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Episode7 距離

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 恋人になって、およそ二週間。

 学校が春休みへ突入した。

【秋が好きなものが知りたい】

 佐々がそう言ってくれたので、お言葉に甘えて、一緒にクラシックのコンサートを聴きに来た。

 一つが欠けているのを補うためか。

 僕は昔から周りの人よりも、耳が良い。

 空気を駆け抜ける振動を、面白いくらい肌で感じられて、音楽を聴くことが大好きだ。

 それに。歌声がないクラシックは、僕にとって劣等感を感じずに済む。

 数少ない娯楽でもある。

 そのことを佐々に伝えるか迷っていた時。

【どんなことでも伝えてくれ。俺は秋の眉の動きすら愛おしい】

 なんて、とんでもないことを耳元で囁かれ、危うくスマホを落としかけたことが頭を過ぎった。

 パンフレットを手に着席する。

 公演時間が間近に迫ったその瞬間。

 グレーのニットセーターを身に着けた、佐々の上半身が迫ってきた。

「?」

(どうしたの?)

 首の動きで体現する。

「なんかあったら、手握って」
「???」

(何かあったらって、なんだろうか?)

 クラシックコンサートで、そんなことは未だ経験はないけれど。

 佐々の配慮は嬉しかった。

(でもなんで………)

 幕が上がる寸前。辺りが暗闇に包まれる。

(そうか。もしかして)

 真っ暗な足元。舞台の明かりはあれど、物が見えづらい環境下は、少なくとも傍目から見て、僕に不利な状況に映るのだろうか。

(クラシックは音出したら駄目だから、あんまり関係ないんだけど……)

 それでもだ。

 緊急時の対応を、あらかじめ僕にだけ伝わるように、耳元で教えてくれるヒトの良さ。

(佐々ってホント。初めて会った時から、変わらないなぁ)

 大好きなものを、大好きなヒトと同じ空間で楽しめる幸せ。

(あぁ……あの時死なないで、本当に良かった)

 スッと通った佐々の鼻筋が、陰影の影響でより明確になる。

 身体の一部分を切り取ってみても、綺麗だなんて。

 神様は本当に不平等だ。

(この佐々が、僕の恋人……)

 佐々に見惚れながら聴くクラシックは、どこまでも高質で、格別な聴き心地がした。
 公演が終わり立ち上がる。

(あれ?パンフレットどこやったっけ?)

 うっとりとしていたせいだろう。

 手に持っていたはずの物がない。

(落としたのかな?)

 キョロキョロと辺りを見回して、椅子の上に置いた小振りな鞄の中を探す。

「秋。どうした?」

 鞄から手を離し、スマホの電源を起ち上げる。

 一度電源を落としたスマホは、起動まで中々に時間がかかる。

(嫌だな、この)

「……ゆっくりでいい。溶ける物なら急ぐけど」

(本当に佐々ってば)

 口元で小さく笑った佐々が、
「冗談なんだから、笑ってくれ」
と呟いた。

 クラシックコンサートに、溶ける物持って来るバカがどこにいるの?

 なんて、そんなことはどうでも良くて。

 笑わせて、僕が嫌がる間をさり気なく埋めてくれるスマートさに胸を打たれる。

「ほーら、点いたぞ?」

 そう言って摘まれた僕の右頬が、軽く伸びた。

『摘まないでよ~』
「秋が笑ってくれないのが悪い。にしても、よく伸びるな」

 一体何に感心しているのやら。

『パンフレットがない』 
「そっちを先に言え」

 もう一方の頬も摘まれる。 
  
 チラチラと周囲の視線が僕らへ集まる。

『探すから離して』

 簡潔に入力し、横へ一歩距離を取った。 

「俺は俺のだって、自慢したいのになー」
「?!」

 人がけ始めたホールに響く、やや大きな声。

(止めてよ。佐々!)

 片手を前へ倒して、睨み付ける。

「もう公演は終わったろ?」

(そういう話じゃないんだってば!)

 パーの手で、佐々の背中を叩いた。

「距離を置かれた俺の気持ちは?」
「!……」
「何しても傷付かないってわけじゃねーの。しっかし、この短時間でよく失くして……ってこれじゃね?」

 椅子の隙間から、床へと落ちたパンフレットをヒラヒラ揺らす佐々。

(解ってる。傷付けたんだ。僕の行動が)

 見られたら恥ずかしい。

 そう思った。

 佐々は声が出せない僕といて、これまで半年。

 一度だって、そんな素振りすらしなかったのに。

 どこへ行っても店員さんに、積極的に声をかけてくれたし、いつだって堂々としてくれていた。

「泣き顔は二人きりの時だけにしないと、抱き締めるけど?」
「っ!……」

 泣きそうになっている。

 その自覚はあったけれど、改めて指摘され顔が熱くなった。

「その可愛い顔で許すから、もう距離は取ろうとすんな。な?」

 まだ顔が熱くはあったけれど。
  
 大きく一つ頷いて、僕はにっこり笑って見せた。
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