)
大好きなヒトと触れ合って、感じたことのない幸福感に包まれて。
こんな体験は、僕の人生にはないものだと、心のどこかで決め付けてた。
どこまでも晴れやかで、爽やかなその笑顔を見て、僕はこの日、改めて告げた。
『ねぇ、京。僕と出逢ってくれて、ありがとう』
Fin.
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